第36話

雪も融け、日差しも柔らかくなってきた、今日この頃。

国王でもあるブライトが風邪をひき、寝込んでしまった。

病気らしい病気もした事がない国王陛下が病臥した事に、城内はいささか浮足立っていた。


「滅多に病気なんてしない人が風邪とか引くと、結構重症になるから困るんだよね」

恨み節を唄うかのように呟きながら、ヴィルトは山積みの書類を決裁していく。

ブライトが以前風邪をひいたのは、六年前。

普通ならば二、三日で回復するのだが、彼は一週間も寝込んだのだ。

誰よりも身体を鍛え、誰よりも健康管理がなされているのにだ。

「お嬢と結婚する前だったから、結構経ってるんだな。前回も思ったけど、たかが風邪であんなに重症化するもんなの?」

エルヴィンも手を休めることなく、書類を捲る。―――そして、

「子供達と全力で遊んで風邪引くなんて、ないわぁ」

小言を言いながらも手を休める事のない二人。

心配する気持ちをお小言に変えながら、取り敢えず自分達で決済できる書類だけでもと、ブライトが寝込んだ今日から急遽執務室に詰る事となった二人なのだった。


ブライトが風邪をひいた原因。それは、これまで降った雪を一時保管していた雪堆積場で、子供達と真剣に遊び倒したことにある。

毎年雪が降ると、寄せた雪を一か所に集めているのだが、元々積雪量の多くない土地柄で、この広い敷地内の雪を集めても雪堆積場の三分の一くらいしか集まらない。

だが今年の冬は比較的積雪が多く、雪による被害は出なかったものの、ブライト達からしてみればまさに『大雪』。

よっていつもであれば氷室に使用する雪で使いきられるのだが、今年は結構残ったのだ。

子供達は大喜びで、雪山を作ってはソリで遊び、歪な雪室を作っては身を縮こまらせながら肩を寄せあった。

雪だるまを作り、誰が始めたのか雪投げをはじめ、大の大人たちがムキになって遊んでいる。

彼等が遊んだあとは、まるで戦場跡か何かの様に無残な状態となっていた。それだけ夢中になっていたということなのだろう。

寒いのが苦手なアウロアは室内からその様子を眺めていたが、見事な暴れっぷりに感動さえ覚えるほどだった。

雪遊びは前々から計画していて、邸内で働く者達の家族・・・主に子供達を招待して遊ばせたのだ。

勿論、参加は自由で、子供達が安心して遊べるように大人達もかなりの人数参加している。

子供以上に目を輝かせる大人達。

その筆頭がまさに、国王陛下だった。


汗だくになった彼等が風邪をひかないよう、お風呂に入れ温かい部屋で休ませたおかげか、誰一人として風邪をひくものはいなかったのに、ブライトだけが例外だった。

今朝から熱を出し、大騒ぎになったのだ。

嫁いできてから病気で寝込んだところなど見たことが無かったアウロアは、動揺を隠せずにいた。

医者やヴィルトから事情を説明されホッと一息つくも、床に臥す今は亡き婚約者の顔が脳裏にちらつき、内心落ち着く事が出来なかった。


はぁ・・・と、何度目かの溜息を吐きながらゴロリと寝返りを打つアウロア。

一人で眠る広い寝台は寒すぎて一向に眠気が来ない。

今日から国王代理で執務を執り行い、肉体的にも精神的にも疲れているというのに。

エルヴィンやヴィルトが補佐に就いているとはいえ、色々な予定を大幅に変更しなくてはいけなかった。

いつもであれば・・・いや、今朝までは穏やかな温もりが側にあった。―――今朝は熱の所為でものすごく熱かったが・・・

冬が苦手な彼女は、夫の添い寝はとてもありがたく、温かさと安眠を約束してくれるものなのだ。

その所為か、今晩はいつもより寒さを感じる。

夫と寝室を一緒にしはじめたのは、それこそ数か月前から。

リーズ国のアドルフが切っ掛けで、共に寝るようになった。

始めの頃はぎくしゃくしていたが、冬に入り始めたあたりからは彼から与えられる温かさに諍えず、気付けばとても近い距離で眠るようになっていた。

そして、それが当たり前の様になってしまっていた日常。

つい最近まで・・・何年も一人で眠っていたのにもかかわらず、その時の事が思い出せないほど、絆されてきてしまったと、アウロアは冷静に自分自身を分析する。

元々、嫌いではなかった。好意すら抱いた事もあるのだから。

だが、互いの気持ちが噛み合わず、互いの言葉足らずやすれ違いなどがあり、離婚寸前まで話は進んでしまった。


自分はすんなりそれを受け入れてしまおうとしていたが、ブライトは違った。

己の間違いに気づき、改めてアウロアを求めたのだ。

はっきり言って、彼の言い分は自分勝手で調子がいいもので、当然受け入れる気はさらさらなかった。

そう、一切恩情など向ける気も与える気も無かったのだ。それなのに彼は、常に愛を囁き、労わり、時にはアウロアの小さな仕草や誰も気に留めないような表情を拾い上げていった。

それを積み重ね知らぬ間にするりと懐まで入り込み、出来上がったのが今の状態なのである。

それはまるで甘い毒の様で、今日だけ、明日まで・・・と、ズルズル引きずってしまうほど心地よいもので、アウロア自身も気持ちの変化を自覚し戸惑う事も多かった。


そして、まるで意地を張るかのように、ブライトを正面から見ようとしなかった気持ちを見透かしたかのような、彼の病臥。

ここに来て、目を逸らしてきた自分の気持を、嫌でも見つめ直さなくてはいけなくなってしまった。


別れる気持ちが変わらないのなら、一年待たずとも別れた方がいい。


そう心の中で呟きながら起き上がると、どうせ眠れないのだからと動きやすい服に着替え、ブライトの部屋へと向かった。

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