第425話 聖人と霊薬ソーマ
アリサたちが報告に来た。なぜか千佳が一緒ではない。アリサが代表して報告し、海中神殿から三本の不変ボトルと、巨大ウツボのドロップ品である『ミスラ神の槍:ワズラ』を手に入れたと言う。
由香里が不変ボトルが入っていた宝箱を見せてくれた。
「あれっ、宝箱は台に固定されていたはずだけど」
「ガラッパに体内のマジックポーチに入れるように命じたら、そのまま収納されましたよ」
アリサが簡単そうに言う。アリサ・由香里・天音の三人は、宝石箱にするらしい。千佳は宝石自体に興味がないので、宝石箱は要らないらしい。なんだか逞しすぎると思った。
「ところで、一人足りないけど、忙しいのかな?」
俺は千佳が来なかった理由を尋ねた。すると、アリサたちが顔を曇らせ、
「千佳のお祖母さんが病気なの。東京の病院へ行っているのよ」
「お祖母さんというと、この屋敷の元の持ち主?」
アリサが頷いた。かなりの
俺も何度か会った事があるが、品の良い人だった。
「生命魔法の『メディカルトリートメント』でも治らない病気なの?」
天音が由香里に尋ねた。由香里が病気の治療にも使われる『メディカルトリートメント』が使えるようになった、と言っていたのを思い出したのだ。
由香里が力なく首を振る。
「発見が遅れて、生命魔法では治せないほど、病気が進んでいるそうよ」
入院している病院にも優秀な医療魔法士が居るそうだ。
アリサが俺に視線を向ける。
「お見舞いに行きましょう」
「そうだな。ここを手に入れられたのは、
智秋というのは、千佳の祖母である。
天音と由香里も一緒にというので、皆で東京へ向かう。天神総合病院に到着し、四階へ上がった。ノックして病室に入ると御船家の家族がベッドの周りに座って話をしていた。
千佳が俺たちに気付いて、声を上げる。
「お見舞いに来てくれたんですか。ありがとうございます」
俺たちはお見舞用果物詰め合わせを千佳の母親に渡し、寝ている病人と少し話をしてから、外に出た。
千佳も一緒に外に来て、もう一度礼を言った。
「ところで、お祖母さんの病気は、どういう病気なんだ?」
「
手術も薬での治療も無理だという。俺たちは休憩所みたいなところの長椅子に座って話し始めた。
「残る手段は、キセキだけです」
千佳が言った言葉が、頭の中で引っ掛かった。神の『奇蹟』、それとも不思議な現象の『奇跡』、どちらだろうか?
「それは?」
「治せるのは、ヴァチカンのパルミロ・パヴァリーニ様だけだろうと、言われました」
俺が首を傾げると、アリサが笑って教えてくれた。
「ヴァチカンの聖人と呼ばれている方です。その祈りにより病気を治すと言われています」
「ん、つまり生命魔法使いという事?」
「今、存在する生命魔法でも治せない病気も治した事が有るそうです」
それを聞いて、一つの可能性が頭に浮かんだ。その人物がワイズマンである可能性である。ワイズマンなら、魔法庁に登録されていない生命魔法を知っているはず。
天音が身を乗り出した。
「その聖パルミロが、来日すると新聞に載っていました」
「パルミロという名前だと、男性か。そんな聖人が、何のために日本へ?」
天音が首を振る。
「そこまでは新聞に載っていませんでした。たぶん誰かを治療するためだと思います」
「ま、まさか……近藤支部長の十円ハゲを」
「……」
四人からジト目を向けられた。天音がしょうがないな、という顔をする。
「絶対に違います。先生は疲れるとしょうもないジョークを言いますよね。それに近藤支部長の十円ハゲは、先生が贈ったミカンを食べたら治ったそうです」
あのミカンの効果は凄いものだったんだな。いや、そんな事より病気の件だ。
「その聖パルミロに、智秋さんを治してもらうというのは、無理だろうな?」
千佳が暗い顔をする。聖パルミロ宛に手紙を出したそうだが、返事はないという。
「もう一つの可能性が有るぞ」
俺が言うと、千佳が顔を上げて俺に目を向ける。
「その可能性というのは、何ですか?」
「霊薬ソーマだ。材料の三つのうち『シルバーオーガの角』と『アリゲーターフライの涙』は、手元に有るんだ。最後の『ランニングスラッグの酒』を手に入れれば作れる」
千佳の表情が明るくなった。急に千佳が立ち上がる。
「すぐに鳴神ダンジョンへ行きましょう」
アリサが近付いて、千佳の肩を抱いた。
「落ち着いて、『ランニングスラッグの酒』がドロップする確率も、奇跡に近いという事を知っているでしょ。千佳はお祖母さんの傍に居て」
千佳は断固とした意志を込めて拒絶した。
「ダメ、私が転送ゲートキーを持っているのよ。アリサたちだけじゃ、効率が悪くなる。それにお祖母さんから、大学をサボるなと言われているの」
千佳たちは話し合い、金曜の夕方から日曜まで鳴神ダンジョンに潜ってランニングスラッグ狩りをする事にしたようだ。
俺は一日おきに鳴神ダンジョンへ潜ってランニングスラッグ狩りをする事にした。本当は毎日ランニングスラッグ狩りを続けたいのだが、プロの冒険者は休みを取るというのが鉄則なのだ。
休みを取らないと疲れが残って、小さなミスを犯す。特にソロの冒険者は、小さなミスが死に繋がるかもしれない。その翌日から、俺はランニングスラッグ狩りを行う事にした。
翌日の朝早くに鳴神ダンジョンに潜った俺は、一層の転送ルームから十層へ移動する。そこから十一層へ行って、エルモアと為五郎をホバービークルに乗せてランニングスラッグの群れを探し始める。
『『ランニングスラッグの酒』が手に入るでしょうか?』
「一万匹倒して一回ドロップする確率だと言われているから、運だな」
『ランニングスラッグは、これまでに七百匹くらいは倒しているんじゃないですか?』
「そのくらいは倒したかもしれない。『ガイディドブリット』の練習という名目で、ランニングスラッグ狩りをしたからな」
そんな話をしていると最初の群れと遭遇した。二十八匹の群れである。俺はゆっくりと近付きながら七重並列起動で『ガイディドブリット』を発動する。そして、七つのD粒子誘導弾を別々のランニングスラッグの頭を標的に割り当て放った。
D粒子誘導弾は動くランニングスラッグを追尾して、その頭に正確に命中する。まず七匹を仕留めた。人間が走るのと同じ速度で移動するランニングスラッグは、俺たちを取り囲もうとしている。
エルモアと為五郎も戦い始めた。エルモアは絶海槍でランニングスラッグの頭を突き刺し、為五郎はメタルクロウでランニングスラッグの頭を切り裂く。
その戦いを横目で見ながら、七重並列起動で『ガイディドブリット』を発動し、七匹のランニングスラッグを倒す。これを二回繰り返すと群れが全滅していた。
『マジックストーン』の魔法で二十八個の黄魔石<中>を手に入れた。『ランニングスラッグの酒』は無しである。俺は自分が強運の持ち主ではないと知っているので、落胆するには早すぎると分かっていた。
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