【異世界送り人】〜トラック運転手の日常〜
チドリ正明
第1話 俺は【異世界送り人】
私は神だ。突然だが、二十歳そこそこにして両親を失い、その後運悪く強盗の冤罪で捕まり、数年後に出所したはいいものの、人生をやり直せずにいるお前に試練を与える。
今から私が言うことを絶対に聞き逃すなよ? 一度しか言わないからな。
いい返事だ。では、田中アスカ。お前に試練を与える。お前は私の指示に従って人間を殺せ。
なぁに。そんなに驚いた顔をするでない。お前が殺した人間はこの世では死ぬが確実に生き続ける。
え? どういう意味かって?
ははっ、簡単さ。異世界に送還されるんだ。お前も異世界って単語くらいは聞いたことがあるだろう? 神が力を与えたトラックに轢かれてこの世で命を落とすと、対象は異世界に送還されるんだ。
つまり、お前には神である私が選択した迷える人間を、異世界に送還するためにトラックで轢き殺してほしいのだ。別に本当に人を殺すわけではないから簡単なことだろう?
期間は……そうだな、十年といったところか。
十年と言っても、一年に三人の人間を異世界送りにするくらいのペースだから安心しろ。お前が高卒で就職していたブラック企業よりは遥かに楽な仕事だ。
何より、お前はその期間は不老不死になる。金もお前が望むだけくれてやろう。
人殺しを人殺しではないものと割り切って精神面さえ維持することができれば、十年の月日などあっという間だ。
さらに、仕事を十年間継続した暁には、お前に褒美をくれてやろう。報われなかった人生を清算するいい機会だ。等価交換が設定された神からの試練だと思って励むがいい。
では、またな。【異世界送り人】よ。悔いのないように生きろ。そうすれば、なんでも一つだけ願いを——。
「——またこの夢か」
俺は週に一度は必ず見る悪夢によって目が覚めた。
この夢を見た日はあまりいい気分で過ごすことはできないのだが、今日に限っては違った。
「今日で最後の仕事か。にしても長かったなぁ……」
俺は憂鬱な気持ちを吹き払うようにカーテンを開け、早朝の眩い日光を全身に浴びた。同時に、今日に至るまでの理不尽な出来事の連続を頭の中で振り返った。
ある日、全身が白いモヤで包まれた神を名乗る物体に、俺は【異世界送り人】としてトラックで人を轢き殺すことを強要された。
神が選択した人物は俺に殺されると、そのまま数百、数千あるという異世界のどこか一つに送還されるらしい。
何とも不可思議な話だが、これが現実だった。
俺は人を轢いても罪に問われないし、俺が轢き殺した現場は全て事故として処理されるのだ。
「だが、それも今日で終わりだ。この十年で轢き殺した人数は二十九人。考えるだけで胸が痛い……」
俺は神の命令に抗えずに殺してしまった二十九人の名前や、容姿の特徴から家族構成まで、個人が調べられる範囲でノートに書き綴ってきた。
今でも全ての殺しを鮮明に覚えている。
特に最初に轢き殺した十歳の少女の悲鳴と、飛び散った肉塊と血のドス黒さは、十年の月日が経とうと忘れられない。いや、忘れてはいけない。俺が人を殺したことに変わりはないのだから……。
それ以来、俺は毎朝、やるせない気持ちを胸に秘めながら目を覚ます。
そうでもしないと俺の心が晴らされないのだ。
不老不死のせいで痛みも感じなければ出血もしない。
さらに、神の命令に抗うこともできない。
俺には課せられた【異世界送り人】としての仕事を遂行することしかできないのだ。
まあ、それ以外の余った多大な時間を使って、本を読んだり、ゲームをしたり、週三日ではあるがバイトをすることで何とか精神を保てていた。
「やべぇ……今日はお告げの日なのに、昼からバイトじゃねぇか。店長には申し訳ないが休みをもらうか」
俺は店長に休む旨のメールを送った。
神からの殺しの命令がくる日を、俺は”お告げの日”と呼んでいる。
具体的な時刻こそ不明だが、どういうわけか、感覚で大まかな日付は理解することができるのだ。それが今日。七月四日の金曜日というわけだ。
さらに、俺はAT限定の自動車免許しか持っていないのに、どういうわけか、大型の十トントラックを軽やかに難なく運転することができた。
神が俺の【異世界送り人】としての仕事をサポートしてくれているので当然と言えば当然だが、やはり犯罪とは無縁の環境で育ってきた俺からすれば、どこか引っかかる部分もあった。まあ、今更そんなことを言っても変わらないのだが。
「よし……。連絡は済ませたし、適当に街でもぶらつきながらお告げの時を待つか」
俺は【異世界送り人】として活動を始めた十年前から、神が用意したごくごく普通のマンションに住んでいるが、今日はこれと言って特にやることはないので、街へ繰り出すことにした。
まあ、街へ行ったところでやることなど特にない。神からのお告げを待つだけだ。
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