134、ディーカル、運の悪さを発揮する 前編

* * * * * *


 ──話は五日前まで遡る。


 ルダ・カカオが率いる索敵部隊は、道中で三手に分かれて任務に当たることになっていた。彼等の任務とは、害獣の狂暴度、繁殖状況、出没区域に対する危険度を調査し、本部に報告することである。最優先任務はあくまでも調査であるため、出来るだけ目立つ大移動を避け、戦闘を回避する必要性があったのだ。


「ディーカル隊長! こんなでけぇ魚が捕れましたよ!」


 四人で食えそうなほどドでかい魚を掲げて見せてくる団員に、たき火に当たっていたディーカルは目を丸くして返す。


「おーっ、すげぇじゃねぇか。他の奴等と協力して朝飯にもう5、6匹捕まえてくれや」


「わかりました! 隊長と副隊長には一番デカイのを持っていきますんで、待っててください!」


 ガキのようにはしゃいで仲間を集めに走っていく団員に、ディーカルはやれやれと首を振る。自分たちが担当することになったルバーン森を索敵すること数日、水辺である川の近くを拠点として選んで行動してきたが、自隊の部下は体力がありあまっているようだ。


 まったく元気なことだ。冗談のつもりで言ったが、あの勢いでは本当に捕ってきそうだ。4番隊は脳筋の集まりと言われているが、雑魚寝だろうが食い物に乏しい状況だろうが、健全な精神力を保てるタフさは強みだろう。口端を上げて楽しそうな部下達の様子を眺めていると、背後でため息がした。土を踏みしめて足音が近づいてくる。


「ちょっと楽しみ過ぎじゃないですか? 索敵部隊なんですから、派手な行動は慎まないと。あんたも少しは部下を注意してくださいよ」


「たまにはいいじゃねぇか。どんな状況でも息抜きは必要だぜ。飯は一日の活力にもなるし、あいつ等も索敵だけでほとんど戦ってねぇから体力を持て余してんだよ」


 副隊長であるリキットの童顔をちらりと見やって、ディーカルはたき火に折った枝を放り込んだ。パチパチと音を立てて枝が燃えていく。……これまで順調だったから、そろそろ退屈になってきたぜ。なんて言っちまうと、リキットにブチ切れられそうだな。


「あいつ等に物静かにされてみろ。逆に気味悪りぃわ」


「それはそうですけど……」


「あんまカリカリするなよ。オレ達みたいな役付きはどんな状況でも余裕を持ってドーンと構えてるのが仕事だ。はったり上等! やせ我慢上等! 格好つけ上等! こんくらいの気持ちでいりゃあいい」


「あんた、また適当なこと抜かしてるでしょう? アクシデントもなく、これだけ順調だと逆に不安になるんですよ。このまま何事もなく終わればいいんですが……」


 最後は自分に向けた言葉なのか、ぽつりと本音を漏らすリキットにディーカルは目を細める。


「──勘か。それなら、オレもあいつ等に目を配っとくか」


「は? 自分で言うのもなんですけど、僕が心配し過ぎなだけなのかもしれませんよ?」


「勘違いでもいい。ただ、人間の勘ってのは侮れねぇ。それで命を救われることも実際にあるからな」


 ディーカル自身も自分の直感に従って助かったことが2度ある。どちらも命に関わるもので、下手したら死んでいた。だから、部下の感じている勘を一蹴する気にはなれなかったのだ。


「そうですか……」


「隊長―っ、ディーカル隊長―っ!」


「だぁっ、声がでけぇよ。今度はなんだぁ!?」


 大声で呼ばれたディーカルはがばりと立ち上がると、後ろの森を振り返った。その瞬間、木々がバキバキと割れて小山ほどの大きさの害獣、熊型ベアルクが凶悪な顔を見せた。その前を団員が逃げてくる。どこかに飛ばされたのか剣を持っていない。ディーカルは傍に置いていた剣を掴む。


「馬っ鹿野郎がっ! どっからこんな大物連れて来やがった!?」


「すんません! 兎を狩ってたら巣穴に逃げ込まれたから剣で突いちまったんですっ。そしたら、その巣穴があいつのだったんすよ!」


「アホですか。兎と熊って巣穴の大きさが全然違うでしょうが……」


 おそらくは、狩りたてられてパニックになった兎が思わず飛び込んでしまったのだろう。それを、狩ることに夢中になっていた団員が勢い余って剣を突っ込んでしまったといったところか。


「兎は奴に喰われました!!」


 いらん報告をつけて逃げてくる団員を助ける為に、森側で火を起こしていた団員達が剣と弓を構えた。派手な行動は避けたかったが、これは、応戦するしかない。ディーカルは剣を抜きながら、指示を飛ばす。


「足と目を矢で射抜け!」


「弓手以外は一旦引いてください! 隊長と害獣の攻撃範囲に入らないように!」


「了解っ。オレが目を!」


「じゃあ、オレ等は足だな!」


「おうっ!!」


 三人の団員が弓を引き絞り、息を合わせて矢を放つ。──両足と右目に命中! グガアァァッ!! 熊型の害獣の喉から空気を揺らすほど怒り狂った絶叫が上がる。同時にディーカルは唇をひと舐めしながら土を蹴った。低い体勢で駆けながら懐に飛び込み、害獣の首に剣を叩き込む。ガッと重い音がした。だが、肉を突き刺した感触が鈍い。


「ちっ。防ぎやがったか!」


 害獣は右爪で剣を防ぐと、ディーカルを振り払う。害獣の力は強く風圧が駆ける。ディーカルは飛ばされながら体勢を整えようとした。だが、それを許さない恐ろしい速さで、害獣が大口を開けて突っ込んできた。バキィッ。顎を蹴り上げて、ひと噛みで腕一本持って行くだろう凶悪な牙を間一髪で避ける。その隙に、ディーカルは地面に着地した。


──ガアアアッ! グルルアアアッ!! 


 がむしゃらに吠えて負傷をものともしていない。巨体を揺すりながら近づく熊型の残った左目が異様に血走っている。ディーカルはその違和感に眉を顰めた。なんだこいつ!? いくら繁殖期は害獣の凶暴さが増すとはいえ、普通は一瞬でも怯むはずだ。なのにこの目は……。その時、焦りの含まれた声が背後から飛んできた。

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