86、モモ、甘々に尽くされる~お子様は保護者様の変化には敏感なのです~

 お風呂に入ってすっかり忘れてたけど、やっぱり今夜のバル様は様子がおかしいよぅ。いつも優しい人だよ? でもね、今日はその優しさにハチミツを増量した感じとでも言えばいいのかな。……ハチミツは甘くて美味しいよね! 栄養もあるし桃子もパンに塗って使うのが好きだ。


 この世界にもあるようで、朝食の時にはパンと一緒になにかのジャムやハチミツが出てくることがある。味は、砂糖の甘さじゃなくてさっぱりとした感じの甘さだからとっても食べやすい。バル様も時々薄く塗って使ってるよ!

 

 口元に運ばれるサンドイッチに、ちょっとだけ現実逃避する。だって、バル様が上からじーっと見てくるんだもん。落ち着かないよぅ!


 食堂では子供用の椅子を用意してもらったので、1人でも食べられるようになっていた。時々お膝にお邪魔はするけどね。だけど、今日は最初から1つしか椅子を用意されないまま、バル様のお膝に乗せられている。

 

 ついでに口元まで差し出されて、尽くされ過ぎな状態なのはなんでなの? あの、へそくりがね、まだ足りないからなんにも返せそうにないのだけど……尽くされ代はおいくらですか!? 桃子は混乱しながらももぐもぐと口を動かすことに集中した。


「小さな口だな……」


「そう? 五歳児くらいの子は皆このくらいじゃないかな?」


「いや、モモはこの国の同世代の子供と比べても圧倒的に小さい。十六歳のモモもオレが片腕で抱えられるほど小柄だった。比例して口も小さい作りになるのだろうな」


 元の世界では身長は真ん中くらいだったよ? でもこの世界だと女の人も背が高い人が多いし、平均身長も高めだから人ごみの中では埋もれそうだ。その時は背が高いバル様を目印に探そう。


 今度はコーンポタージュみたいなスープをスプーンですくって差し出される。照れながらぱくっと食いついて飲み込むと更に餌付けをされる前に、バル様を止める。


「私自分で食べられるから、バル様もご飯食べて?」


 さっきから全然自分の分を食べてないから気になっていたのだ。お仕事をしていたのは一緒だけど、バル様の方が絶対に大変なはずだ。軽食でも、きちんと食べなきゃ体に悪い。めっと睨むとバル様が僅かに目元を緩めた。


「心配してくれているのか?」


「そうだよ? バル様が身体を壊したら泣いて怒るからね!」


 子供らしさを装って、頬をぶーっと膨らませてみせる。五歳児ならではの抗議の仕方だよ! バル様が穏やかな目をする。うむ、お疲れかなぁと思ってたけど元気そうだね、よかった。


「最近よく散歩に出ていると聞いたが、どんな所に行っているんだ?」


「えっとね、街の方に行ってるの。お店がたくさんあるしいろんな人がいるから、見ていて飽きないよ」


 嘘を吐かなくて済むように言葉を選びながら話す。カイには知られちゃったから、これ以上知られないように頑張らなくちゃ。桃子は泳ぎそうになる自分の目を頑張ってバル様の美形なお顔に固定する。ふよっと動きたがるのを我慢して見つめ返す。嘘はついてないから!


「それからね、仲良くなりたい子がいるの。でも、なかなか上手くいかなくて」


「……それは男か?」


「え? うん、男の子だよ?」


「…………気になっているのか?」


「うん? 気にはなってはいるね」


 あれだけ毛嫌いされたら逆にどんな理由があるのか気にもなるよね。単純に桃子だから嫌いって言うわけじゃなくて、保護者になってくれているバル様達の富とか権力とかそういうものを憎んでいるのかな? でも、その理由だけじゃ、なんかしっくりこないんだよね。


 そんなことを考えていたら、バル様が桃子の食べかけのサンドッチをお皿に戻した。わかってくれたんだね! 桃子がさっそく手を伸ばそうとしたら、大きな手に両頬を包まれて、くいっと顔を上向かされた。バル様の目がすぅっと細くなって近づいてくる。うえっ? バ、バル様、怒ってる?  


「モモ、正直に言ってほしい。その男に好意を抱いているのか?」


「こうい?」


「好きなのかと聞いている」


「好意! あー、そういう……いや、好きじゃないよ!? あの、でも、うーんと、嫌いでもないんだけど、それは、恋とか愛とかの意味じゃないからね!」


「だが、気になっているのだろう」


「その子は十歳だよ!」


「この世界では六歳差など珍しいことではない。それに、今のモモは五歳児だ。身体の年齢に引きずられているのなら、考えられないことでもない」


「違うよ! 孤児院の子で、なにか事情がありそうだから気になってるだけ。そういう意味で気になるのはバル様だけだもん!」


 ……あれ? なんかすごいことを言っちゃった気がする。バル様が珍しく目を丸くして驚いている。それを見ていたら猛烈に恥ずかしくなってきた。バル様の両手をそっと押しのけて、桃子はバル様のベッドにダッシュしてダイブした。靴を足で脱ぎ飛ばすことも忘れない。そして、のそのそとシーツに潜り込んで閉じこもる。顔が熱を持って熱い。


 足音が近づいてくる。ベッドの振動でバル様が腰を下ろしたことがわかった。でも、桃子の熱はまだ失せそうにない。


「モモ」


「見ちゃやだ」


「……悪かった。見知らぬ男を気にかけているのかと思い、気分が悪くなったんだ」


「それって、焼きもち? えっと、嫉妬って意味だけど」


「これが嫉妬、か?」


 バル様の不思議そうな声に、桃子はシーツの端からちらっと顔を覗かせる。バル様が胸元を押さえて首を傾げていた。あまり理解してないみたいだけど、たぶんそうだよね。思えば、桃子ももやもやした気持ちを抱いたことがある。あれも焼きもちを焼いていたのかもしれない。


 それを自覚した桃子は、シーツを被ったままバル様を見上げる。


「バル様と同じ気持ち私も知ってるかも。今だって、バル様が女の人と仲良くしてるのを想像すると寂しくて胸がもやもやするもん」


「オレは相手を切りたくなったが」


 物騒な焼きもちだね!? バル様あんまり表情が変わらない代わりに、心は情熱的なのかも。もしバル様と恋に落っこちちゃったらすんごいことになりそうだ。ちょっと怖いけどドキドキしてくる。


「モモといると初めて知ることが多い。嫉妬など感じたこともなかったが、なるほど、怒りと痛みが混じった不快な気持ちなのだな」


 バル様はそう言ってモモをシーツごと抱きしめた。ほっと力が抜ける。バル様にゆっくりと撫でられるのが気持ちいい。


「不思議だ。こうしているだけで気持ちが元に戻っていく。それに、穏やかな気分になる」


「それも同じだねぇ」


 バル様の心にある感情の名前を一つ見つけた。お互いを見ていることを知ったのは気恥ずかしいものだったけど、今はなんとなく幸せだから、その気持ちを味わうことにしよう。

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