第685話 幻影の指輪

 シュンが飯山との共闘を断ったので、引き続き飯山チームがレッドオーガと戦う事になった。もちろん、冒険者は早いもの勝ちなので、シュンがソロでレッドオーガを倒すのは問題ない。ただ飯山チームが倒すと宣言しているので、それを横から奪い取るのもどうかと思った。


 シュンは青森まで頻繁に来る事はないだろうから、シャドウハムスターの影魔石を目一杯集めようと考えていた。目標は三十個ほどである。バタリオンのメンバーに一個ずつ配っても結構な数が必要になるのだ。


 それからシャドウハムスター狩りを続けて、影魔石が三十二個になったところで終了した。その間に飯山たちのレッドオーガ討伐が行われたのだが、返り討ちにあったようだ。


 飯山は無事だったが、もう一人の魔装魔法使いが大怪我をして入院したらしい。そうなるとレッドオーガを誰が倒すのだという話になって、冒険者ギルドでは騒ぎになっていた。


 シュンが最後の挨拶に冒険者ギルドへ行くと支部長室に案内された。そこには支部長と飯山が待っていた。


「支部長、短い間でしたが、お世話になりました。明日、帰ろうと思っています」

「それなんだが、最後にレッドオーガ討伐をお願いできないだろうか?」

 シュンは飯山に視線を向けた。

「しかし、それは飯山さんのチームが……」


「聞いたと思うが、怪我人が出て飯山君のチームは、戦力が減ってしまった。そこで代わりにレッドオーガ討伐を頼みたいのだ」


「飯山さんたちが構わないのなら、いいですよ」

 その言葉を聞いた飯山が支部長に視線を向けた。

「私一人で、レッドオーガを倒してみせると言ったのに……」


「チームで倒せなかったのに、ソロだったら倒せるというのかね?」

 そう言われた飯山が黙ってしまった。絶対レッドオーガを倒せると言い切れないのだろう。


「ですが、皆川の技量が私より上だと言えるのですか?」

 とうとう呼び捨てにされてしまったシュンは、苦い顔になる。

「皆川君は邪神眷属のレッドオーガをチームで倒したという実績がある。それに彼は、もうすぐB級になるはずだ」


「私と勝負して証明してくれ。それでないと信じられない」

 支部長が首を傾げた。

「勝負? 馬鹿な事を言うな。冒険者同士が戦う事をギルドが禁止しているのは、知っているはずだ」


 飯山が薄ら笑いを浮かべた。

「実戦ではなく模擬戦です。模擬戦用の武器で戦うのはどうです?」

 支部長が溜息を漏らしてから、シュンに顔を向ける。

「ああ言っているが、どうするかね?」


 シュンは肩を竦めた。

「構いませんよ」

 その言葉を聞いた飯山は、目を輝かせた。たぶん飯山が得意としている接近戦の勝負に持ち込めたと喜んでいるのだろう。


 だが、シュンはカリナとグリムから西洋剣術の教えを受け、今は千佳の道場で剣術を学んでいる。接近戦は得意なのだ。


 訓練場へ行った二人は、空いている場所で模擬戦を行う事になった。シュンが模擬剣を構えると、支部長の合図で模擬戦が始まる。


 シュンは『オデュッセウスの指輪』を使って素早さを五倍まで上げた。レッドオーガに苦戦しているのなら、五倍で十分だと思ったのだ。


 周りの動きが遅くなり、シュンは飯山に向かって走り出す。この動きはグリムに習ったナンクル流空手の動きである。シュンが模擬剣を飯山の肩に向かって振り下ろす。飯山は同じ模擬剣で受け止め、力任せに跳ね上げる。


 飯山は素早さと同時に筋力を上げる魔装魔法を発動したようだ。バランスを崩したシュンだったが、飯山の高速戦闘術がお粗末なものだったので、追撃を躱す事ができた。


 一度距離を取ったシュンは、慎重に攻め始める。すると、シュンが優勢になり、ずるずると後退する飯山を追い詰めて腹に一撃を入れた。その衝撃で飯山が倒れた。手加減はしているので気を失っただけだろう。


「そこまで」

 あっさりと勝負が決まった。シュンは素早さの強化を解除すると、支部長に近寄る。

「それじゃあ、レッドオーガは僕が引き受けます」

「よろしく頼む。それから礼を言うよ。いつか飯山の鼻をへし折る者が現れないかと待っていたんだ」


 支部長も飯山の性格を分かっており、苦々しく思っていたようだ。だが、注意しても聞くような人間ではないと分かっていたので、シュンのような本物の実力者が現れるのを待っていたそうだ。


「僕なんて本物の実力者ではないですよ。実力者というのは、師であるグリム先生のような人です」


 支部長と別れたシュンは、そのまま龍飛崎ダンジョンへ向かった。ダンジョンに到着したシュンは、最短ルートで五層まで行って、中ボス部屋へ向かう。


 途中、ブルーオーガに遭遇したが、『クラッシュソード』の一撃で瞬殺する。そのまま進んで中ボス部屋へ到着すると、入り口から中を覗いた。体長が三メートルほどで角が赤い鬼が中央に立っている。


 シュンは衝撃吸収服のスイッチを入れ、指に嵌めている指輪を確認する。『軽身の指輪』『オデュッセウスの指輪』『幻影の指輪』が指に存在するのを見て頷いた。


 最後に武器の神剣アパラージタを取り出してから、『オデュッセウスの指輪』で素早さを上げて中ボス部屋に入った。その瞬間、高速戦闘が始まった。


 レッドオーガが風を切り裂くようなスピードで、シュンに迫ってロングソードを横薙ぎに振るう。その一撃をシュンは地面を転がって避けた。素早く立ち上がったシュンが、『クラッシュボール』を発動してD粒子振動ボールをレッドオーガに放つ。


 それに気付いたレッドオーガが横に大きく跳んで躱す。追撃したシュンが神剣アパラージタをレッドオーガの足に振り下ろした。レッドオーガがロングソードで受け止める。そのロングソードも尋常な剣ではないようだ。


 レッドオーガがシュンの神剣を弾き、振り上げたロングソードを袈裟懸けに斬り下ろす。目では見えない速度で振られたロングソードの軌道を、シュンはグリムから習った【超速視覚】で捉えていた。


 神剣で受け流して横に跳んだシュンは、実戦で初めて『幻影の指輪』を使った。シュン自身の姿をイメージし、跳び上がって上から斬り付ける幻影をレッドオーガに送ると同時に、『クラッシュソード』を発動して空間振動ブレードを横に薙ぎ払う。


 レッドオーガは上から斬り付けるシュンの幻影に反応してロングソードで受け止めようとした。だが、幻の神剣はロングソードを素通りして消え、空間振動ブレードがレッドオーガの胴体を切り裂いた。


 高速戦闘中でなければ、レッドオーガも幻影だと見破ったかもしれないが、限られた時間内に判断するしかない場合は見破るのが難しい。


 レッドオーガの腹から大量の血が噴き出し、片膝を突いた鬼の目が憤怒を込めてシュンを睨む。睨み返したシュンが、神剣アパラージタでレッドオーガの首を刎ねた。


「『幻影の指輪』は使えるな」

 今回は高速戦闘中なので精巧な幻影は作れなかったが、それでもレッドオーガは騙された。『幻影の指輪』の使い方を練習すれば、強力な武器になるとシュンは感じた。


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