113、カイ、共闘に加わる 後編
咄嗟に従えば、激しい追い風と共に複数の影が飛び込んでくる。緑の外套を翻した者達は、無数の剣で害獣を突き刺した。ギャアアアアアンン……ッ。長く伸びた断末魔の悲鳴を最後に、害獣はよろよろとニ、三歩歩き、ドドゥッと横倒れになる。そして、大きく伸びた牙の間からだらりと出した舌を出して呼吸を止めた。共闘していた請負人からわっと歓声が上がる。
「やったぞ!」
「信じられねぇ! あの化け物を倒しちまった!!」
喜びに沸いている請負人達の傍でカイは剣を納めると、バルクライの元に戻る。そこには予想していた通りに、ルーガ騎士団六番隊長、ケティ・キオリアが一隊を引き連れていた。馬から降りた彼女は、内側にカールしている栗色の髪と小柄な身体をしているため、バルクライに頬を染めて恥ずかしそうに報告している様子は可憐な少女のように見える。
ただし、その背後で睨みを利かす6番隊の団員達の姿がなければ、だが。視線を向けていた請負人達と視線でバチバチとやりあっている。ああん? なにうちの隊長を見てんだ、こら? やんのか、こら? と言わんばかりの態度だ。
「バ、バルクライ団長! あの、その、大丈夫でしたか?」
「助かったぞ、キオリア。的確な指示のおかげで全員無傷だ。礼を言おう」
「いえ、そんな……お邪魔にならなくて良かったです。6番隊は街に発生した害獣に随時対応中でして、ルーガ騎士団本部にも現在の状況は連絡済みです。害獣に襲われていた人々を助けながらここまで来ましたが、どこか、怪我の手当てが可能な場所はありませんか?」
団員に守られるように囲まれた内側に軽い擦り傷を負っている町人が3人いた。その中の1人にカイは一瞬驚き、そこに居るのが間違いなく探し人だったことを確信して、足早に歩み寄る。
「お前っ、ようやく見つけたぞ、リジー!」
「うげっ、カイ!?」
思わず腕を掴むと、リジーの細い腕には爪傷がついていて、そこからうっすらと血が流れていた。カイは逃げ出そうと腕を引く彼女ににぃっこりと笑顔を向けて、傷に被らないように掴む手に力を込めた。
「久しぶりに会ったのに、随分な挨拶じゃないか」
「放してよ、馬鹿っ!」
「馬鹿はどっちだよ。まったく、こんな騒ぎになってるのに外に出たのか? それとも、出てたのか、どっちだ?」
「そんなの私の勝手でしょ。兄貴面しないでよね! 私がどこで何をしてようと自由のはずよ!」
「そりゃそうだ。けど、その言い分はオレに言っても意味はないぞ。直接本人に言うんだな。オレは頼まれて探してただけだからな」
「あんな奴に会う気なんかないわ!」
憤然とした様子で拒否するに、カイは痒くもない項を引っ掻いた。ため息をついてどう言い聞かせたものか言葉を探していると、バルクライが傍に来る。
「知り合いか?」
「すみません、団長。こんな時にお騒がせして。こいつ、キルマの妹なんですよ。害獣討伐の対策やら段取りに忙しいってのに、この時期に街に来ちまったみたいで、おばさんから手紙を貰ったキルマに頼まれてオレが代わりに探していたんです」
「……そうか」
バルクライは無表情にリジーを眺めている。美貌の男に見つめられた彼女はたじろいだように身じろいで、鋭く睨み返している。まるで尻尾を踏まれた猫がフシャーッと毛を逆立てているようだ。
「な、なによっ!」
「……いや」
「どうせ、あんたも似てないって思ったんでしょ! あの男女とは似ても似つかない貧相な女で悪かったわね!」
「誰もそんなこと言ってないだろ? 団長に失礼な態度を取るなよ」
自分から劣等感を暴露しているが、つまりはこういうことなのだ。リジーはよく言えば普通、悪く言うと特徴のない顔立ちの至って普通の女の子である。にも関わらず、その兄はあの美女と間違われることもあるキルマージだ。幼い頃から美貌の兄と一緒に育った彼女は、あることをきっかけにすっかり兄嫌いになってしまっていた。
「ほんとすみません、団長。こいつのことはキルマにもよく言っておくんで」
「目が、キルマによく似ている」
「え……?」
バルクライはそれだけを言うと、踵を返した。向かう先はケティの元のようだおそらく、これから先の指示を出しに行ったのだろう。予想外の反応だったのか、リジーは顔を赤くして茫然としている。兄と同じ灰色の瞳に恥ずかしそうな熱が籠るのを見て、カイは嫌な予感を覚えた。
「……あの人、どういう人なの?」
「この国の第二王子であり、ルーガ騎士団師団長であられる方だ。お前の失礼な態度も許してくれたようだけど、本来なら会話も出来ない人だよ。あれだけの美丈夫だから、憧れる女性も多い。だが、リジーの相手にはなれないぞ」
「そ、そんなことわかってるわ! ちょっと気になっただけよ」
慌てたように否定されても、そこに僅かに灯る色に気づかないほど、カイは鈍感ではなかった。……団長、キルマの妹を無意識に誑し込んでどうすんですか!? なにも気付いていないだろう上官に、カイは内心そう叫んだのだった。
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