一章 学園編入と共通点のある銀髪 その1

 村の周囲に広がっていた草原を、その先にあった山を、その更に先の森を越え。

 それでもまだ同じように続いていく自然が作り出した道なき道を進んで。

 そうであってもの少年にとっては全てが初めての経験。初めて見る景色だった。

「ちょっとだけ疑いあったけどマジだった。本当に魔族が少ない」

 村を出てから約一週間程経ったある朝のこと。森で野営をしていたセルトは不意につぶやく。

 どんどん魔界から離れていることもあってか、ずっと穏やかな旅が続いていた。

 一日に数回は魔族に襲われていたのが、数日に一回あるか無いか程度になっている。

「なんと素晴らしきかな、村以外の世界……最高、最高!!」

 感動のあまり思わずこぶしを突き上げてしまう。これが村を出た成果なら言うことは無い。

 この短期間ですらその恩恵にあずかれるのだからこの先を想像すると心が躍る。

 もう少しだけこの余韻を楽しもうと出発を遅らせてまったりとしていたその時。

 森の中が一瞬だけ暗くなり、森の木々が突風によってざわざわと騒ぎ始めたのを感じた。

「……見なかったことにしたい。本当に、切実に……!!」

 すぐに森はまた明るくなったが、セルトの気分は一気に暗くなっていた。

 セルトはこの森の上空を何かが通り過ぎて行ったことを、あの一瞬で理解していた。

 そしてそれが面倒なものであることもすぐさま分かった。だからぼやいた。

「どうして俺の進行方向に行くのかな~ルデス村の方に行けよな~」

 自分が進む先に最悪の状況が待っているかもしれない。流石にそれを無視する訳にもいかず、セルトは重い腰を上げて近場の木をいそいそと登り始めた。

 素のセルトでは登るのに時間がかかるが、魔力を体内で循環させ身体強化をすればこの程度は容易たやすい。この世界における魔力の最もスタンダードな使い方。

 木のてつぺんまで登り辺りが見渡せるような状況になったところで、今度は体内で循環させていた魔力を眼に集中し始める。その副次効果で眼の周りを白のオーラが覆っていく。

 これがセルトの武器の一つ、全てを見通せるまでに『視覚』を強化させる魔術。

 先に敵を見つけられれば怯える必要も無くなる。これが怯えの克服の最初のピース。

「うーわ、最悪……。あんなのルデス村でも年一レベルの大物じゃん……」

 視認したのは黒いうろこたいに覆わせ、翼を目一杯に広げて空を支配する黒竜の姿。

 まるでそれは光り輝く世界に突如現れた闇。人間界の澄んだ空にその闇は似合わない。

 そして絶対に関わり合いになりたくなかった。自分の運の無さというものを少し呪う。

 普段のセルトなら絶対に見なかったことにしているが、そう出来ない理由が。

「向かってる先に村らしきもの、ね。……どうすっかな~嫌だな~」

 セルトの脳内にてんびんが浮かぶ。一方に黒竜が乗せられて、もう一方に村が乗った。

 黒竜を無視すれば無駄な苦労をしなくて済むが、無視しなければ村を得られる。

 一週間旅を続けて野宿にも慣れてきた。とはいえ確かにそろそろ屋根が欲しいところ。

 黒竜が村を襲わない可能性、それも無きにしもあらずだが可能性は低いと見ていい。

 あれは明らかに人間の敵だ。魔族の中でも竜種のてきがいしんすさまじいのを知っている。


「──はぁ……。実質選択肢無いようなもんだろ、これ」

 そして早々に天秤は村に傾く。損得勘定で考えてもここで動かないメリットがない。

 黒竜の速度から逆算して村に辿たどり着くまでに残された時間はわずかばかり。

 セルトと黒竜の距離は当然時間が過ぎる度に離れていき、最終地点で約十数キロ。

 ただ、彼はその距離を縮める手段を持っている。それが怯えの克服の一番大きな核。

「面倒だしムカついたから、一発で終わらせてやるよ」

 そう言うとセルトは真っ白な魔力球を自分の周りに一つだけ浮かばせる。

 魔力球は段々と針のような形に姿を変えていき、セルトは黒竜に狙いを定めた。

 そしてセルトはその黒竜へ向けて手をかざすと、それは勢いよく放出される。

 十数キロという距離を詰めるまでの間に。その魔力は更に大きな変化を遂げていく。

 小さな針のようなものだった魔力は次第に大きなやりのようになっていき、風を切りながらその速度というものを既に視認が不可能なレベルまで引き上げていく。

「遠くから撃ち抜く。それが結局一番楽なんだよな」

 原理は魔力で創った塊をぶつけるだけの単純な魔術。だが、その真価は『射程』にある。

 それは無限に届くまでの射程を持ち、射程が伸びれば伸びる程威力と速度が増していく。

 セルトが相手を一方的に倒す方法は無いかと模索して得た、唯一無二の魔術だった。

 狙いは竜に一つだけ付いているとされる逆さの鱗、唯一の弱点である『げきりん』。

 純白故に太陽の光を反射し、まるで闇を貫くが如き光の槍のように見えるその魔術は。

『──ギャオォォォォォォ!?』

 今まさに村に対してブレスを放とうとしていた竜の一点を撃ち貫いていた。

 これだけ距離が離れていればその威力というものは凄まじく、竜族の中で最も体表の鱗が堅いとされている黒竜でさえも防げない。それはまさしく、絶対必殺の一射。

 急所を撃ち抜かれた黒竜はその一撃のみで大きなほうこうを上げのたうち回る。

 そのまま翼を羽ばたかせる力も失い、大きな音を伴って地へとちて行った。

「はい、終わり。俺の行く手を阻まなければこうはならなかったものを」

 セルトは様式美的に黒竜に向かって合掌し、自業自得だと暗に告げる。

 もちろんこの魔術を会得するには生半可な努力では足りなかった。射程を一メートル伸ばすのに思考能力と精神を大きく削り、それを自在に扱う為にを吐くような日々の努力に耐えながら、魔力切れを起こして何度も死ぬような思いをして得た血と涙の結晶。

 それでもセルトはそれをおくびにも出さない。今楽を出来ていればそれでいい。

 セルトは村が無事であることを一応確認する為に視点を村に合わせる。

 どうやら間一髪だったようで、喜んでいる村人の姿をセルトの眼はとらえていた。

 しかし、そこであることに気付く。眼が異常に良いが故に気付けたこと。

 その中の一人とこの距離で目が合っている。その事実もきようがくだが、それ以上に。

「!! まさか、あれって……。そんなこと、あるか……?」

 セルトが見たのは喜ぶ村人の中でも特に目立つ、銀色の髪をした赤いひとみの男性。

 セルトはその人物に強烈な既視感を抱き、すぐさま木を降りて出発の準備を始めた。

 身体強化を施し一目散にその村へと駆け出す。普段のセルトからは考えられない動き。

「これだけは面倒とか言ってられないな……!!」

 やる必要の無い事はやらない。やりたいことも基本的にはやらない。やらなければならないことなら効率的に、が信条のセルトは自分に言い訳するかのように叫ぶ。

 自分が今ここに居ることになったかつての出来事。それがセルトの頭の中を巡っていた。

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