第787話 ベルンダンジョン(上級)

 俺は『覚醒の間』があるベルンダンジョンの情報を集めた。日本に居る時には、ダイジェスト版のような資料を調べただけだったが、現地の冒険者ギルドには詳しい資料が置いてある。


 但し、資料はドイツ語で書かれていた。これを日本語に翻訳するのはエルモアの役目である。その情報を整理すると、三層に巣食っている双頭の巨犬オルトロスと五層のマウンテンタートル、それに七層のグリフォンが手強い魔物になる。


「マウンテンタートルは、動きが遅いんじゃないか?」

『ええ、その通りです』

「だったら、放置していいだろう」

「いえ、そのマウンテンタートルを倒すと、神威石をドロップするようなんです」


 メティスによると、マウンテンタートルを倒すとダイヤモンドのような結晶をドロップするらしい。それが神威石じゃないかとメティスが言う。


「神威石は貴重だ。手に入れよう」

 と言ったものの、マウンテンタートルは全長三十メートルほどで信じられないほど頑丈だという。動きが遅いので脅威にはならないが、倒すのは難しい魔物なのだ。


 俺の攻撃手段の中で最大威力のものは、神剣ヴォルダリルの神威飛翔刃だ。その神威飛翔刃でマウンテンタートルが倒せるだろうか?


『マウンテンタートルは、『スキップキャノン』で甲羅の内側に何発もスキップ砲弾を撃ち込めば、倒せると思います』


「そうだな。ちなみに神威飛翔刃で倒せると思うか?」

『威力の全てをマウンテンタートルに叩き込む事ができれば、倒せると思います』

「……威力の全て、というと?」

『神威飛翔刃の威力は絶大ですが、その飛翔速度はそれほどではありません。マウンテンタートルを弾き飛ばすだけで、威力のほとんどをロスするかもしれません』


「それじゃあ、地獄谷の時のように聖光に変化させるような事を検討すべきだと言うのか?」

『地獄谷の場合は、相手がアンデッドだったので聖光が最適でしたが、マウンテンタートルの場合は何が正解なのでしょう?』


 メティスでも正解に辿り着けなかったようだ。これも『覚醒の間』で考える課題になるだろう。ちなみに『覚醒の間』に一度に入れるのは四人までだ。しかも思考能力が向上するのは『覚醒の間』に入っている間だけだという。


 だから、『覚醒の間』を使った者は再び使おうと予約を入れるそうだ。予約が一年待ちになる訳である。


『七層のグリフォンは、前足の爪から風の刃を撃ち出す事ができます。その切れ味は人間を真っ二つにするほどです』


「上空から狙われたら危険だ。上を警戒しながら進むしかないな」

『それが良いと思います』


 メティスと様々な状況を検討してから、俺はベルンダンジョンへ向かった。ダンジョン前には冒険者ギルドの職員が『覚醒の間』へ行く冒険者たちの管理をしていた。


 『覚醒の間』は時間制限がある上に一度部屋の外に出ると再び入るという事ができず、地上に戻ってからもう一度『覚醒の間』まで行かなければならない。ギルドの職員は、地上に戻った冒険者が続けて七層へ戻らないようにチェックしているのだ。


 ダンジョンハウスで着替えて入り口に居るギルド職員に名乗ると、職員が黒武者の件で礼を言って通してくれた。一層はほとんど緑がない荒野だった。


 赤茶けた地面が広がる荒野に、灰色のグラトニーウルフが走っている。その目標は俺のようだ。まっすぐにこちらに向かってくるグラトニーウルフは、全長二メートルほどで素早い動きをする。


 グラトニーウルフが迫ったのを見て、俺は五重起動の『ハイブレード』を発動した。そして、D粒子で形成された長大な刃をグラトニーウルフへ振り下ろす。その先端の速度は音速に近く、グラトニーウルフに避ける暇を与えなかった。


 次の瞬間、D粒子の刃がグラトニーウルフを左右に真っ二つにする。ドロップした緑魔石<中>を拾い上げ、俺は先に進んだ。


 その後もグラトニーウルフ数匹と遭遇したが、全て一撃で仕留めた。

「普通に魔法が通用する相手だと楽なんだが」

 俺は黒武者の事を思い出しながら言う。


『黒武者の事を考えているのですか?』

「黒武者のような邪卒が、世界中に現れたらどうなるか考えていたんだ」

『何か気になる事でも?』


 俺はゆっくりと頷いた。

「邪卒はダンジョンによって生み出されたものではないから、全て宿無しと同じようにダンジョンの外に出てこれるんじゃないか?」


『なるほど。ダンジョン産の魔物ではないから、ダンジョンによる制限は受けないという事ですね。十分にあり得る事だと思います』


 そうだとすると、邪神の封印が緩んで邪卒を大量に生み出した場合、世界は大きな被害を出すかもしれない。その点を冒険者ギルドに警告するべきだろう。


 ステイシーの顔が頭に浮かんだ。ステイシーは強引なところがあるが、実行力は評価できる。ステイシーと慈光寺理事長に警告しよう。


 そんな事を考えていると、ブラックハイエナの群れと遭遇した。三十匹ほどの群れである。俺はエルモアと為五郎を影から出した。


 多機能防護服のスイッチを入れて前に出る。ブラックハイエナの先頭集団に向けて『バーストショットガン』を発動し、三十本の小型爆轟パイルをばら撒いた。


 小型爆轟パイルはブラックハイエナの群れに叩き込まれて爆発する。ブラックハイエナたちが吹き飛び、宙に舞い上がる。その攻撃でブラックハイエナの半分が倒れた。


 残ったブラックハイエナに向かってエルモアと為五郎が突撃する。群れに踏み込んだエルモアと為五郎は縦横無尽に暴れまわって殲滅した。


 階段を見付けて下りる。ここまでホバービークルで飛んでも良かったのだが、準備運動として歩いた。二層は広大な草原である。ここは最短ルートで通過した。


 何匹かの大トカゲと遭遇したが、手子摺てこずる事はなかった。そして、三層へ下りる。山々が連なる地形を眼下に見ながらホバービークルで飛んで階段から少し離れた場所まで行く。そして、ホバービークルを下りて慎重に階段へ近付く。


 階段の近くで待っていたのは、全長六メートルもある巨大な双頭の犬だった。


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