第5話 ダンジョンエラー

 青トカゲを倒した瞬間に感じた手応えに、俺はもしかしてと思いながら『セルフ・アナライズ』を使う。


 すると、D粒子量がDⅢ、生活魔法が魔法レベル2に上がっていた。

「やった。こんなに早く魔法レベル2になるなんて、目標を魔法レベル5に変えようかな」


 この時の俺は少し調子に乗っていたかもしれない。このまま最終層まで行こうと、思ったのだ。

 青トカゲが残した魔石を拾った。緑色の魔石であり、魔道具の部品となるものである。


 三層のマップを作りながら探索を続け、遭遇した青トカゲを倒した。そして、四匹目の青トカゲを倒した時、仕留めた青トカゲが魔石にならずに、そのまま残る。


「おおっ、ダンジョンエラーだ」

 魔物を仕留めたのに、魔石にならずに魔物の死骸が残る事をダンジョンエラーという。こういう死骸から、皮などを剥ぎ取る事で素材を手に入れるのだ。


 青トカゲの皮を剥ぎ取りリュックに入れた。それが終わると探索を再開する。

「おっ、階段。四層へ行ける」


 階段を下りた俺は、四層で突貫羊と遭遇した。突貫羊はすぐに突進してきた。角だけは避けたが、その肩で撥ね飛ばされる。通路を転がり起き上がる。そうしないとトドメを刺されそうなので必死だ。


 思った通り、突貫羊は俺に向かって突進を開始していた。どうすればと考え、咄嗟に『プッシュ』の魔法を発動する。空中にD粒子プレートが形成され、それが押し出され突貫羊の頭に命中した。御蔭で突貫羊のスピードが若干落ちる。


 スピードが落ちたので、何とか躱せた。突貫羊がストップし、方向転換しようとしたので、駆け寄り狩猟刀で何回も斬りつける。四回目の斬撃で、ようやく倒す事ができた。


「はあはあ……危なかった」

 強敵を倒した事でホッとしたのだろうか、疲れを感じ始めた。倒した魔物の数は、十二になる。一日にしては立派な成績だろう。引き返す事にした。


 ダンジョンから地上に戻ると、用務員小屋の前に剛田が立っていた。

「おい、どこへ行っていたんだ?」

「巨木ダンジョンだよ」


 剛田が舌打ちした。

「青トカゲも倒せないだろうに、死にたいのか。ほら、仕事だ。明日までに直しとけ」

 投げられた革鎧を受け止めた。


 俺が受け止めた事も気に入らなかったようだ。剛田が不機嫌な顔になる。

「明日までだぞ。忘れるなよ」

 休みなのに……剛田の馬鹿が生徒の人気取りに革鎧の修理を引き受けたのだろう。……という事は、巨木ダンジョンに潜っていた生徒が居たのか? いや、近くにある別のダンジョンかもしれない。


 剛田が去ると、自然に溜息が出た。

「まあいい。さっさと終わらせて休もう」

 俺は小屋に入ると、革鎧の修理を終わらせた。一息ついてから『セルフ・アナライズ』でD粒子量を確認した。D粒子量はDⅣになっていた。


「にひひ……順調に増えている。何か嬉しいな。そうだ」

 俺はベッドの下に隠している箱から、一冊の本を取り出した。それは鬼龍院校長からもらった『生活魔法の基礎』という本である。


 学院で使っている生活魔法の教科書は、この本を基に作られたと聞いている。

「ええーっと、魔法レベル2になると覚えられる生活魔法の中に……有った。『タンニング』だ」


 『タンニング』は皮を鞣すために使われる生活魔法である。習得するには魔法レベルが『2』になる必要があったので、覚えられなかった魔法だった。


 この本には、魔法レベル1でも習得できる魔法十二個と魔法レベル2になると習得できる魔法三つの魔法陣が書かれていた。


 魔法を覚えるには、二つの方法がある。一つはダンジョンで発見した魔法陣や開発された魔法陣を長時間見詰める事で習得する方法。もう一つは手強い魔物を倒した時に残される巻物で、覚えるというものである。


 俺は『タンニング』の魔法陣を選んで、ジッと見詰めた。三十分ほど見詰めていると、魔法陣が脳に焼き付けられた手応えを感じる。その瞬間、本に書かれていた『タンニング』の魔法陣が消えた。こういう本に描かれている魔法陣は習得すると消えてしまう仕組みが組み込まれている。


 人によって、どれほどの時間で習得できるかは違う。俺は他人より短い時間で習得できたと思う。

「試してみよう」

 リュックから青トカゲの皮を取り出し、『タンニング』の魔法を発動した。乾いてゴワゴワしていた皮は、綺麗に鞣されて革となる。俺は『タンニング』の魔法を習得した事を確認した。


 連休二日目、俺は四層まで来ていた。

 昨日の俺は、突貫羊をぎりぎりで倒した。だが、今日は少し違う。魔法レベル2になった事で可能になったのは、新しい魔法を覚えられるだけではないのだ。


 生活魔法の場合、魔法レベル2になると同じ生活魔法を同時に二回使えるようになる。これは生活魔法の特性らしい。


 通常は別の方向に二つの魔法を発動させるのだが、俺にはアイデアがあった。同じ魔法を重なるように発動したら強化できるのではないかと思ったのだ。


 突貫羊と遭遇した俺は、『プッシュ』の魔法を同時に二つ発動する。二重起動した魔法は二つのD粒子プレートを重なるように形成し、一つの時より速い速度で押し出した。


 魔物の頭に衝突したD粒子プレートは、その衝撃で砕けた。だが、突貫羊もダメージを受けヨタヨタとした足取りとなっている。チャンスだった。俺は狩猟刀で首を刺し仕留める。


「『プッシュ』は使えるな」

 生活魔法はダンジョンでは役に立たないと言われている。生活魔法使いである俺に向かって、何度も何度も発せられた言葉だ。


 それは違うと証明したかった。でも、突貫羊を倒したくらいでは、証明できたとは言えない。魔法を使えない者でも、突貫羊を倒せる者がいるからだ。


 四層を探索し突貫羊を六匹倒したところで、下への階段を発見。俺は迷わず下りた。五層は常緑樹の林となっていた。広さは分からないが、ここの魔物は有名だった。


 角豚つのぶたという頭に牛のような角のある豚だ。この豚が有名なのは、ダンジョンエラーが起きた時に、持ち帰る豚肉が極上だからである。


 どんなブランド豚も敵わないという味で、冒険者ギルドでも高値で買い取られる。一度は食べたいと思っているのだが、高級レストランにでも行かないと食べられないので諦めている。


 ダンジョンで角豚を倒し、ダンジョンエラーが起きるのを待つという方法もあるのだが、角豚がダンジョンエラーを起こす確率は低いのだ。

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