第819話 吉野ダンジョンの黒武者

 タイチたちは五層に下りた。その五層は灰色の土と岩しかない荒野だった。この荒野にはロックゴーレムとハイゴブリンが居るという。


「ロックゴーレムです」

 千秋が岩で出来たゴーレムを発見して声を上げた。体長が二メートル半ほどの岩製のゴーレムが、重い足音を響かせながら近付いてくる。


「私が仕留めます」

 深雪が声を上げた。ロックゴーレムは防御力が高いので、D級だと手子摺てこずるかもしれない、と一瞬だけ考えたタイチだったが、魔法レベルが『12』以上なら大丈夫そうだと考え直した。


 攻撃魔法使いなら『ロッククラッシュ』や『デスショット』を習得していれば、確実に仕留められると思ったのだ。


 前に進み出た深雪は、『ロッククラッシュ』を発動して高速魔力榴弾を撃ち出した。その高速魔力榴弾がロックゴーレムの胸に命中して爆発。岩の胸に大きな穴を開けた。そのダメージでロックゴーレムは消える。


 すると、魔石とゴーレムコアがドロップした。

「ラッキーだな」

 タイチが言うと、深雪がゴーレムコアを嬉しそうに拾い上げた。ゴーレムコアは魔法回路コアの材料になるので高値で取引されている。ロックゴーレムのゴーレムコアでも三百万円ほどするはずだ。


 足取りも軽く深雪たちが進み始める。六層への階段が近付いた頃、タイチは今まで感じた事のない気配を感じて足を止めた。


「皆、動かないで」

 タイチが声を上げると、『どうしたの?』という顔で深雪たちが止まってタイチに目を向ける。


「何か変な気配がする」

 タイチは気配がある方向を指差した。もしかすると黒武者かもしないと考えたタイチは、気配の方へ進み始める。深雪たちもタイチの後ろから付いて来る。


 少し歩いたところで異様な魔物を発見した。耳と鼻がなく三つの眼と大きな口があり、黒いスケイルメイルと剣を装備している。聞いている黒武者の特徴と合致する。


「黒武者だ。ここまで上がって来たようだ。君たちは少し下がっていてくれ」

「私たちも加勢しましょうか?」

「いや、大丈夫だ。手を出さないでくれ」


 タイチは黒武者の実力を確かめるために、いろいろ試そうと考えていた。衝撃吸収服のスイッチを入れた瞬間、黒武者が剣を抜いて動き出す。それを見たタイチが『バーストショットガン』を発動し、三十本の小型爆轟パイルを放った。


 三十本の小型爆轟パイルが飛び、それに気付いた黒武者が横に跳ぶ。その跳躍では全ての小型爆轟パイルを躱せず、二本の小型爆轟パイルが黒武者のバリアに命中し爆発した。


 土煙が舞い上がり、その中から黒武者が飛び出して来た。手に持つ剣をタイチに向かって振る。タイチはアロンダイトで黒武者の剣を受け流した。それは剣の角度を変えただけであるが、それで十分だった。


 タイチは五重起動の『カタパルト』を発動し、後ろに身体を放り投げる。空中で魔法が解除された瞬間、『ホーリークレセント』を発動し、聖光分解エッジを放った。


 聖光分解エッジが黒武者に向かって飛ぶ。それを黒武者の剣が斬り、斬られた聖光分解エッジが消滅する。


 目まぐるしい動きで戦っているタイチと黒武者を見ている深雪たちは、血の気が引いた青い顔になっていた。こんな戦いに参加していたら、一瞬で殺されていただろうと感じたのだ。


 迫ってくる黒武者を見たタイチは、『カーリープッシュ』を発動して聖光反射プレートを放った。それに対して黒武者は剣を盾にして身を守る。聖光反射プレートと黒武者の剣がぶつかり火花を散らして互角に競り合っているように見えた。


 聖光反射プレートには<聖光>が付与されているので、黒武者の剣の効果で魔法が解除される事はなかった。だが、魔力の消費が激しくなり、聖光反射プレートは黒武者を弾き飛ばす事ができずに消えた。


 黒武者がタイチに向かって跳躍する。タイチは黒武者と剣で斬り結んだが、こういう戦いは不利だと悟った。黒武者のパワーが尋常ではないのだ。タイチは黒武者の斬撃を受け止められず、受け流すしかなかったからだ。


「クッ」

 タイチは『カタパルト』を使って後ろに飛ぶと、追撃してくる黒武者に向かって『カーリープッシュ』の聖光反射プレートを飛ばして足止めをする。


 その間に『ホーリーファントム』を発動し、慎重に狙ってホーリー幻影弾を放つ。黒武者がホーリー幻影弾に気付かず、そのバリアを直撃した。次の瞬間、ホーリー幻影弾がバリアを貫通して黒武者の胸にめり込んだ。


 その直後に<聖光>と<分子分解>の特性が付与されたD粒子が爆散して黒武者の肉体をボロ雑巾のように破壊する。それが致命傷になって黒武者から黒い霧が噴き出して消えた。


「ふうっ、手強かった。『ホーリーファントム』を習得していなかったら、どうなっていたか」


 深雪たちが駆け寄ってくるのが見えた。

「お見事でした」

「凄い戦いを見せてもらいました」

「最後の攻撃は、よく分かりませんでした。何をしたのです?」


 深雪たちが興奮して騒いでいる。タイチは深呼吸してから黒武者が消えた場所に向かった。そこには何も残っていなかった。


「黒武者は何も残さないというのは、本当なんだな」

「魔石もドロップしないのですか?」

 深雪が確認した。

「そうらしい。邪神が創った魔物だから、人間のためには何も残さないそうだ」


 ダンジョンの魔物を倒すと魔法レベルが上がり、魔石やドロップ品まで残す。人間にとって都合の良い事ばかりだ。これにはダンジョン神の意志が働いている、とグリムから聞いた事がある。


 タイチたちは地上に戻り、冒険者ギルドで報告した。支部長は喜んでいたが、タイチは違った。手強いと感じた黒武者が、邪卒の下級兵である事が気になったのだ。


 あれが下級兵なら、将軍クラスはどれほど強敵なのだろうと心配になった。タイチはグリムに相談して対策を検討しようと思った。


―――――――――――――――――

【あとがき】

 印刷された『生活魔法使いの下剋上 2巻』の見本誌が編集部から送られてきました。いよいよ発売日が近付いたと、喜んでおります。

 近況ノートに見本誌の画像やSNS広告のバナーなどを公開しますので、よろしければ御覧ください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る