第993話 誕生
千佳とスライムナイトが中心になり、まず二百キロのシャドウクレイを烏天狗のような翼を持つ人型に形成する。その作業のために、千佳は魔装魔法で筋力を強化し、スライムナイトは戦闘モードの人型になった。
翼がある人型が完成すると魔導コアと神僕コア、ソーサリー三点セットを埋め込んで魔力を少しだけ流し込み、魔導コアにこの形を記憶させた。
それから翼を胴体部分に戻して尻尾ありの人型に形を変える。それから励起魔儺発生装置、コア装着ホール六個、魔力バッテリー五個を組み込んでから、魔力を流し込んで完成させた。
「名前は決めているんですか?」
亜美が千佳に尋ねた。
「決めている。『
千佳が紙に漢字を書いて教えた。
「三橋師範のシャドウパペットが『十兵衛』で、千佳先輩のシャドウパペットが『一刀彩』ですか」
一刀流の創始者であり、戦国時代の剣豪として名高い伊藤一刀斎にちなんで名付けたのだろう。
「教育はどうしますか?」
亜美が尋ねた。
「基礎はメティスに頼むつもり。それが一番早いとグリム先生に勧められたの」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
その頃、アリサは出産のために埼玉にある祖父の家に向かっていた。祖母が四人の子供を産んだベテランであり、家の近くに産婦人科もある病院があるからと強引に話を進めたのだ。
祖父の哲郎は当てにできないが、祖母の
それに大概の事は頼りになるグリムだったが、出産に関してだけはまるでダメだった。アリサの母親は呑気な性格なので、心配になった祖父が埼玉で産む事を強く勧めたようだ。
車に乗ったアリサは、外の景色を眺めていた。その横には祖母の和恵が座っている。曾孫ができるとは思えないほど若々しい女性だった。
「アリサちゃん、身体の具合はどう?」
「調子はいいです。そんなに心配しなくてもいいと思いますよ」
「そういう呑気なところは、お母さんに似たのね」
そう祖母が言った。
「アリサ、グリム先生は何をしているんだ?」
車を運転している従兄弟の健一郎が尋ねた。
「グリーン館の庭に新しい施設を造るので、その工事でいろいろ大変みたい」
グリムが作っているのは、大型避難シェルターである。そのシェルターはバタリオンのメンバーとその家族が避難できるような施設になる予定だった。
「しかし、アリサがA級冒険者になるなんて、意外だったよ」
健一郎も冒険者だが、まだC級だった。
「健一郎さんだって、頑張ればなれるんじゃない」
「いや、おれは祖父さんと同じB級くらいでいいよ。A級になるとランキング順位が公表されるだろ。あれが嫌なんだ」
それを聞いたアリサは笑った。
「そんなの気にしなければいいのよ。最近はダンジョン活動していないから私の順位が下っているけど、気にしていないわ」
車が祖父の家に到着すると、祖父の哲郎が出迎えてくれた。
「よく来た。ここで安心して過ごすといい」
祖父の屋敷では、祖父夫妻と長男の子供である健一郎が一緒に暮らしている。大きな屋敷なので部屋数は多く、掃除などはハウスクリーニングの業者に頼んでいるという。それだけ広いという事である。
近所には親戚などが何人も居て、何かあったら助け合うという暮らしのようだ。アリサは用意された部屋に入ると、影から介護兼ベビーシッター用のシャドウパペットであるトモエを出す。
これから収納リングから荷物を出すので、その整理を頼もうと考えたのである。百五十センチほどのほっそりした体形を持つトモエが現れる。ほっそりしているが、体重は七十キロで力は人間の数倍ある。
荷物を出すとトモエが片付け始めた。ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
入って来たのは、健一郎だった。
「荷物の整理を手伝おう……」
健一郎がトモエの姿を見て言葉を止めた。
「必要ないようだな」
「ええ、シャドウパペットのトモエよ。この子が居れば、大概の事は問題ないから気を使わないで」
健一郎が肩を竦めた。
「さすがグリム先生の奥さんだ。シャドウパペットは何体持っているんだ?」
「数体だけよ」
「それだけあれば十分だ。おれなんか一体も持っていない」
「ペットタイプのシャドウパペットなら、買えるでしょ」
「戦闘用なら欲しいけど、ペットタイプはそこまで欲しい訳じゃない」
「可愛いのに」
アリサは影からタア坊を出した。アリサが埼玉に行くと聞くと、付いて行くと言い出したので連れて来たのだ。
タア坊が健一郎を見るとピョコッと首を傾げた。
「私の従兄弟よ。健一郎という名前なの」
「健一郎、よろしくなのね」
タア坊を見た健一郎は、可愛いと思ったようだ。
アリサが祖父の屋敷で暮らし始めると、親戚の子供たちが遊びに来るようになった。子供たちの目当てはタア坊である。広い庭で子供たちとタア坊が遊ぶ姿を見ながら、アリサはダンジョンで発見された神殿文字文章を分析する。ここに仕事を持ち込んだのである。
「アリサちゃん、仕事はやめてゆっくりしたらいいのに」
祖母から言われたが、やめるつもりはなかった。退屈だったのだ。
そんな暮らしが何日か続いた後に陣痛が始まり、アリサは病院へ運ばれた。グリムへも連絡が行き、急いで行くという返事だった。
グリムが埼玉の病院に到着した時、赤ん坊が産まれた直後だった。赤ん坊を見たグリムは満面の笑顔でアリサを褒めた。
「この子は男の子、それとも女の子?」
グリムが尋ねた。
「男の子よ」
グリムは赤ん坊を見て嬉しそうに涙を浮かべ、アリサは自分の子供を抱いて幸せそうに微笑んだ。
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