第664話 絵のメッセージ
その頃、俺は屋敷の作業部屋で励魔術について考えていた。D粒子を制御して励魔球を作り励起魔力を発生させる。その励起魔力は高密度で強力なエネルギーだった。
それを魔法ではなくエネルギー発生装置として作り出せないかと考えたのだ。それが可能になれば、人類は新しいエネルギー源を手に入れる事になる。
高度な電子機器が使えなくなった現在の電力事情は、ダンジョンで手に入れる黄魔石を電気に変換する魔石発電炉からの電力が、大きな割合を占めるほどになっていた。
『長時間稼働する発電装置となると、大掛かりな装置が必要だと思います』
励魔球を作り出し励起魔力を発生させる魔法を創り、それを魔法回路コアCにする事はできる。但し、それは短時間しか励魔球を維持できない。
俺が考えているのは、安定した電力を二十四時間毎日提供できる発電プラントだ。なぜ、こんな事を考えているのかというと、新しいグリーン館で使う電気代を見て、こんなに高いのかと思ってしまったからである。
俺の収入から考えれば簡単に払える金額なのだが、無料で電気を供給できないものかと、せこい事を考えてしまった。
『励魔術より、魔石発電炉を設置した方が簡単だと思います。黄魔石は鍛錬ダンジョンから手に入れれば、いいのですから』
「そうだけど、魔石の回収は安定しているとは言えないからな」
『魔石の回収が一定ではない事は承知していますが、それは備蓄すれば良いのです』
グリーン館の電力ぐらいなら、一年間分を備蓄する事も可能だ。
その時、アリサが作業部屋に入ってきた。俺に見せたいものがあるらしい。俺はグリーン館のラウンジへ行った。そこでは天音たちが集まり楽しそうに会話している。
「この絵を見て欲しいの」
アリサが一枚の絵を俺に見せた。抽象画みたいだが、俺は絵の良し悪しなど分からない。
「これがどうしたんだ?」
アリサが絵の一部を指差した。
「神殿文字だと思うのだけど、どう思う?」
確かに神殿文字だった。そこには『神が使いし剣は、紅の砂海に眠る。神にならんと欲する者は、手に入れよ』と書かれている。
俺はアリサたちに内容を伝えた。
「紅の砂海というのは、もしかしてナミブ砂漠ですか?」
由香里が俺に質問した。
「そうだと思うけど、ナミブ砂漠にあるダンジョンはいくつかあるが、有名なのは一つだけだ」
ナミブ砂漠には、酸化鉄が混じった赤い砂漠があるという。その砂漠の中に紅砂ダンジョンという上級ダンジョンがあった。
砂漠の中にあるダンジョンなので、あまり訪れる冒険者は居ない。だが、そのダンジョンには多頭竜の一種であるクルシェドラが棲み着いている。
クルシェドラは五つの頭を持つ竜で、その口からは強酸の毒を吐き出す。その毒は凶悪であり、十数人の冒険者が毒により命を落としている。
「神が使った剣というのは、神剣グラムのようなダンジョンが作った剣とは、別なんでしょうか?」
千佳が剣という言葉に興味を惹かれたようだ。
「どうだろう? ここで使われている剣という単語は、『剣』という意味の他に、『力』という意味もある。本当に剣なのかは分からない」
俺は由香里がどうやって絵を手に入れたか聞いて、他にも見過ごしているメッセージが多いかもしれないと感じた。
由香里たちが帰り、俺とアリサだけが残る。
「神鏡で調べてみるか」
俺が言うと、アリサも同意するように頷いた。
「でも、気を付けてね」
俺は神鏡を取り出し、作業台の上に置いた。そして、神威月輪観の瞑想を始める。心の中に月が浮かび神威エナジーが流れ込んでくる。
その神威エナジーを神鏡に流し込むと、幽体離脱してアストラル体が空中に浮いた。ナミブ砂漠はアフリカ大陸の南部にある砂漠だ。俺は南西に向かって移動を開始する。
フィリピンを通り過ぎ、インドネシアを越えると、インド洋に入る。俺は一瞬でアフリカ大陸まで到達した。アフリカ大陸の南部を横断し、カラハリ砂漠を越えナミブ砂漠に到着。
目的の紅砂ダンジョンは、ナミブ砂漠の中央にあった。俺は吸い込まれるようにダンジョン内部に入った。そこでベヒモスに比べれば卑小なものだが、強力な力の持ち主が存在するのを感じた。
この感じからすると、多頭竜のクルシェドラだな。俺はクルシェドラに向かって進んだ。十三層に到達し、ここにクルシェドラが居ると分かった。
十三層は荒野が広がるエリアで、中央に高い塔があった。その高い塔に向かって移動すると、塔の前に五つの頭を持つ竜が立っていた。
クルシェドラは俺に気付かないようだ。この点もベヒモスとは違う。俺はクルシェドラを無視して塔の中に向かう。壁をすり抜けると、塔の内部は大きな一つの空間となっていた。
その中央に石造りの大きな
ここまで来たのに、折れているのかよ。ちょっとガッカリである。俺はアストラル体の手を剣に向けて伸ばした。その指先が剣をすり抜ける。
当然触れられないのだが、そこで神威エナジーを満たしたアストラル体なら触れられるんじゃないかというアイデアが閃いた。そこで日本に居る俺は、神鏡に注ぎ込む神威エナジーの量を増やした。すると、アストラル体に神威エナジーが流れ込み満たされるのを感じる。
その状態でアストラル体の手を剣に近付ける。手が剣に触れた瞬間、折れた剣が神威エナジーを吸い込み、凄まじい波動を放った。俺は波動に弾かれて塔の外まで飛ばされた。
驚いた俺は、一度戻る事にした。アストラル体が肉体に戻ると、アリサの声が聞こえてきた。
「大丈夫なの?」
「問題ない。弾かれただけだ」
「でも、顔色が悪いように見えるけど」
「それは弾き飛ばされた時に、神剣ヴォルダリルの凄まじい力を感じたからだろう」
聞いた事がない剣の名前だったので、アリサが首を傾げる。
「そんなに凄いの?」
「ああ、一瞬だけ心眼を使ったのだが、あの剣が折れていなければ、一振りで山を吹き飛ばせる。それに肉体だけでなく魂まで切り刻める剣だ」
そんな剣を持っていたダンジョン神が、邪神を倒す事ができず封印したという点を考えると、溜息しか出なかった。
---------------------------------------------------
【タイトル変更】
当作品のタイトルを書籍版に合わせて変更します。
旧タイトル:生活魔法使いの下剋上~虐げられた生活魔法使いは好きにします~
新タイトル:生活魔法使いの下剋上(web版)
書籍版は加筆し、エピソードも追加しておりますので、内容が少し異なります。
★★★ 『生活魔法使いの下剋上』11月29日に発売予定 予約受付中 ★★★
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます