第423話 オークション開始
ここのオークションハウスでは、ダンジョンからの産物を数多く扱っているので、冒険者も大勢参加している。それに加えて魔導装備のコレクターらしい者も多いようだ。
その中に黒い蝶ネクタイを締めた男が居た。その男がアリサの傍まで来て、収納リングを嵌めている指に、手を伸ばした。
それに気付いたアリサがサッと手を引っ込め、蝶ネクタイ男を睨む。
「何をするんですか?」
「ふん、その指輪は魔導装備だろう。私に譲ってくれないか?」
「お断りします」
婚約指輪なのだ。売るはずがなかった。
「私は指輪の魔導装備を集めるコレクターなのだ。たぶん収納リングだと思うが、二千万円までなら出すぞ」
コレクターの割に相場を知らないようだ。この指輪は縦・横・高さのそれぞれが五メートルほどある空間と同じ容量なのだ。相場から考えて数億円の価値があるものに、二千万円という値段を付けるなど、勘違いしているとしか思えない。
俺は前に出て、アリサを庇うように立った。
「この指輪は、俺が婚約指輪として贈ったものだ。諦めてくれ」
俺が婚約指輪だと言った事で、周囲の注目を浴びる事になった。無作法な誰かが指輪を鑑定して、驚きの声を上げる。
「あれはゴブリンじゃなくて、ドラゴンのドロップ品だ」
つまりバッグ程度の小さな容量しかないような収納リングではなく、桁違いに大きな容量を持っていると知らせたのだ。
それを聞いた蝶ネクタイ男は、顔を赤くして恥ずかしそうに立ち去った。
オークションが始まる時間になったので、参加者たちが会場へ移動を始める。俺はカタログを見ながら、どんなものが出品されているのか確かめた。ちなみに、俺も入札希望者として登録したので、番号札を持っている。
俺たちは落札したいものが決まっているので、下見には行かなかったが、普通は下見して品物を確認してから、オークションに参加するものらしい。
会場では『足跡鑑定レンズ』というものが、オークションに掛けられていた。それは足跡を鑑定して、どんな魔物かを教える魔道具らしい。
「二百五十万……二百六十万」
二百六十万円という声で、まだ二人の入札希望者が番号札を上げている。そして、三百万円になった時点で、一人が脱落したので、落札が決まった。
オークションというのは初めてだったが、勢いよく値段が上がるのを見ていると面白い。ただ欲しいと思うものはなかった。先程の『足跡鑑定レンズ』には少しだけ興味を持ったが、番号札は上げなかった。
不動が欲しいと言っていた『身隠しの腕輪』の番になり、最低価格の二千万から始まった。価格は百万円単位で上がり、不動の他に三人の冒険者が競り合っている。
「三千五百……三千六百……三千七百……」
ここで一人が脱落した。
「四千二百……四千三百……四千四百」
ここで不動ともう一人の冒険者が残って一対一の競り合いになる。価格が五千万円を超えた時、最後まで粘っていたもう一人の冒険者が脱落して、不動が落札した。
『身隠しの腕輪』の相場は、四千万円ほどなので高く落札した事になる。たぶん狙っている獲物が居るので早く手に入れたかったのだろう。
オークションは続けられ、ようやく魔法回路刻印装置の番となる。オークションの主催者も、この装置が何に使われるものなのか分からなかったようで、詳しい説明はない。
実際に使っているのは、俺たちだけなのだから仕方ないだろう。アリサも魔法回路刻印装置については論文に書いていないので、世間一般には正体不明の装置となっている。
オークションは三千万円から始まり、二百万円刻みで値段が上がり始めた。番号札を上げて参加してるのは、五人だった。その中には蝶ネクタイ男も居たので驚く。
あいつは魔導装備の指輪を集めていると言っていたのに……どうやら意趣返しに価格を釣り上げようとしているらしい。なんて度量の狭い男なんだ。
「アリサ、蝶ネクタイの男も番号札を上げているぞ」
「冒険者じゃないみたいだけど、何者なんでしょうか?」
俺は蝶ネクタイ野郎の服装や装飾品を観察した。高級品を身に付けているが、億を超えそうなものはなさそうだ。
「さあ、分からないけど、桁違いの金持ちという訳でもないらしい」
魔法回路刻印装置の価格が五千万円を超えた時、残っているのはアリサと蝶ネクタイ野郎だけになった。本当なら五千万円で落札できたのだ。
更に価格は競り上がり、一億円となる。その頃になると蝶ネクタイ野郎の顔が強張ってきた。もし途中でアリサが下りたら、訳の分からない装置を一億円以上で買う事になるからだろう。
そして、一億二千万円になった時、緊張に耐えられなくなった蝶ネクタイ野郎が脱落した。やっとアリサたちは魔法回路刻印装置を手に入れる事ができた。
オークションが終わり、俺たちは渋紙市へ戻った。落札した魔法回路刻印装置の支払いは銀行振込でオークションハウスが入金を確認したら、品物を送ってくるらしい。
アリサたちは手に入れた魔法回路刻印装置をイメージ画像記録装置の生産に使うようだ。この頃になると、病院などからイメージ画像記録装置が欲しいという声が高まり、共同開発した企業からも魔法回路コアCを増産して欲しいという要望があったからだ。
ただイメージ画像記録装置を製作するには、ゴーレムコアが必要なので無闇に生産数を増やす事はできない。
オークションから二週間後、アリサたちが鳴神ダンジョンの三層にある海中神殿に挑戦するので、感覚共有機能付き蛙型シャドウパペットを作製したいと言い出した。
必要なソーサリーアイなどは、魔導職人の桐生に頼んで出来上がっている。
「蛙型じゃなくて、カッパ型にしたらいいんじゃないか。シャドウオーガの影魔石は、提供するぞ。その代わり、手に入れた不変ボトルを一つ欲しい」
アリサたちは不変ボトルが二本有れば十分だと思っていたので、俺の提案に乗った。感覚共有機能付き蛙型シャドウパペットの作製は、ゲロンタを改造した時と同じである。ただ泳げるように、体内に浮き袋のような空間を作り込む予定である。
感覚共有機能付きカッパ型シャドウパペットは二体を作製し、胸に二個のコア装着ホールと魔力バッテリーを組み込む事にした。あの海中神殿には巨大ウツボが居るので、その対策用に必要だと判断したのだ。
「ちょっと待って、ゴブリンメイヤーのマジックポーチも、組み込んだらいいんじゃない」
由香里が提案した。アリサたちもゴブリン狩りをして、マジックポーチを持っているらしい。という事で、いろんなものを組み込んだ豪華版カッパ型シャドウパペットを作製する事になった。
八十キロのシャドウクレイを使って出来上がった豪華版カッパ型シャドウパペットは、身長が百五十センチほどになった。
「グリム先生、その海中神殿ですけど、クイズみたいなものを解かなきゃならないそうですね。対策は有るんですか?」
天音の質問に、俺は苦笑いした。
「無い。そこは皆の頭脳に期待するしかない」
それを聞いた皆が溜息を漏らす。仕方がないじゃないか。海中神殿で出される問題は、数学だけでなく科学分野まで含んでおり、後藤のチームは一度も正解した事がなく、毎回巨大ウツボに追い掛けられるようだ。
その問題は冒険者ギルドの資料室に残されているが、俺には解けなかった。
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