第25話 学院との別れ
俺が住んでいる用務員小屋にはラジオしかない。今でもテレビは存在するのだが、液晶テレビなどというものは使えなくなったので、ブラウン管式テレビが復活している。
D粒子のせいで集積回路が使えなくなった人類は、携帯電話やスマホを失った。人工衛星も使えなくなったので、GPSも使えない。
俺は街へ出て、冒険者ギルドに寄り黒鉄を扱える鍛冶屋について質問した。
この町で黒鉄を扱える鍛冶屋は一人しか居ないようだ。
住所をメモして、そこに向かう。歩いて三十分ほどの距離にあるようだ。東に向かって歩くと、段々と建物が少なくなり寂しい場所に出た。
「ここかな」
鍛冶屋らしい建物を見付けて覗いてみた。炉と大きな金床がある。
「誰だ?」
後ろから声が聞こえた。振り返ると太い腕をした爺さんが、
「済みません。こちらの鍛冶屋さんですか?」
「そうだが、あんたは客なのか?」
「そうなるかもしれません。黒鉄を扱える鍛冶屋さんを探しているんです」
「儂は鍛冶屋の
宗像は農具や鉈などを作る鍛冶屋らしい。
刀はダメか。そうなると槍とかなら作れるのだろうか? 俺は尋ねてみた。
「槍の穂は作った事が有るが、本職には敵わねえ」
俺は狩猟刀を武器にしているが、オークやリザードマンと戦って、もう少しリーチのある武器が欲しいと思ったのだ。槍でも良かったのだが、片手で攻撃できる武器が良かった。
「ふーん、鉈に長い柄でも付けるか?」
「鉈か、ちょっとイメージが違うかな。そうだ……鋸鎌とかいう農具がありますよね。あの形で両刃の武器を作れませんか?」
鋸鎌は草刈りや稲刈りの時に使う農具で独特の形をしている。普通の鎌は柄に対して直角に刃が付けられているが、鋸鎌は斜め上になるように付けられている。つまり横にすると『へ』の字になるのだ。
但し、鋸鎌はノコギリのような刃なので、鉈のような厚みのある刃で両刃にしてもらうように注文した。
「変わった武器だな。そいつを黒鉄で作って欲しいんだな」
「ええ、費用はいくらになりますか?」
「黒鉄の購入費も入れると百二十万円かな」
俺は黒砂鉄がある事を話し交渉した。それで九十万円で製作してもらえる事になった。
高い買い物をしてしまった。これで貯金もほとんど無くなった。だが、後悔はしない。これから先、ダンジョン探索をするためには必要なものだったからだ。
学院に戻ると、何か雰囲気がおかしい。食事をしようと学生食堂へ行ってみると、アリサが食事をしているのを見付けた。
「何かあったのか?」
「校長先生が倒れたと聞いています。渋紙市総合病院に救急車で運ばれたそうですよ」
俺は慌てて学生食堂を出て病院に向かった。受付で鬼龍院校長の病室を聞いて中に入る。ベッドの上に横になっている校長の姿があった。
「グリムか。驚かしたようだな」
「校長先生、どこが悪いんですか?」
「心臓じゃ。でも、心配はいらんぞ。手術すれば、治るそうじゃ」
それを聞いて少し安心した。だが、学院はどうなるのだろうか?
「学院はどうするんです?」
「教頭が、校長代理として務める事になる。心配せんでもいいぞ」
そう言われたが、心配だった。教頭は冒険者としての実績もない俺が教師をしている事に反対なのだ。
少しだけ話して病院を出た。
「教頭か。あの人、苦手なんだよな」
あの教頭は生活魔法ができる冒険者を探し、教師としてスカウトしようとしている、という噂を聞いた事がある。
不安を抱きながら、一ヶ月ほど臨時教師と用務員の仕事を続けていると、教頭から校長室に呼び出された。
いつもなら鬼龍院校長が座っている席にキツネ目の教頭が座っている。その前には剛田と知らない男が立っていた。その男は三十代前後で痩せており教師にしては珍しく背広を着ていた。
「ああ、来たか」
教頭が甲高い声で言う。何だか耳障りな声で、俺は嫌いだ。
「何の御用でしょうか?」
「こちら、城ヶ崎先生だ。君の代わりに生活魔法を教える事になった。攻撃魔法使いなんだが、生活魔法も使えるというので、雇う事にしたのだ」
「というと、臨時教師は?」
「今日で終わり。用務員も新しく雇う事にしましたから、学院から出ていってもらいます」
「はあっ、用務員も首なんですか?」
「君の存在が、生徒たちに悪い影響を与えているようですね」
教頭が剛田の方をチラッと見た。どうやら剛田が何か吹き込んだようだ。
「どういう事です?」
「生徒の中に、生活魔法で魔物と戦うと言い出した者が居るそうじゃないか。困るんだよ」
何が困るのか分からない。実際に生活魔法で戦えるのだから問題ないはずだ。
「その顔は分かっていないようだね。この学校は生活魔法を中心に教えていると評判になると困るのだよ」
剛田が俺を見て意味有りげに笑う。大演習の時にセブンスプッシュを披露した件で、俺の評価は上がった。だが、剛田の評価は下がったらしい。それが気に食わないのだ。
人としての度量が狭い奴だ。俺は心の中で罵ったが、声には出さなかった。何だか、そこまで言われると、学院に留まる気がなくなったのだ。俺は承諾した。
校長室を出た後、天音たちの事が気になり始めた。
「生活魔法を、中途半端に教えたまま学院を去るというのは、無責任だったか」
俺は用務員小屋の荷物を纏め始めた。と言っても、着替えとラジオくらいしかない。
「冒険者になるかな」
一応冒険者は自営業という事になる。日本で冒険者をしている人数は五十万人ほどらしい。だが、冒険者だけで生活できる者は上位二割ほどで、残りは他の仕事やアルバイトをしながら冒険者を続けているそうだ。
翌朝、俺は学生食堂でアリサを見付け、学院を辞める事になったと告げた。
「そんなあ、先生はこれからどうするのです?」
「冒険者になる。俺に何か用が有る時は、冒険者ギルドに伝言を頼んでくれ。住所が決まったら、連絡するよ」
携帯もスマホもないので、冒険者ギルドの伝言サービスを利用する者が多い。
アリサは納得できないという顔をしたが、決まった事なので仕方ないと言うしかなかった。
俺は手続きをして、学院を出た。
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