9、約束
事件は無事解決した。
異世界探偵にはやり残したことがひとつあった。
車輪を回転させ線路上を走る列車の中、異世界探偵は女性秘書を呼び出して二人きりで話をしていた。
「なあ戸賀、あの包丁、なぜシェフの男が持っていた?」
「そんなのは簡単なことだ。彼はワインだけではなく当然料理もできる。だから凶器には包丁を使うと確信していた。だが厨房から包丁がなくなれば彼が真っ先に怪しまれるだろう。だから私はわざと彼に見えるようにカバンの中を見せた。その中にあった包丁を見たシェフを見て確信したよ。彼は私が殺す前に貴族を殺そうとしていると」
「止められたんじゃないのか?」
「異世界探偵。君は世界の仕組みについてまだ知らないのだろう。私は神崎冬花、彼女から聞いたんだ。この世界がどういった原理で成り立っているのか、その仕組みを」
戸賀は憂鬱な表情で窓越しに見える外の景色を眺めていた。
異世界探偵には理解できなかった。世界の仕組みというものが、一体世界とはどのようなものなのか。
「それともう一つ聞きたい。なぜお前は協力してくれた?」
「質問ばかりだな。君は」
異世界探偵の真剣な表情を見るや、戸賀は呆れたように答えた。
「私はあの少女が熱心に人のためになろうとしている姿を見て思ったんだよ。まだ世界には希望があるのだと」
「希望……か」
「ああ。希望だよ。この世界では子供の純粋な心こそが希望なんだ。だから彼女にはついつい期待してしまうな」
戸賀はそう呟き、異世界探偵の顔色をうかがった。
異世界探偵は必死に戸賀の言っていることを理解しようとするも、その答えが見当たらないことに焦燥感を抱いていた。
「そういえば、シェフの能力とか知っているか?」
「あの男は無能力者だ。それはこの世界では珍しくはないしな」
素朴な疑問にさらっと答えた戸賀は、一呼吸おいて次の質問を投げ掛けた。
「異世界探偵、これから私は君へ疑問を投げかける。君はその疑問に純粋に思ったことを述べてくれないか?」
「分かった。何でも答える」
異世界探偵の返事が聞けて嬉しかったのか、戸賀は先ほどよりもテンションを上げてその疑問を口に出す、
「では毒を買った者がいるとしよう。その場合、買った者がそれをどう使うかは人それぞれ。害虫を殺すため、自らが死ぬため、もしくは人を殺すため。たとえ用途が殺すためだけにあるのだとしても、それをどう使うかは人それぞれだ。結局は責任はそれを使用した本人さえ背負えば良い。だが時折責任は毒を作った者に問われることがある。それは果たして正しいか?」
すぐに答えは出なかった。
異世界探偵は数秒悩んだ結果、一つの答えを口にした。
「解らない」
答えと言っても良いものか、だが少なからずその解答は戸賀には予想できないものであった。
戸賀は「なるほど」と呟くと、異世界探偵へと告げた。
「君ならいつか世界を変えられるだろうね。でも残念でした。世界を変えるのは私なんだ。だから異世界探偵、君がこの世界の真実にたどり着くことはない。だってその時既に、『優しい世界』が私の手によって創られているから」
戸賀は溢れるばかりの自信を見せつけるように答えた。彼女の目には意思があった。満ち溢れる希望があった。勝利へと食らいつく強欲な思いがあった。
彼女は見ていた。世界を、この広い世界を。
彼女は世界の分岐点の中心にいる。世界を変えるのは自分だと、世界は変えてやるんだと、そう彼女は目で訴えかけていた。
何が彼女をそこまで突き動かすのか、彼にはまだ解らなかった。だがそれでも解っていた。
彼女の意思は誰にも曲げられない。
「戸賀、残念だがそれは無理だな」
「何でだよ」
「だって世界を変えるのは、俺だからな。神崎冬花の一番弟子のこの俺が世界を変えてやる」
「なら勝負だ。どっちが先に世界を変えられるか。私は手加減なんかしてあげない。負けてなんかあげないんだから」
戸賀は小指を差し出してきた。
「約束だよ、異世界探偵。この世界を変えようね」
「ああ」
彼は彼女が差し出した小指に自分の小指を絡ませた。そして誓った。
ーーいつか必ず、世界を変えると。
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