第666話 中ボス部屋のリッチ

『お見事です』

「今回は、戦った事のあるミノタウロスジェネラルだったからな」

『それでも秒殺は、凄い事です』


 俺たちはドロップ品を探した。魔石はすぐに見付かり、次に鑑定モノクルが発見された。鑑定モノクルを欲しがっている者は多いので、売らずにバタリオンの貸し出し品の一つにしよう。


『グリム先生、指輪もありました』

 エルモアが発見した指輪をマルチ鑑定ゴーグルで調べてみると、『基礎代謝量増大の指輪』と表示された。


「なぜ基礎代謝? もしかして、ダイエット用の指輪なのか?」

『そうかもしれません』

 珍しそうな指輪なので、高く売れるかもしれない。それともバタリオンの誰かが欲しがるだろうか?


 俺はこの中ボス部屋で一泊する事にした。中ボスを倒したばかりのここが、一番安全だと判断したのだ。


 野営の道具を出し、夕食の準備を始める。今夜のメニューは煮込みうどんだ。一口大に切った野菜と肉を先に炒めて、それに調味料と水、うどんを入れて煮ただけのものだが、かなり美味しい。このレシピは金剛寺から教えてもらったものである。


 食事が済んでから、メティスとしばらく話していたが、疲れを感じたので寝た。


 次の日に起きると疲れは取れていた。野営の道具を片付け、パンとコーヒーで朝食を済ませて出発する。六層から九層はホバービークルで飛んで通過するか、最短ルートで通り過ぎたので問題なかった。


 十層は廃墟となった大きな町だった。その町の中央にある教会が中ボス部屋となっているようだ。途中で遭遇したアンデッドを光剣クラウ・ソラスと聖光系の魔法で倒して進む。


 十層の中ボス部屋に到着すると、初めて戦う魔物が待っていた。魔法使いが死んでアンデッドになったという『リッチ』と呼ばれる魔物だ。この魔物は水月ダンジョンのダンジョンボスとして知っているが、まだ一度も戦った事がない。


 俺とエルモアが中ボス部屋に入ると、空中を漂っているリッチが頭に響く笑い声を上げる。リッチを観察すると、半透明なぼんやりした人間の姿に見える。と言っても、周りに放出している魔力が尋常ではなく、その存在感は強烈だった。


『リッチは普通の魔法が効きません。気を付けてください』

 メティスの助言に頷いた。リッチは霊体型アンデッドなので、肉体を持たない。たぶんクラッシュ系の魔法も効果がないだろう。


 それを確かめるために『クラッシュボール』を発動し、D粒子振動ボールをリッチに向かって放つ。D粒子振動ボールはリッチに命中したように見えた次の瞬間、ぼんやりとしたリッチの霊体を通り抜け壁に当たって穴を開けた。


「やっぱりダメか」

 俺が声を上げると同時に、エルモアが『ニーズヘッグソード』を発動し、拡張振動ブレードをリッチに向けて振り抜いた。拡張振動ブレードはリッチの霊体に命中したはずだが、何のダメージも与えられなかった。


『空間振動波は、リッチの霊体にダメージを与えられないようです』

 その声が聞こえたと同時に、リッチが炎の玉を俺に向かって放った。それを迎撃するために、五重起動の『サンダーバードプッシュ』を発動して稲妻プレートを放つ。


 空中で炎の玉と稲妻プレートが激突し、爆発を起こす。爆風が届いて身体が後ろに押された。それを踏ん張り『マナバリア』を発動してD粒子マナコアを腰に巻く。


 リッチから魔力を感じて警戒した次の瞬間、稲妻のようなものが発生すると俺に向かって飛んで来た。慌てて魔力バリアを展開して守る。稲妻が魔力バリアに当たって落雷のような轟音を響かせた。


 エルモアが跳躍して空中を漂うリッチを光剣クルージーンで切り裂こうとした。すると、リッチが意外に素早い動きで躱す。


 俺は『ホーリークレセント』を発動し、聖光分解エッジをリッチに向かって放った。それに気付いたリッチが空中を横に移動する。


 聖光分解エッジを躱したリッチは、その霊体に膨大な魔力を漂わせ始めた。切り札の魔法を出すつもりだと気付いた俺は、早撃ちで魔法を妨害しようかと考えたが、普通の魔法は効果がないのを思い出し、『フラッシュムーブ』を発動してリッチの近くに移動する。


 近距離から『ホーリークレセント』を素早く発動し、聖光分解エッジをリッチに叩き込んだ。『フラッシュムーブ』からの『ホーリークレセント』という連続発動になったが、なんとか成功させる。


『ぎゃあああ!』

 リッチの悲鳴が響き渡り、発動しようとしていた切り札の魔法が不発のまま魔力だけが周りに放出され、リッチの霊体が消えた。


 リッチが最後に発動しようとしていた魔法は気になったが、切り札を発動させずに勝つというのは戦い方として正解なので満足である。


「さて、ドロップ品を探そう」

 リッチのドロップ品は、黒魔石<大>とゴルフボールより一回り小さな金属製のボールだった。その金属製ボールをひと目見たメティスが興奮する。


『こ、これは、魔導知能に間違いありません』

「でも、メティスより一回り小さい気がするけど」

『たぶん、初級ダンジョン用の魔導知能なのだと思います』


 メティスが中級用なので、ワンランク下の魔導知能という事になる。何が違うのだろう?

「これはどれほどの知能を持っているんだ?」

『おそらくですが、一般人程度の知能はあると思います』


 初級で一般人という事は、中級のメティスは天才並みなのか? それで上級や特級の魔導知能となると、神の領域なのだろう。


 と言っても、魔導知能は本物の天才のようなひらめきはない。昔存在していた人工知能のようなものだと聞いている。


「これは何に使えるだろう?」

『アリサさん用の相談相手にするのは、どうでしょう?』

「そうか、分析魔法使いなら、便利に使い熟すかもしれないな。ところで、何でこいつは喋らないんだ?」


『たぶん、どこかに欠陥があって、何の教育もされていないのだと思います』

「欠陥?」

『人間にたとえると個性のようなものです』


 魔導知能にとって個性は欠陥らしい。まあ、人間の中にもとんでもない個性の持ち主が居て、傍迷惑はためいわくな場合もあるので、ダンジョンの基準が間違いだとは言えない。


 その魔導知能の教育はメティスに任せる事にした。取り敢えず仕舞って先に進む事にする。俺たちは十一層と十二層を通過し、十三層に下りた。


 この十三層は荒野で、デザートウルフとトロールが棲み着いていた。俺は影から為五郎とネレウスを出して、エルモアを含めたシャドウパペットだけで、魔物を蹴散らして進んだ。


 これは精神的な疲れを蓄積しないためである。魔力と体力は万能回復薬で回復できるが、精神的な疲れは回復できない。


 そして、前方に多頭竜クルシェドラを見付けた。


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