第548話 グラビティストーム


 キラープラントは全長一メートル半ほどの木の魔物である。その棲家があるテリトリーには百匹以上のキラープラントが居るらしい。


 最初に一匹のキラープラントと遭遇し、そいつを倒すとゴムを焼いたような臭いが空気中に漂い始めた。その臭いに誘われるようにキラープラントが集まり始める。


「多いですね」

 アリサは近付いてくるキラープラントを『オーガプッシュ』で弾き飛ばす。そうしている間にキラープラントの数が百匹を超えた。


「少し距離を取ろう。『グラビティストーム』を使うには近すぎる」

 俺たちは『フラッシュムーブ』を使って、五十メートルほど後方へ移動した。それに気付いたキラープラントたちが根っこの足をちょこちょこと懸命に動かして迫って来る。


 俺は神剣グラムに魔力を注ぎ込み、百匹以上に膨れ上がったキラープラントの集団を見詰め、嵐の日の海をイメージしながら神剣グラムの切っ先をキラープラントの集団に向けた。


 その瞬間、周囲の空気が集まり始め嵐のような強烈な風になった。風を受けたキラープラントは、飛ばされないように踏ん張る。すると、その風の中に多数のテニスボールほどの歪んだ空間が生まれた。


 歪んだ空間が発生したのは、そこに高重力場が発生しているからである。透明な空間なのだが、重力場によって光が捻じ曲げられたために歪んだ空間が存在するようにみえる。それは高重力場を球状の結界のようなもので閉じ込めたものだった。


 グラビティスフィアと呼ばれる球体の高重力場は、横殴りの雨のようにキラープラントへ降り注いだ。キラープラントの中に吸い込まれるように侵入したグラビティスフィアは、魔物を構成する細胞を剥ぎ取って圧縮し豆粒ほどの大きさにする。テニスボール大のものが、豆粒ほどに圧縮されたのだ。


 高重力の影響を受けるのは、グラビティスフィアの内部に取り込まれた物質だけのようだ。そうでなければ、俺もグラビティスフィアに吸い込まれていただろう。


 グラビティスフィアが生まれて消えるまでの時間は二秒ほどだ。すぐに消えると別のグラビティスフィアが次々に生まれ、またキラープラントへ降り注ぐ。


 キラープラントの集団を薙ぎ払うように神剣グラムの向きを変えると、その群れが一掃された。

「凄まじいですね」

 見ていたアリサが感想を言った。

「だけど、魔力消費が激しい。何度も使えるようなものじゃないな」


 試しが終わったので、俺たちは地上に戻った。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 アメリカに帰った冒険者育成庁のステイシー長官は、光剣クラウ・ソラスに限らず、光の武器と呼ばれる魔導武器を探すように命令を出す。


 しかし、光の武器と呼ばれる存在は、それほど多くはないようだ。四本の光の短剣が発見され、冒険者育成庁に持ち込まれた。それに加え光剣クラウの持ち主が判明する。A級ランキング十二位のダリル・ジョンソンだ。


 ジョンソンはジョワユーズという魔導武器の使い手として知られているが、予備の武器として光剣クラウを持っていたのである。


「辛うじて、光剣クラウ・ソラスを手に入れる条件は、揃ったわね」

 ステイシーが秘書のチャイルズに確認した。

「はい。後は日本のダンジョンにある『奉納の間』で、光の短剣を奉納し光剣ソラスを入手できれば、アメリカも光剣クラウ・ソラスを所有できます」


 ステイシーがチャイルズを不服そうに見る。

「わざわざ日本へ行かなくても、『奉納の間』と同じようなものが、アメリカにもあるじゃない」


 チャイルズが思い出したという顔をする。

「そうでした。ジョージア州にあるサバナダンジョンですね」

「あそこの十五層にも『奉納の間』と同じものがあったわ」

「では、どなたに『奉納の間』に挑戦していただきましょう?」


「光剣クラウの持ち主であるジョンソンがいいでしょう。彼に依頼してください」

「承知いたしました」


 ステイシー長官に呼ばれたジョンソンは、ジョージア州にあるサバナダンジョンへ向かった。

「面倒な仕事を頼まれてしまった」

 雷神ドラゴンとの戦いで、ジョワユーズの次元断裂刃を使って大きな傷を負わせた活躍が報道され、ジョンソンは大きく名を揚げた。


 但し、あの戦いでは重傷を負って戦線離脱したので、ジョンソン自身としては不満足な結果だった。

「ジョンソンさん、十五層まで案内すればいいんですよね?」

「そうだ。最短ルートで案内してくれ」


 案内役を依頼されたB級冒険者のモーガン・ヘインズは、注文通り最短ルートで十五層まで向かった。最短ルートは途中で、アイアンドラゴンに遭遇するのだが、ジョンソンがジョワユーズの次元断裂刃で斬り裂いた。


 ジョンソンたちは十五層に到着。

「気を付けてください」

 アメリカ版『奉納の間』に入るのはジョンソン一人である。中に入ったジョンソンは、小型の井戸のようなものを見付けた。


「これに奉納するものを入れるのだな」

 ジョンソンはステイシーから預かった光の短剣を井戸に投げ入れた。すると、部屋の雰囲気が変わり何かが生まれようとしているのを感じた。


 現れたのは、シルバーオーガだった。ジョンソンはその姿を見た瞬間、素早さを上げる『ヘルメススピード』を発動した。


 激しい高速戦闘が開始され、ジョンソンの剣とシルバーオーガの槍が高速で繰り出される。シルバーオーガの槍がジョンソンの胸を狙って突き出され、それを躱したジョンソンが剣を横に薙ぎ払う。それを槍の柄で受け止めたシルバーオーガは、前蹴りでジョンソンを蹴り飛ばした。


 自分から後ろに跳んで衝撃を逃したジョンソンだったが、顔をしかめた。その反撃で剣の突きを放つと、その突きをシルバーオーガに躱され、バックブローが飛んで来る。それをギリギリで躱したジョンソンは、剣でシルバーオーガの腹を斬り裂いた。


 傷を負って後退したシルバーオーガを追撃し、袈裟懸けの斬撃でトドメを刺した。シルバーオーガを倒したジョンソンは、光剣ソラスが出て来るのを期待して待つ。


 だが、ドロップされたのは、なぜか光剣クラウだった。光剣クラウが二本になった事になる。アメリカ南部生まれのジョンソンは思わず愚痴った。

「なんでやねん」

 ただ元々光剣クラウがドロップする確率が高いので、仕方ないと諦めた。ただジョンソンは二本の光の短剣を預かっていたので、もう一度挑戦するチャンスがある。

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