第117話 上条の戦い
上条は渋紙市を離れる一日前に、魔法陣をもらって習得していない生活魔法に関する使い方やコツなどをグリムから教えてもらった。
『ウィング』の魔法で作り出されたD粒子ウィングに乗って飛び回るグリムを見た上条は、絶対に『ウィング』を習得してやると決意する。
翌日に地元に戻った上条は、冒険者ギルドへ向かった。上条が所属するチーム『森羅万象』の情報を得るためである。
「『森羅万象』なら、神陽ダンジョンへ行っています。一週間ほど帰らないと思いますよ」
ギルドの受付に言われた上条は、肩を落とした。こんな事なら、もう一週間渋紙市に滞在できたのに。
「上条様、支部長がお会いになりたいそうです」
「何だろう」
上条は支部長室へ行った。支部長室に入ってソファーに座ると、職員がコーヒーを持って来てくれた。
上条は渋い顔をしている支部長に目を向ける。この支部長は元冒険者で魔装魔法使いだったらしい。
「君に、頼みが有るんだ」
「何ですか?」
「開虹ダンジョンの十五層で、中ボスのイエローオーガが復活した。倒してきて欲しいんだ」
中級ダンジョンである開虹ダンジョンは、あまり人気のないダンジョンで、ここで活動している冒険者の中に、中ボスを倒せる者が居なかったらしい。
ギルドからの協力要請なので、引き受ける事にした。駄賃程度の報酬しかもらえないが、断ってギルドの印象を悪くするのは馬鹿げている。それにボスドロップで良いものが手に入るかもしれない。
様々な情報をギルドからもらっている冒険者とギルドは、共生関係にあるのだ。ちゃんとした冒険者なら、理由がない限りギルドからの協力要請を引き受けるものなのだ。
「ソロだと大変だろうから、『戦場の牙』と一緒に行ってくれ」
「一人でも大丈夫です」
「中級ダンジョンの中ボスだと言っても、十五層まで行くには魔力の消耗を考えなければならんだろう。邪魔にはならんと思うから、連れて行ってくれ」
「イエローオーガくらいなら、ソロで大丈夫なのに……」
上条が苦笑して呟いた。
「出発は二日後になる。よろしく頼む」
オーガは頭から突き出た角の色によって強さが変わり、冒険者が単にオーガと呼ぶ場合は、黒い角のブラックオーガになる。
また、その強さはブラック・イエロー・ブルー・レッド・シルバーの順に段々と強くなるので、イエローオーガは四番目に強いという事だ。ちなみに、皮膚の色はダークグリーンが多い。
その翌日、上条は開虹ダンジョンへ行って、オークナイト狩りをした。魔装魔法は使わずに『サンダーボウル』と『ブレード』だけで倒す。
魔装魔法は、魔法を起動するために多めの魔力を消費する。その代わりに魔法の効力が続く間は、複数の魔物を倒す事ができる。
魔物の群れや手強い魔物と戦う場合に、絶大な威力を発揮するのが魔装魔法なのだ。なので、上条のような冒険者が一匹のオークナイトと遭遇した場合には、どの魔装魔法を使うかで迷うのが普通だった。
「以前は、どの魔装魔法を使うかで悩んだが、今は悩む必要がなくなった。生活魔法の事を教えてくれた峰月には感謝しなきゃな」
上条は十二匹のオークナイトを狩り、魔法レベルが『7』になった。七重起動が使えるようになったので、セブンスプッシュやセブンスブレードなどの練習を始める。
C級冒険者である上条は、異常なほどの早さで生活魔法の魔法レベルを上がるのを不思議だとは思わなかった。体内に蓄積されている大量のD粒子と膨大な魔力量が影響して、魔法レベルが上がりやすくなっているのだと知っていたからだ。
その翌日、上条が開虹ダンジョンへ行くとE級冒険者チーム『戦場の牙』が待っていた。攻撃魔法使い二人と魔装魔法使い一人のチームだ。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
礼儀正しい冒険者のチームのようだ。三人とも二十代前半だろう。攻撃魔法使いは木村省吾、石井めぐみ、魔装魔法使いが陣内和哉だと自己紹介した。
「ああ、よろしく」
上条はダンジョンハウスで着替えてから、『戦場の牙』と一緒にダンジョンへ潜った。
中級ダンジョンの一層から五層までは、『戦場の牙』に任す事にした。魔力を温存するという事もあるが、『戦場の牙』の実力を知りたかったのだ。
苦労しながらもアーマーボアを倒したので、E級になりたてという事でもないようだ。
「E級になって、どれくらいになるんだ?」
「一年くらいになります」
『戦場の牙』のリーダーである陣内が答えた。E級になって一年、これくらい戦えるのなら標準だろう。短期間でD級になった人物を思い出した上条は、あれは例外だと考えた。
六層から上条も参戦した。上条がリザードソルジャーをクイントブレードで倒すと、陣内が不思議そうな顔をする。
「上条さん、今の魔法は魔装魔法じゃないですよね」
「ああ、生活魔法だ」
「冗談でしょ。生活魔法に、そんな魔法はなかったはず」
「新しく発見された生活魔法だ。ここ一ヶ月ほどは生活魔法を修業していたんだ」
「そうなんですか。生活魔法を……」
陣内たちは、生活魔法の真価を分かっていなかった。だが、十五層に到着するまでに理解した。生活魔法を使って、上条が魔物のほとんどを駆逐したからだ。
十五層の中ボス部屋の前に到着。通常十層くらいに最初の中ボス部屋があるものなのだが、この開虹ダンジョンは、十五層に最初の中ボス部屋がある。
「準備はいいか?」
上条が三人に声を掛けると、三人が頷いた。一緒に中ボス部屋に入ると、その中央にイエローオーガが立っていた。
身長が三メートルほどで、腕が長い。その手には鉄製の戦鎚を持っていた。上条が陣内たちの顔を見ると、若干青くなっている。上条自身は慣れてしまったが、イエローオーガから強い魔物が放つオーラのようなものを感じているのだろう。
「上条さん、大丈夫ですか?」
「問題ない。君たちは手を出さないでくれ」
上条の戦い方は接近戦になるので、フレンドリーファイアーが怖い。背後から味方に攻撃されるのだけは回避したいのだ。
上条は攻撃重視の『パワータンク』ではなく、防御重視の『コスモガード』を発動した。
イエローオーガが咆哮を上げ、戦鎚を振り上げて襲い掛かってきた。上条はセブンスプッシュを三橋師範から習った掌打プッシュとして放った。
その一発でイエローオーガの突進が止まった。だが、ダメージを与えた訳ではなく止めただけである。
「セブンスプッシュも有効だな」
上条はセブンスプッシュを連打する。当たるたびに巨体を持つ魔物が一歩ずつ後退する。それに怒ったイエローオーガが両腕を顔の前で交差させ防御の姿勢で前に出る。
上条は跳び込んでがら空きの腹にセブンスブレードを叩き込んだ。イエローオーガの腹筋にV字プレートが食い込み深い傷を負わせる。その瞬間、イエローオーガが苦痛の叫びを放ち、上条が顔をしかめた。
致命傷ではなかった。黄色の角を持つオーガは、血を流しながら反撃した。上条に向かって戦鎚を振り下ろす。上条は余裕で躱す。魔装魔法だけで戦っていた時ほど間合いが近くないので、簡単に躱せたのだ。
「この戦い方はいい」
上条はニヤッと笑って戦いを続けた。その後もセブンスブレードで攻撃し、V字プレートがイエローオーガの首を薙ぎ払った瞬間、勝負が決まった。
中ボスのボスドロップは、聖銀製の脛当てと中級治癒魔法薬だった。脛当ては数千万、中級治癒魔法薬は数百万の価値が有りそうだ。
上条としては残念な事が一つある。中ボスを倒せば、魔法レベルが上がるんじゃないかと期待したのだが、上がらなかった。直前に魔法レベル7に上がったばかりなので、さすがに無理だったのだろう。
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