129、モモ、貯金をはたきたい~お買い物の作法は先生に教えてもらいましょう~後編
その中で桃子の目を引いたのは、綺麗な布地に細かい鎖と小さな淡い水色の石が絡まった一品だった。これはブレスレットや髪飾りにも出来そうだし、レリーナさんやメイドの皆にも良く似合いそうだね。小さな木の板に表示された価格も銅貨13枚と書かれていた。桃子はさっそくレリーナさんに尋ねる。
「レリーナお姉ちゃん、こういうのってどのくらいの年齢の人がつけてる?」
「ピティがつけても私がつけてもおかしくはないわ」
おねえちゃん呼びにぽっと頬を染めながら答えてくれるレリーナさんは、クールな美人さんなのに可愛い。いつも仕事が出来る女性って雰囲気があるけど、この表情をみればジャックさんが一目惚れしちゃうのもわかるよ!
年の離れた姉妹の振りをしているからレリーナさんも口調を崩してくれている。桃子も変装は格好から! ってことで、ポケットが腿の部分にもある膝丈のズボンと、薄い黄色のパーカー、その下に頭からずぼっと首を通すシャツを着ていた。その服も、いつも着てますよ感を出すために、わざわざ古着をレリーナさんが探して来てくれたのだ。
服の肌触りがごわついていることに気付けたのは、やっぱりいつも私服として着せてもらっている服が高いものである証だろう。美味しいものを食べると舌が肥えるって言うけど、お高い服を着せてもらってたから、肌触りに関して感触が肥えた? うーん、贅沢を望んでるわけじゃないからね。高級布地と普通布地の違いがわかるようになったってことにしておこう。桃子の感性が+1されたぞ!
そんなわけで普通のお子様を装っている桃子は偽名も兼用している。再びピティさん登場である。そう言えば、レリーナさんは告白されて断ってたけどあの後どうなったんだろう。でも、あんまり聞くのも悪いかな? いい子はお口にチャックだね。ジジジジ……。
「これはこれは、変わったお客様のお越しだな」
皮肉が利いた独特の口調で言ったのは、濃藍色のうねった長髪を背中に垂らした、枯れ葉色の瞳の男の人だった。年齢は三十代前半、ルイスさんと同じくらいの上背に痩せぎすの体型。けれど、こけた頬と一重の目、それにモノクルの片眼鏡を鉤鼻の上に乗せてる。
連想させられるのは箒に乗った魔女のおばあさんだった。男の人なんだけど、イヒヒヒヒとか笑いそうな雰囲気がある。着ているのはゆったりした紺色のローブで、目が合うと不安になってくるような相手だ。夜中にお屋敷の廊下で出会っちゃったら、五歳児精神の叫ぶままに号泣してバル様の元に逃げると思う。
「この人は店主のリックスさんよ、あなたもご挨拶しましょうね」
「はいぃっ、ピッ、ピッ、ピティです!」
「む……ピッ、ピッ、ピティとはまた変わった名前だな」
間違った名前を繰り返された。こ、これは揶揄かわれてるの? それともまさか本気で言ってるの? 真顔の表情では判断がつかない。レリーナさんに助けを求めて視線を向けると、困ったように頬に手を添えて、リックスさんに間違いを指摘してくれる。
「ピティよ、リックスさん。あなたが意地悪するからあたふたしちゃってるわ。ピティはリックスさんに初めて会うから緊張してたのよね?」
桃子はうんうんと大きく頷いた。そうなの。呂律がね、回らなかっただけだから! リックスさんが口端を上げて意地悪く笑う。……ここまで笑顔が不気味に見える人ってあんまりいないんじゃないかな!? 桃子は思わずレリーナさんの足に片手をつける。初対面でこんな感想を持つ相手も珍しいよ。
「何故だかわからんが、子供にはよく泣かれるな。その子は泣かなかっただけいい。ところで、私はそんなに怖い顔をしているかね?」
「……こあい」
「ふっ、これは面白い」
思わず神妙に頷くと、リックスさんの口が裂けるように上がる。ひぃっ、余計にこあいの! 五歳児の涙腺は脆いから、うっかり目にじんわりと涙が滲んでくる。桃子は口をへの字にして涙を堪えた。怖いからって泣いたら失礼だもん。ふぅぅっ、我慢!
「ふっ、これでも泣かないか」
「リックスさん、そんなことばっかりしてると、モッ……、ピティがもう二度とここには来たくないって言うわよ」
レリーナさんが思わずモモ様って言いそうになってる。こっちが本気で泣きそうになってるから慌てて庇ってくれたせいだね。リックスさんの顔が自然なものに戻った。口端を皮肉で歪めながら、片眼鏡を指で押し上げている。
「それは困るな。新規のお客さんだ。それも、こんな面白いお客さんならなおのこと。どれ、ではお詫びと言ってはなんだが、もし君が私に一つ芸を提供してくれるのならば、今回は特別にどの商品でも30パーセント値引きをしてやろう」
「ふおっ!?」
いきなりどどんっと割引の提案をされた。しかもその代わりに一発芸を見せろとな!? レリーナさんがクスクス笑いながら、割引についての詳しい説明をしてくれる。
「これがこの店の特徴なのよ。店主のリックスさんが驚くような芸や物を一つ見せれば、その面白さに応じて割引してくれるの」
「私は娯楽が好きだ。驚きは発想を生む。私の作品作りのインスピレーションにもなる。どうだね、やる気はあるか?」
「やるの!」
30パーセントの値引きがあんまりにも魅力的過ぎた。桃子はレリーナさんの足から離れると、ふんすっと気合を入れてリックスさんの前に立つ。他の人達にもプレゼントを買いたいからね、ここでの出費は出来るだけ抑えなきゃ!
「必要なものがあれば用意するが?」
「ううん、もう持ってるから大丈夫。それでは、ピティ、やります!」
ビシッと右手を上げて体操選手のように開始を宣言すると、桃子はさっそく五歳児の小さな唇を尖らせた。いくぞ、30パーセント引きのため!
ホォーホケキョ ホケキョッ ケキョッ
うぐいすの鳴き声を口笛で真似してみせたのである。実はこの芸にはちょっぴり自信がある。この口笛で遊んでいたら、おばあちゃんに本物のうぐいすが鳴いてると勘違いされたことがあったんだよね。リックスさんの反応は……? 桃子がどきどきしながら顔を見上げると、リックスさんとレリーナさんが驚いたように目を丸くしていた。
「今のはピティが? こんなの初めて見たわ」
「口でそんな音を出せるとは。それはなにかの鳴き声かね?」
「うん! うぐいすっていう鳥の鳴き声を真似したの。えっと、私の故郷で有名な鳥!」
ざっくり説明しておく。この世界には存在しない可能性もあるからね。それで納得してくれたのか、リックスさんは感心したように自分の顎を撫でて、判定を下す。
「なるほど故郷の鳥か。うむ、文句なしに面白い芸だった。約束通り30パーセント割引きしよう。ぜひ、今後とも御贔屓に」
良かったぁっ、合格頂きました! これでレリーナさんとメイドさんにまずは一つプレゼントを買えるよ。桃子は嬉しさにほくほくして、ホケキョッ! とリックスさんにお礼を言った。
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