第817話 『天意』の謎
アリサにドロップ品の事を説明した後、俺は作業部屋で躬業の宝珠を取り出した。
「『天意』を習得するの?」
「取り敢えず、巨獣から手に入れた躬業は、習得するつもりなんだ。これが神域でダンジョン神に会う資格かもしれないからな」
俺はソファーの背もたれに背中を預けると、『天意の宝珠』に魔力を流し込んだ。その瞬間、意識が途切れて気付いた時には作業部屋の天井近くをふわふわと漂っていた。いつものように幽体離脱したようだ。
その状態で空間を漂っていると、膨大な知識が流れ込んで来て、俺の魂に刻まれた。『天意』は神通域という使用者の意志が優先されるフィールドを展開し、そのフィールド内なら奇跡を起こす事ができるようだ。
『神の力以外の全てのものを操る』とか『小さな力を連続で何度も使う事で、結果的に大きな現象を引き起す』という情報があったが、どちらも正解ではなかったらしい。
ただ神通域を広範囲に広げれば、『神の力以外の全てのものを操る』というのはできそうだ。但し、神通域を広げるには凄まじい量の神威エナジーが必要であり、俺が使える神威エナジーでは半径三メートルほどが限度のようだ。
空中を漂っているアストラル体の状態である俺は、肉体に戻った。俺が目を開けるとアリサが心配そうに見ていた。
「大丈夫?」
「心配ない、もう慣れたよ」
「それで『天意』について分かったの?」
「分かったけど、あまりにも神のような力なので……」
俺は『天意』について説明した。その説明を聞いても、アリサは首を傾げる。
「その奇跡だけど、どんな事ができるの?」
俺は実際に見せる方が早いと思い、作業部屋の中を見回した。壁際の台に置き時計がある。それを手に持つと床に叩き付けた。
「えっ、どうして?」
アリサが驚いて壊れた置き時計を見た。それはガラスが割れ、長針が外れている。
「この状態で神通域を発生させる」
『神慮』を使って二次人格を作ると神威エナジーを手に入れる。その神威エナジーを使って壊れた置き時計を包み込むように神通域を発生させた。
それは金色に輝く空気で満たされた空間だった。俺は神通域の中の置き時計に対して元に戻るように命じた。すると、長針が元の位置に戻り割れたガラスが映像を巻き戻すように元に戻った。
「これは……時間を戻したの?」
「違う。俺は壊れた置き時計に元に戻るように命じただけだ」
「命じただけ? ……『天意』は命じるだけで奇跡が起こせる躬業なの?」
「切っ掛けは命じた事だけど、実際は恐ろしく複雑な事をしているみたいだ。だから、万能という訳ではない。これから、その限界を調べる事になる」
俺は壊す前に戻った置き時計を拾い上げて台の上に置いた。じっくりと調べてみたが、完全に直っている。
「理解できない。どんな力が働いてるのかしら」
アリサは不思議だという顔をする。
「奇跡なんていうのは、そんなものじゃないのか?」
「そうね。簡単に分析できたら、神の奇跡じゃないのかも」
『天意』については、どう使えば良いのか迷っていた。神通域を展開できる範囲が狭い上に展開するのに時間が掛るので、戦いに使用できそうにない。
「『天意』については、どういう使い方をするべきか、これから研究するしかないと思う」
「神通域は医療に応用できそうな気がする」
アリサの言葉に頷いた。しかし、本格的に医療に応用する事はないだろう。『天意』を使えるのが、俺だけなので仕方ない。
その日の夕方になってタイチが屋敷に来た。
「グリム先生、邪卒について教えてください」
「急な話だな。何かあったのか?」
「奈良のダンジョンに、黒武者が出たらしいんです」
何人かの冒険者が黒武者退治に向かったが、失敗したという。そこで黒武者に勝利した実績のある俺と同じ生活魔法使いのタイチが黒武者退治を依頼されたようだ。
俺は魔法を弾く剣やバリアなどの黒武者の特徴を教えた。
「仕留めるには、『ホーリーファントム』が最適なんだが、習得しているか?」
「はい、習得しました。ただ『ホーリーキャノン』の方が使いやすいですね」
『ホーリーキャノン』の方が使いやすいとは、どういう意味なんだろう? 『ホーリーファントム』の方が威力があるし、ステルス機能があるので命中率が高いはずなんだが。それをタイチに聞いてみる。
「『ホーリーファントム』は、正しい方向に飛んでいるか分からないので、不安になるんです。それに外れると行方不明になります」
ステルス機能付きなので、それは仕方ない。だが、『ホーリーファントム』は<分子分解>の特性が追加されているので、確実に威力が上がっているはずなのだ。
「ステルス機能が働いているんだ。実際に戦ったら、そのありがたみが分かるはずだ」
「そうなんですか。いろいろ試した後に、『ホーリーファントム』を使ってみます」
話を聞いていたアリサが、口を挟んだ。
「そう言えば、邪卒が増えているそうよ」
「初めて聞いた。そうなのか?」
「ええ、二ヶ月に一回くらいの割合で、世界のどこかに発見されるようになったみたい」
このままだと賢者会議が開かれるかもしれない。前回は日本だったから、次はアメリカかインドになるだろう。
「今の状況だと、邪卒が現れたら生活魔法使いが呼ばれるようになるかも」
アリサがちょっと心配そうに言う。邪卒用の魔法を用意しているのが、生活魔法だけなので仕方がない。他の戦力を活用できないというのは問題だ。特に魔装魔法使いの戦力が勿体ないので、何とかできないかと考えてしまう。
「邪神眷属や邪卒に有効な武器が、大量に生産できればいいんですけど」
タイチがボソッと言った。アリサが俺に視線を向ける。
「特性を使って、作れない?」
「考えてみよう」
そう言えば、『天意』が使えるようになったんだった。『天意』を武器製作に活かせないだろうか?
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【あとがき】
今回の投稿で『第18章 巨獣ベヒモス編』が終了となります。次章もよろしくお願いします。
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