第8話

「アウロア、どうか間抜けで哀れな俺に猶予をくれないだろうか」

アウロアの手の甲を己の額に押し当て懇願してくる、ブライト。

「イライザ様はよろしいんですの?」

「彼女には側室の件は、何一つ話してはいない」

「そうでしたの」

「アウロアの了承を得てからと思っていたから・・・・」

「私は了承しましたわよ?」

「アウロア・・・俺が悪かった。側室は取らない。一生涯、アウロアだけだ」

吹けば飛ぶ様な言葉だな・・・と、アウロアは呆れたようにブライトを見た。

ひしひしと伝わる、軽蔑したようなアウロアの気持ち。だがここで諦めてしまえば、アウロアを手放してしまう事になる。

愛を知ったばかりのブライトは、それだけは死んでも避けたかった。

「妊娠し辛いとはいえ、イライザ様にお子が出来る可能性もあるのでは?」

「それはない!彼女とは話をしていただけで、指一本触れていない」

「あらまぁ、そうでしたの?随分と我慢してましたのね」

「我慢など・・・していない」

「あら、では他の方で?」

「アウロア以外、誰ともシテない!」

子供が生まれてから、あからさまに夜を避けていたアウロア。

時折、ブライトからお伺いを立ててくることもあったが、五回に四回は断っていたので閨の話はここ数年出てこなかったのだ。

だから、娼婦あたりでも呼んで済ませていたのかと思っていたのだが・・・意外と真面目だった事に驚きを隠せない。

だが、彼は側室を持とうとしていた。

イライザに惚れたからと言うわけではない。アウロアに不満があったから持とうとしていたのだ。

全く以て、気分が悪い。

誓約書を読まなかったからとはいえ、ブライトからの愛の言葉を喜び勇んで鵜呑みにするほど、アウロアも馬鹿ではない。

つまりは、信用していないのだ。

「申し訳ありませんが、猶予を与えた所で私の気持は変わらないと思いますが」

「誓約書はちゃんと読む!俺の気持はどんな形にしろ、アウロアに伝える!何もしないままで、全てを否定しないでくれ!」

「そう言われましても・・・陛下に対する気持ちは、疾うの昔に捨ててしまいましたので、再度それを拾い育てるなど、私には無理だと思います」

「え?捨てた?」


という事は、少なくともアウロアが自分に好意を持ってくれていた時期があったという事・・・


そこまで考えてブライトは愕然とした。

何時の事なのかはわからないが、互いに思い合っていた時期があったというのに、その気持ちを自分はアウロアに捨てさせてしまったのだ。

衝撃の事実に、魂が抜けたかのような放心状態となるブライト。

「と言うわけで、誓約書通り夫婦関係は終わりという事で。私もその準備に取り掛かりたいと思います」

そう言って、ブライトに取られていた手を離した。

「陛下の側室も、出来るなら王妃になれるくらいの教養のある方でお願いしますわ。離縁した後、その方が王妃となるでしょうから」

ソファーから立ち上がり、その場を後にしようとするアウロアに、ブライトは情けなくも縋りつく。

「離縁はしない!子供達に悲しい思いはさせたくないし、俺はアウロア以外の妻を娶る気もない!!だから、考え直してくれ!!」

国王とは思えない、女の腰に縋りつき許しを請う様は、何とも情けない。

そんなやり取りを黙って見ていたエルヴィンが、仕方がないと言った風にアウロアに提案してきた。

「アウロア様、陛下も此処まで言っているのです。どうか一年だけ猶予をいただけませんか?」

「エルヴィン・・・・」

何を面倒な・・・と言う顔で睨んでくるアウロアの視線などまるっと無視し、殊勝な表情で言い募ってくる。

「確かに陛下は誓約書も読まず、美しいアウロア様が妻となった事に浮かれまくり、何もしませんでした。自分で何もしなかったくせに全てをアウロア様の所為にして、浮気を正当化しようとしたことは許しがたい事です」

エルヴィンの身も蓋もない言葉に、反論しようと口を開きかけたブライトだったが、あまりに正当な理由にグッと唇を噛んだ。

「ですが、先ほどアウロア様に言った言葉は全て陛下の紛れもない本心です。それを確かめるために一年間、どうか陛下に付き合い見極めて頂きたいのです」

「見極める?」

「はい。陛下のお気持ちを。見極めても尚、寄り添う事は出来ないと判断したのであれば、アウロア様の気持を優先させていただきます」

その言葉に暫し考える様に目を閉じたアウロアだったが、瞼を上げた彼女の美しい藍色の瞳には何の光も無い。

「少し時間を頂いてもよろしいかしら?」

「構いません。よろしいですね?陛下」

捨て犬の様に萎れ、床に両膝を突いて項垂れるブライト。

哀愁漂うその姿に一つため息を吐いた。そして、アウロアは何の躊躇いもなく扉へと向かう。

「では一度、下がらせていただきますわ」

そう言いながらお辞儀をすれば、「私がお送りいたします」とエルヴィンが手を差し出した。

「ではお願いしますわ」

口元はニッコリ微笑んでいるのに、目は笑っておらず、どちらかと言えばエルヴィンを睨みつける様に厳しく眇めたのだった。

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