第111話 D級冒険者
体長五メートルの巨大熊と近距離で対峙すると、さすがに恐怖が湧き起こる。
アーマーベアが長い前足を伸ばして、横薙ぎに爪で引き裂こうとした。俺はクイントカタパルトで、自分の身体を真上に投げ上げる。
魔法が解除され俺の身体が落下を始めた瞬間、セブンスハイブレードを巨大熊の頭に叩き込んだ。セブンスハイブレードの威力とアーマーベアの鱗の防御力が拮抗する。
セブンスハイブレードで巨大熊がよろめき尻餅をついた。俺は『エアバッグ』を発動して着地し、距離を取る。セブンスハイブレードで仕留められなかった原因は分かっていた。
この魔法は間合いが大切なのだ。魔物との間合いが、八~十メートルの時に最大の威力を発揮する魔法なのである。今回は間合いが短かった。
起き上がった巨大熊が凄まじい咆哮を上げた。身体がビリッと震え、体中の毛が逆立つような感じを覚える。俺は黒意杖を上段に構え、静かに待った。
今は間合いが遠い。もう少しアーマーベアが近付くのを待っていると、巨大熊が四つ足で駆け始めた。俺は上段に構えた黒意杖を振り下ろす動作を引き金として、セブンスハイブレードを発動する。
セブンスハイブレードが衝撃波を伴って巨大熊の右肩に入り、袈裟懸けに斜め下へと振り抜かれた。今度はセブンスハイブレードの威力が打ち勝った。
次の瞬間に衝撃波から生まれた強烈な風が吹き寄せ、俺の髪を掻き乱す。仕留めたのか確認するために見詰めていると、アーマーベアが口から血を吐き出した。しかし、死んではいない。
「セブンスハイブレードの一撃でも無理なのか」
巨大熊が猛烈な勢いで、俺に向かって走り出した。俺は熊の傷口を目掛けてセブンスサンダーアローを放つ。
高速で飛んだセブンスサンダーアローが、鱗に当たって電流を放出する。その電流が血に流れ込み、体内へと入り込む。アーマーベアが苦痛の叫びを上げよろめいた。
仕留めるチャンスだと思った俺は、もう一度セブンスハイブレードを発動する。音速で振り下ろされた大型のV字プレートが脳天に食い込み頭を叩き潰す。直後に発生した爆風が魔物の巨体を突き飛ばした。
身体の内部でドクンと音がした。久しぶりに魔法レベルが上がったらしい。魔法レベル13になったのだ。アーマーベアが青魔石<中>へ変わるのを見てホッとした。
「お見事。安心して見ていられる戦いだった」
垂水が感想を言った。
「合格ですか?」
「もちろんだ。おめでとう」
俺は良かったと胸を撫で下ろす。アリサたちが実力を伸ばしているので、すぐにE級になるだろう。その前にD級になっておきたかったのだ。
俺は魔石を拾い上げた。その時、もう一つ落ちているものに気付いた。赤いガラス容器に入った液体のドロップ品である。
「これは初級治癒魔法薬か」
俺はマジックポーチから保護ケースを取り出して、初級治癒魔法薬を入れマジックポーチに仕舞った。
「運がいいな。アーマーベアのドロップ品なんて、二十匹倒して一回出るかどうかだぞ」
垂水がドロップ品が出る確率を教えてくれた。冒険者ギルドで聞いた確率と違うのに気付いた。
「あれっ、二パーセントじゃないんですか?」
「それは中級ダンジョンでの確率だ。上級ダンジョンだとドロップの確率も高くなるんだ」
上級ダンジョンは危険だが、収入は大きいという事だ。
「さあ、戻るぞ」
垂水の指示で戻り始めた。
俺たちは京極たちが待つ場所まで戻り、攻撃魔法使いの一人がアーマーベアを倒しに向かった。
「どうだった?」
京極が尋ねた。
「ああ、合格だ」
「おめでとう。生活魔法も凄いんだな」
俺たちは雑談をしながら待った。
攻撃魔法使いが垂水に担がれて戻って来た。負傷したようだ。だが、傷は大した事はなく魔力切れで歩けなかったらしい。
次は京極だ。少し後、彼は足を引きずっていたが、笑顔で戻った。次々にアーマーベアを倒しに行って戻って来たが、巨大熊を倒せたのは俺と京極だけだったようだ。
試験が終わり、地上に戻った俺たちは、冒険者ギルドへ向かう。俺と京極は、ギルドで手続きをしてE級からD級に冒険者カードを更新した。
その日は疲れたので、同じホテルに泊まった。
ベッドに横になって、アーマーベアとの戦いを思い出す。あの戦いで『ヒートシェル』を出すチャンスがなかった。
やはり『ヒートシェル』は攻撃までに時間が掛かるので使い難い。
「アーマーベアみたいな魔物にも通用する『プッシュ』があれば、もっと戦いやすかったんだけどな」
セブンスプッシュは使えなかった。突き放すつもりが、セブンスプッシュに耐えて迫ってきたら攻撃を受けてしまうからだ。
『プッシュ』は魔法レベル1で習得できる魔法なので、強度も速度も大した事はない。七重起動すれば大きな威力を発揮するが、中級ダンジョンの中層以上で遭遇する魔物には力不足だと分かっている。
頭の中にアイデアが浮かんだ。ミートハンマーのようなでこぼこがある丸楯のような形状をD粒子で形成し、高速回転させながら撃ち出すという魔法だ。
俺は賢者システムを立ち上げて魔法を創造する。強度・回転速度・撃ち出す速度を調整すると、魔法レベル7で習得できる魔法となった。
一応は防御用の魔法として創造したのだが、威力が凄い事になりそうな予感がする。早く試してみたくなったが、ここはホテルで夜中である。次の日に試す事にして寝た。
翌日、渋紙市に戻った俺は、冒険者ギルドでD級になった事を報告すると、水月ダンジョンへ潜り、二層の森林エリアへと向かう。
森林エリアには、直径八十センチを超える大きな木が集まっている場所がある。そこへ行った俺は、一本の木の幹に向かって新しい魔法を発動した。
多重起動していない単独の新魔法である。高速回転する円盾のようなプレートが初速百キロほどで撃ち出された。幹に命中したプレートは高速回転しながら幹の表面に深い傷を残して消えた。
俺は標的にした木に近付いて確認した。幹に刻まれた傷跡は、五センチほどの深さだ。木の根元には剥ぎ取られた樹皮や粉々になった木クズが落ちている。
「単独の魔法で、オークくらいなら倒せそうだな」
『プッシュ』に替わる防御用の魔法だったはずだが、明らかに攻撃用の魔法になっている。まあいいか。防御用として使えない訳じゃない。
俺はD粒子で形成されたものを『オーガプレート』、魔法を『オーガプッシュ』と名付けた。オーガプレートの表面が、ゴツゴツしたオーガの顔に似ていると思ったのである。
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