48、モモ、お使いに行く~過保護は大事にされてる証かな?~後編
だけど、右手は桃子を抱いてるし、左手は馬の手綱を引いていたっけ。落ち着ける場所で食べた方がいいね。桃子が包みを引き戻そうとすると、バル様の形の良い唇が近づいてきて、包みにパクリと食いつかれた。そうきちゃうの!?
「素朴な味だな」
「そ、そっか。まさか私の手から食べられちゃうとは思わなかったよ」
「食べろという意味だと思ったが?」
「そんなこと考えもしなかったよ!?」
「冗談だ」
また揶揄われた!? バル様は意外と冗談を言う性格のようです。全然表情は変わらないからわかりにくいけど、目が笑っている。そう言えば、ターニャさんに診察してもらった時、ディーにすごい冗談を言ってたね。
出店を離れると、バル様は桃子を抱き上げたまま、石畳の隅を馬を引いて歩き出した。その横顔がふっと緩む。愕然とした桃子の顔が面白かったのだろう。変装の為に髪の片側を上げているので、表情が見えやすい。心臓がジョギングくらいで駆け足を始めた。
元が美形さんなだけに、表情が少し和らぐだけで美形オーラが煌いている。眩しい! 周りでチラ見してたお姉さん達の視線が吸いつくように、バル様に向けられている。ついでに桃子に厳しい視線が……思ったほど向けられてない?
ハンカチを噛みながらキィィィッてしてる感じは思ったより少なかった。それよりも温かな視線が多い。今の桃子といったら頬にガーゼも当ててるし、左足には包帯も巻かれてて見るからに怪我人だ。それも関係しているのかもしれない。
バル様に熱視線を送るお姉さん達も見ているだけで声をかけてくる様子はない。肩も胸元もガバッて出てて格好は露出が激しいけど、ほんとは奥ゆかしいお姉さん達なの?
バルクライがそのお姉さん達に密かに目で牽制していたことを、桃子は知らない。
「モモ?」
「あっ、なに?」
「意識はこちらに向けておいてくれ。このまま抱いて行ってもいいが、それでは街を楽しめないだろう。馬に乗るか?」
「うん、そうさせてもらおうかな。私をずっとだっこしてるのも大変だよね。バル様もお休みなんだから肉体労働は避けなきゃ」
「いや、モモを抱いて行くくらいなら疲れはしない。お前が良いならそうするが?」
「良くないよ! 恥ずかしいもん」
「わかった」
冗談と本気の判断がつかない返事を返されて、馬に乗せてもらう。表情にも出ていないから本当にわからないね。バル様こんな時ばっかり騎士団団長仕込みのポーカーフェイスを作動させないで! 解除ボタンを見つけたらぜひ押したい。むしろ連打する。
街をのんびり進んでいく馬の上から、バル様の手に今度こそお肉と野菜の包み焼きを渡して、桃子も自分のものに齧り付く。生地はもっちり感があり、中でぶつ切りにされた何かのお肉が少し濃いめで味付けされており、野菜と戯れている。
一緒に口に含むと柔らかな生地の中で肉汁がじわっと広がり、口の中に香ばしい匂いが充満する。素朴な味がなんとなく日本を思い出させた。
「どうだ?」
「うん、なんか元の世界の味と似てる。少し生地を固めにした肉まんみたいな感じだね。おいしいよ」
「……そうか。モモ、硬貨の種類を覚えておくといい。先ほど出した銅貨を一番下として、次に白銀貨、銀貨、金貨と上になっている」
バル様は自分のお金を出してそれぞれの硬貨を見せてくれる。金貨を差し出されたので慌てて手の中に隠して周囲に見えないようにしながら、しげしげと眺めてみた。
鈍い金色が年代を思わせるが、価値がいまいちわからない。けど、本能的に怖いと思うので、すんごくお高いのは感じ取れた。価値がわかったら震えそうだけど、恐る恐るお値段の基準を聞いてみた。
「金貨1枚でどのくらい生活出来るの?」
「そうだな……市民が暮らす分には1枚で半月は優雅に生活出来るだろう」
「返すね!」
やっぱり高価なものだと判明した。桃子は瞬時にバル様に金貨を差し出す。手に変な汗をかきそうだ。ひぃぃっ、金貨恐ろしや!
「持っていてもいいぞ?」
「……っ……っ」
「そんなにか?」
必死で首を振って拒否したら、またうっすらと笑われた。バル様が笑ってくれるのは嬉しいけど、笑いの原因が自分なので複雑な気分になる。怒られるよりいいよね? そう自分を慰める。でも、ちょっと意地悪された気分なので、顔を背けます。
包み焼きを無言でぱくつく。おいしい……みんな、元気にしてるかなぁ? 両親と千奈っちゃんを思い出したのは、味が似てるせいからかも。しんみりした気分になる。ちょっとだけ、寂しいなぁ。
「悪かった。モモ、こちらを向いてくれ」
「……もう意地悪しない?」
「しない」
きっぱりと返った答えに、桃子は振り返った。バル様が僅かに目を細める。感の鋭い人だから何か感じ取ったのかもしれない。
「モモ、ロンの使いが終わったら、街を案内しよう」
「……うん!」
バル様の不器用な優しさに、胸の中の寂しさがちょっぴり減った気がした。
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