第152話 オープンカーとブーメラン
飛行実験を終えた俺は、ダム湖の畔で水面を見ながら考えていた。
「風防か、一番簡単なのはシートを流線型のカプセルのようなもので囲む事だけど、それだと魔法で攻撃ができなくなる」
『テレビで見たオープンカーのような形にすれば、良いのではありませんか?』
黙って実験に付き合っていたメティスが意見を言う。
一人乗りのオープンカーか、試しにシートの周りに流線型の風防を付け、そこに逆V字形の後退翼を組み込むという形に纏めてみた。
もちろんタイヤやハンドルなどもないので、すっきりした形になった。と言っても、思い付きを形にしただけなので欠点が有ると思う。これから改良すればいいだろう。
もう一度、飛行実験をしてみる。速度を上げても風防の御蔭で直接強い風が当たるような事はなかった。気分的には昔のB2ステルス爆撃機に乗ってるみたいなのだが、実際は変な戦闘機の
もう少し洗練したフォルムになるように改良していこうと思う。
湖面を滑るように飛行するのは気持ちが良い。キラキラ光る湖面を水鳥を避けながら飛ばす。最高速度の時速百八十キロになってもゴーグルは必要なかった。
これが地上を走るバイクや車だったら怖いと思うかもしれないが、空を飛ぶ場合だと怖さは半減する。障害物が少ないからだろう。
これで完成という訳ではないが、この魔法に名前を付けた『ブーメランウィング』だ。ブーメランのような翼という意味である。正確には後退翼なので、スウェプトバックウィングなのだが、『ブーメランウィング』の方が覚えやすい。
ただ『ブーメランウィング』だと回転しながら飛ぶようにイメージするかもしれないが、期待には沿えない。
『ブーメランウィング』の航続距離は五十キロほどなので、全力で飛ぶと十五分ほどしか飛べない。飛行機などと比べると短すぎる航続距離だが、ダンジョン内で使うので有れば十分だ。
その日は魔力が続く限り、飛行実験と魔法改良を続けた。そこで面白い現象が判明した。時速七十キロほどで飛びながら、時速七十キロほどの初速である『コーンアロー』を撃ってみたのだ。
前方に撃つと地上で撃った時より少し遅い速度で撃ち出され加速した。これはどういう事を意味するかというと、D粒子コーンは元々の速度に『ブーメランウィング』の飛行速度がプラスした速度で撃ち出されるという事だ。
少し遅く感じたのは風圧の影響だろう。
何だか疲れた。魔力が尽きかけている影響だろう。その日の飛行実験は終了し、『ブーメランウィング』を賢者システムに登録した。
但し、仮登録である。まだまだ改良する点が有るようだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
由香里はホテルで行われたパーティーに出席していた。両親が働いている大学病院が主催するパーティーだ。
「相変わらず、不機嫌そうな顔をしているな」
顔見知りの大学生から声を掛けられた。
母親の同僚の息子で、村田孝之という医学生である。
「だって、このパーティーは三島教授の論文が、何とかという有名な雑誌に載ったというものなんでしょ。あたしには全然関係無いんだもの」
「そうかもしれないけど、三島教授に顔と名前を覚えてもらったら、後で役に立つかもしれないよ」
「孝之さんは、そうかもしれないけど、医者になるつもりがないあたしは、関係ない」
「ほう、君島准教授のお嬢さんは、将来は何になるんだね?」
後ろから声を掛けたのは、今日の主役である三島教授だった。
「あっ、教授。おめでとうございます」
由香里は慌てて祝いの言葉を口にした。
「ありがとう。それで教えてくれないか?」
「冒険者になるつもりです」
「これは意外だ。医者にならないのは、なぜかね?」
由香里が肩を竦めた。
「医者になるほど頭が良くないからです」
「人には向き不向きが有るから、仕方ないか。しかし、冒険者になれそうなのかな?」
「ええ、すでにE級冒険者です」
「それは素晴らしい。そうだ……」
三島教授が後藤という男性を呼んだ。
「彼も冒険者なんだ。君の先輩という事になる」
ワイングラスを持った後藤が、由香里に視線を向ける。
「お嬢さんも冒険者なのか。どんな魔法が得意なんだ?」
「攻撃魔法と生活魔法です」
「そうか、攻撃魔法使いなのか。僕も攻撃魔法使いなんだよ」
由香里は攻撃魔法使いと聞いて、B級冒険者の後藤という攻撃魔法使いが、渋紙市の上級ダンジョンに潜るために引っ越して来たという話を思い出した。
「後藤さんの名前は聞いています。鳴神ダンジョンに挑戦するんですよね?」
「ああ、そうだ」
「でも、どうして冒険者の後藤さんが、このパーティーに?」
「ダンジョンで大怪我を負った時に、三島教授に世話になったんだよ」
その時、入り口付近で大きな音がした。そして、悲鳴が上がる。
三島教授がそちらに視線を向け、声を上げた。
「何が起きた?」
「教授、佐々木講師が酔っ払って倒れたんです。その拍子に頭を切ったようです」
教授が怪我人のところへ近付いた。由香里も教授の後ろから追い掛ける。三十代の男性が床に倒れており、頭から大量の血を流している。
「何をボーッとしている。医者なら手当をせんか」
教授が大きな声を上げる。だが、医者の全員がためらっていた。酒を飲んでいたからだ。誰かが救急車を呼びに行ったが、治療しようとする者は居なかった。
由香里は父親を見付けて声を掛けた。
「お父さん、治療しないの?」
「酒を飲んでいる。それに内科が専門だからな」
「もういい、儂が治療する」
と三島教授が言い出した。だけど、一番酒を飲んでいるのが教授なのだ。顔が赤いし大丈夫なのだろうか、と由香里は疑問に思った。
その時、後藤が声を上げた。
「この中に『ケア』を使える人は居ませんか?」
緊急時における生命魔法による治療は許されているのだ。
「はい、あたしが使えます」
由香里が名乗り出た。
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