第855話 二匹のレッドオーガ

 根津はサンダードラゴン狩りにおいて自分の力を試したいとグリムに宣言していた。その時、危ない時に使えとグリムが言って為五郎を預けたのだ。


 サンダードラゴン狩りで使う使わないは根津の判断に任せるが、なるべく一緒に狩りをして欲しいという事だった。為五郎は新しい身体を使った実戦訓練が足りないので、経験を積ませたいという。


 グリムは別な用件で忙しくなり、為五郎をダンジョンに連れて行く暇がないそうだ。という事なので、サンダードラゴンの狩り以外は、為五郎をどんどん使おうと根津は思っていた。


 嬉しい事にサンダードラゴン狩りは成功したので、これ以降はモットーである安全に確実に仕留めるという方法を取ろうと考えている。


 隠し部屋のレッドオーガは二匹、一匹なら自分一人でも勝てると思うが、さすがに二匹は無理だと根津は考えた。左手の指に指輪があるのを確かめる。これは為五郎のセカンドリングだそうだ。


 シャドウパペットの制御用指輪は影魔石から作った魔導コアを融合させた数だけ存在する。指輪は長く使っているほど制御権が高くなるらしい。制御権が一番高いマスターリングと呼ばれているものはグリムが保有し、根津が預かっているのはセカンドリングと呼ばれているものである。


 根津はセカンドリングを使って影から為五郎を出した。一回り身体が大きくなった為五郎は、傍に立っているだけでプレッシャーを感じるほどだった。


「為五郎は右のレッドオーガを倒してくれ。左は僕が倒す」

「ガウッ」

 為五郎は無口なシャドウパペットである。高性能なソーサリーボイスも組み込んであるので喋ろうと思えば喋れるはずなのだが、必要最低限の返事しかしない。これも個性なのだろう、そう根津は思った。


 為五郎が拳を握り、その拳の骨と骨の間からホーリークロウを伸ばすと、凄まじい勢いで駆け出した。レッドオーガと為五郎が高速戦闘を始めたようだ。


 根津は急いで【超速視覚】を起動した。D粒子センサーと視覚からの情報を融合し、速い動きでも正確に見切る技術を根津も身に付けていた。為五郎とレッドオーガが高速戦闘を始めている。時々目が追い付かなくて為五郎やレッドオーガが消えたように見えるが、その時もD粒子センサーが捉えているので見失う事はなかった。


 レッドオーガがロングソードを横に薙ぎ払い、その切っ先で為五郎の首を刈り取ろうとする。為五郎は左足を前に踏み込みながら身体を後ろにらす。ロングソードの切っ先が目の前を通り過ぎるのを確認した為五郎が、反らした反動を利用して右手を大きくスイングする。


 拳から伸びた三本のホーリークロウがレッドオーガの脇腹を切り裂いた。痛みで反射的に跳び退いたレッドオーガが吠え、頭上で弧を描くように振り回したロングソードを為五郎の頭に振り下ろす。


 その斬撃をホーリークロウで受け流した為五郎は、レッドオーガの懐に飛び込むように膝蹴りを叩き込んだ。その一撃で三メートルの身長があるレッドオーガが宙を舞った。


 地面に叩き付けられたレッドオーガが脳震盪を起こしたらしくふらふらしている。為五郎は体内に組み込まれている魔儺生成器に大量の魔力を流し込んで魔儺を生成すると、それを導線を通して口に伝達、ベヒモスの牙の一部で製作した衝撃波発生器に流し込んだ。


 ベヒモスが神威エナジーを使って牙から衝撃波の渦を撃ち出したように、為五郎に組み込まれた衝撃波発生器は魔儺のエネルギーを使って衝撃波の渦を撃ち出した。


 ベヒモスの衝撃波の渦は、直径が何メートルもあるような大きなものだった。だが、為五郎の撃ち出した衝撃波の渦は直径五十センチほどのものである。それでも威力は凄かった。衝撃波の渦はレッドオーガの頭を巻き込んで粉砕する。


 為五郎に新しく組み込んだ秘密兵器というのは、この衝撃波ブレスだった。ちなみに、ライフル型の武器である『ダスクバスター』もケーブルを為五郎の体内にある魔儺生成器に繋げば撃てるように、天音が改造したという。


 為五郎とレッドオーガとの戦いはアッという間に終わった。次は根津とレッドオーガとの戦いである。為五郎はいつでも参戦できるように待機している。


 根津はまだ素早さを強化する指輪を持っていないので、高速戦闘する事はできない。だが、生活魔法使いの戦い方の一つに素早い魔物と戦う方法がある。


 それは【超速視覚】で魔物の動きを把握しながら襲い掛かる魔物をプッシュ系の魔法で撃退し、弱ったところをトドメを刺す、というものだ。


 目で追えないほど素早い速度で襲い掛かるレッドオーガを、【超速視覚】で捉えた根津は五重起動の『オーガプッシュ』で撃退する。早撃ちの練習を積んでいる根津だからこそできる素早い『オーガプッシュ』だった。


 撥ね飛ばされて地面に打ち付けられたレッドオーガは素早く起き上がり、また根津に襲い掛かる。根津は冷静に『オーガプッシュ』で対応した。


 何度も襲い掛かるレッドオーガを何度も『オーガプッシュ』で撥ね飛ばして撃退すると、レッドオーガが素早く動けないほどダメージを負った。それに気付いた根津は次に襲い掛かってきたレッドオーガに七重起動の『ライトニングショット』を発動し、D粒子放電パイルを撃ち込んだ。


 戦い始めた頃のレッドオーガだったら、避けられたかもしれない。だが、ダメージを負った今のレッドオーガは避けられず、胸にD粒子放電パイルが命中する。


 D粒子放電パイルの終端がコスモスの花のように開いた事で、その運動エネルギーの全てがレッドオーガの胸に叩き込まれてボコッと陥没する。そして、高圧の電気が放出されてレッドオーガの心臓を焼く。


「ふううっ、緊張しすぎて吐き気がしてきた」

 根津が休んでいる間に、為五郎がドロップ品を探す。魔石と指輪が二つだった。為五郎からドロップ品を渡された根津が顔に複雑な表情を浮かべる。


 冒険者たちの間で広まっている言い伝えの中に、未鑑定の指輪が三つ集まると必ず一つは呪いの指輪である、というものがある。それで根津はドロップ品を渡されて素直に喜べなかった。


「為五郎、ありがとう」

「ガウッ」

 為五郎は隠し部屋の隅にある宝箱に近付いた。根津もその後を追う。宝箱をチェックしたが、罠はないようだ。


 宝箱の中に罠が仕掛けられている可能性もあるので、為五郎が宝箱の蓋を開けた。罠はなく、宝箱の中には大量のオーク金貨と虫メガネが入っていた。


 何だろうと思い虫メガネを手に持つと、虫メガネのレンズに文字が浮かび上がった。このアイテムは『鑑定ルーペ』というものらしい。鑑定モノクルより下位の鑑定アイテムで、アイテムの鑑定しかできないようだ。


 鑑定ルーペでオーク金貨を鑑定してみる。『オーク金貨』という文字が表示された。

「名前だけしか調べられないのか。でも、鑑定する手段がないよりはマシだな」


 根津は三つの指輪を鑑定する事にした。一つ目はサンダードラゴンからドロップしたものだ。『収納リング』だと分かり、指に嵌めると宝箱の中のオーク金貨を収納した。たぶん二百枚くらいはあるだろう。


 二つ目の指輪は『白龍駒はくりゅうくの指輪』だった。呪いの指輪ではない事だけが証明された。そして、最後の指輪を鑑定する。すると、『乾燥肌の指輪』と表示された。乾燥肌というのは皮脂分や水分が不足している肌という事だが、この指輪を嵌めるとどうなるのだろう。


「これは呪いの指輪だな。嵌めると肌から脂分や水分がどんどん蒸発するという事なのか?」

 そう考えると怖い指輪である。根津は最後にサンダードラゴンのドロップ品である剣を鑑定した。


「『雷神剣』? サンダードラゴンがドロップした雷神剣か」

 期待できそうな魔導武器なので、根津は早く帰って詳しく調べようと思った。


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