私たちの決意表明



「え、あの、は……お、お父様?」

「珍しいなあ、ローナがそこまで動揺するのは。動揺してるローナも可愛いなあ」



 呑気すぎじゃない?

 さっきまでの厳かなお父様どこいったの?



 というかセシルとの婚約に関して私はヨッシャアとばかりに拳を突き上げて喜ぶけれど、肝心のもう一人の当事者の意見を聞いていないのでは?


 セシルに婚約を嫌がられたら、立ち直るのに三年ほど時間を頂きたいが……しかしここで反応を伺わない訳にはいかない。



 無理矢理私の意見だけで婚約を結ばせるだなんて、それこそゲームシナリオにおけるラスボス令嬢そのものの所業である。



「ローナと、こん……やく……」

「ごめんなさい、セシル。お父様が突然おかしなことを言ってしまって……」



 割とセシルから好かれてる自信はあるがーーなんせ今日の彼の行動だけでも判断材料は十分であるーーしかし婚約となると話は別かもしれない。

 そう思って、私は隣に座るセシルに向けて謝ったのだけれどーー。



「ローナ!」

「はわわ」



 突然最推しに力強く抱きしめられると、人は真顔で「はわわ」と発しますーー。



 頭と腰に回された手は離すまいとばかりにしっかりと固定され、二人の隙間を埋めるように密着している。

 あまりにも唐突なハグに、私は蒸気した体を持て余し、目を回して受け入れるしかなかった。



「嬉しいーーローナと婚約だなんて、考えたこともなかった……こんなにも幸せなことがあるだろうか?幸せすぎて死にそうだ……ローナ、ローナ」

「せ、せ、せしる……あの、まだ……お父様のお話……」



 私に追い討ちをかけるように、セシルのまだ幼さから柔らかくてすべすべの頬が頭に擦り寄ってくる。

 すでに身長差があるのでセシルがそうして私に合わせて顔を下げると、私はすっぽりとセシルの中に収まってしまう。



 推しの過剰摂取による幸せで死にそうなのはこちらの方である。


 正直、多幸感で息が詰まりそうなので一旦離して欲しいーーと言うよりも先に、またお父様がゴホンとわざとらしく咳をした。



 今回、私は忘れてなかったけど、セシルの方がお父様の存在を忘れていたようなので、慌てて私から離れて姿勢を正していた。



「……二人とも異論はないようだが、しかし事はそう簡単にはいかないだろう。セシルくんにはローナを傷物にしたという責任から、殿下との婚約を破棄された令嬢を娶るという大義名分がある。だが……」



 私を傷物に、というところで、未だ離れずにいたセシルの手が震えた。誠実な彼は、私以上に私のことを気に病んでくれている。



「今日の王太子殿下の様子を見ての通り、あの方はローナを諦めないだろう。どうしてそこまで私の娘に拘るのかまではわからないが、ここ最近の婚約破棄に対する強固な反対姿勢から、これから先も一筋縄ではいかないと思われる」

「はい。それは、確実に」



 何かを知っているのか、お父様の言葉にセシルが強く頷いた。

 まあ、さっきまで何故か対立してたし、王太子殿下が私に拘る理由に見当がついているのかもしれない。



「ローナ」

「はい」



 お父様が静かな声で私を呼んだ。

 私も同じ声で答える。



「お前の父親という立場から本音を言うと……正直、お前の目を傷つけた男などと結婚してほしくない」



 それはそうだろう。前世合わせて女性として性を受けた経験しかないが、それでも父親の気持ちを推し量ることはできる。

 セシルが一週間も間を空けてここを訪れたのも、お父様が一枚噛んでいるのだろう。


 全く気にしていないどころか喜んでしまったとはいえーー王族との婚約破棄などという、娘の人生を狂わせるには十分な要因を生み出した相手だ。

 察するに余りある心情の乱れに、申し訳なく思う。




 でもーーそれでも、私は。

 この人がいい。

 この人じゃなきゃ、嫌なんだ。




「これから先、お前は盲目ということであらゆる苦労を強いられるだろう。日常生活が不便というだけでなく、社交界は、残酷にもお前を侮蔑するだろう。そんな時、ローナには心のケアをする人が必要とされる。それは私たち家族だけでは……足りないだろうか」

「足りません。私には、セシルが必要です」



 断言するのは家族に対して失礼かもしれないけれど、ここで断言しなくては女が廃るというもの。

 私の想いは揺るがない。



「……決意は固いのだね」

「はい」



 きっとお父様は、私の目を見ているのだろう。

 目は口ほどに物を言うのだから。



「セシルくん」

「はい」

「君に、任せられるのかい?」



 わざと挑発するような言葉。

 でもそれは、セシルが本当に任せられるような人柄なのか試しているということ。


 セシルは父の挑発を吹き飛ばすように深呼吸して、おそらく父が望んでいた以上の言葉を舌に乗せた。




「ローナの隣は、誰にも譲りません」




 そうか、と呟いた父の声がどこか寂しげに書斎にこだました。

 誰も何も喋ることなく、二度目の沈黙が落ちる。



 沈黙が破られたのは、父による深い深いため息だった。



「手配しようか。ローナとセシルくんの、婚約を」

「ありがとう、お父様……!」

「ありがとうございます!」



 私たちは手を取り合い、未来の約束に喜びの声を上げた。

 そういえば告白らしい告白を本人にしていないし、されてないなーーと、ちょっとした懸念を心に残しながらも、その時の私は心を躍らせていた。






 まさか後日、王太子殿下がローナ・リーヴェ以外の令嬢とは婚約も結婚もしないと言い切った為に、白紙に戻ったはずの私と殿下の婚約が実質的な効力を持ってしまい、国によってセシルとの婚約が却下されるなどとはーーこの時は思いもよらなかったのである。


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