41、モモ、帰還する~「ただいま」に返る「おかえり」って嬉しいなぁ~

 眠気を堪えてバル様と一緒に騎乗する。固い腹筋にしがみ付いていると、ゆっくりと馬が走り出した。眠いけどお屋敷に着くまで我慢だ! 気合いを入れて桃子は目をパシパシ瞬く。


「眠っていて構わない」


「ううん。バル様と一緒にちゃんと帰りたいから」


「そうか。ならば急ごう。少し揺れが強くなる。しっかり捕まっていろ」


 バル様に強くしがみ付くと、馬の速度が上がった。お腹の横から遠くなる神殿を眺める。明かりが煌々と灯り、深夜の時間帯にもかかわらず人々がまだ騒動の中にいるのがわかる。


 きっとディーの隊が活躍していることだろう。その時、桃子に協力してくれたお兄さんの顔が思い浮かんだ。おじさんはお兄さんのことは一言も言っていなかったから、無事でいるはずだ。


「あのね、バル様。神殿の中で私に協力してくれたお兄さんが居たの。その人が協力してくれたから一度は逃げ出せたんだよ」


「……名前はわかるか?」


「ううん。バル様より年下だと思う。眼鏡をかけた優しそうなお兄さんだよ。その人にもお礼を言いたいな」


「それは体調が整ってからだな。さっきより体温が高い。辛いだろう?」


 バル様にはわかっちゃってたか。実はさっきから頭がすごく痛いんだよねぇ。これ、絶対に禊のせいだと思う。神官の修行って大変だ。冬も水を被るのかなぁ? よく耐えられるよね。あまり楽しい記憶のない神殿だが、その部分は感心する。


 坂を下りきると、見覚えのある通りに出た。そして、バル様が馬の速度を落としていく。桃子が振り向くと、ちょうどバル様がお屋敷の門をくぐる所だった。


 バル様が馬を降りると、扉が開いて懐かしい姿が現れる。


「ただいまー、レリーナさん! ロンさん!」


「あぁ、モモ様!」


 馬から下ろしてもらうと、レリーナさんに抱き着かれた。おおぅ、熱烈歓迎ですね! 久しぶりにボリュームのあるお胸がお腹に当たります。耳元で湿った声がした。


「お帰りなさいませ。あの日から、ずっとモモ様の無事だけを願っていたのです。本当に良うございました」


「レリーナさん、私元気だよ」


 レリーナさんからそっと身を離して、無事な姿をアピールしてにっこりする。ますます泣きそうな顔になる彼女に慌てて、頭を撫でてあげるとぽっと頬を赤らめられた。あっ、通常モードですね。


「よくぞお帰り下さいました。バルクライ様、モモ様と無事のご帰還、心より安堵いたしました」


「あぁ、今帰った。モモが熱を出しているから、このままオレのベッドに運ぶ。胃に優しいものと熱さましの用意を」


 バル様にだっこされた。ありゃ、このままベッドに直行のようだ。


「お食事は温めればお運び出来る状態ですので、すぐに準備致します。レリーナ、熱さましの用意を」


「はいっ」


 だっこされたまま玄関を抜けて、階段を上っていく。たった三日いなかっただけなのに、すごく懐かしく感じる。廊下で立ち止まってくれているメイドさん達が笑顔でお帰りと言ってくれることが嬉しい。桃子はその度に頭痛を一瞬忘れて、ただいまと返した。


 バル様が片手でドアを開いてベッドの上に桃子をゆっくりと下ろす。薄汚れ服だから、シーツが汚れちゃうよ?


「いい。熱さましが出来るまで少し寝ていろ」


 何も言わなくてもバル様は察してくれた。そして踵を返して、離れていく。咄嗟に手を伸ばして服の端を握ってしまう。振り向いた黒い目が僅かに大きくなった。つい引き留めちゃったけど、本当の小さい子みたいで恥ずかしい。いや、うん。外見だけは子供なんだけどね。


「どうした?」


「……ごめんなさい、なんでもないよ」


「遠慮しないで言ってみるといい」


 呆れないかな? ちょっとだけ見上げると、バル様がベッドに腰掛けて目をのぞき込んできた。穏やかな目に促されて桃子は恥ずかしがりながら、おねだりした。


「バル様も一緒に寝てくれる? それでね、ぎゅってしててほしい」


「……あぁ、わかった」


 バル様は外套だけ脱いで椅子にかけると、ブーツのままベッドに横になる。そして桃子を抱き寄せてくれた。腕の中がほっとする。


 眠ったら、バル様達が迎えに来てくれたことが夢になっちゃう気がしたのだ。目が覚めたらまだ神殿のあの部屋で、一人ぼっちで夜を耐えているのかもしれない。全身の鈍い痛みが現実だと訴えているのに、そんな暗い想像が頭に浮かんでしまう。一度浮かぶと、それが頭を離れなくなる。桃子は縋りつくようにバル様に強くしがみ付く。


「大丈夫だ。オレはここにいる」


 穏やかな美声に囁かれて、桃子は大きな手の平に目元を覆われながら、ゆっくりと目を閉じた。

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