君を救える夢を見た
冠つらら
1話 接触
私に生まれてきた意味などないだろう。
意味を求めなくてもいいと、ある人は言ってくれた。
そうであれば、心は救われるはずだ。
しかしどうしても、私はこのぽっかりと空いた心を埋めきれない。
どうしても意味を求めてしまう。
お願いだから、今はそれを許して欲しい。
*
黒い瞳に黒い髪。
つい最近髪を切ったばかりだ。それでもセミロングの髪の毛は結ぶのに十分すぎるほどの長さがあった。
彼女が少し動けば、天使が授けた太陽が羨むほどに輝く艶が揺らめく。
ぴったりと揃えた毛先からはどこか時代から外れたレトロな雰囲気が漂ってくる。それがまた彼女の涼しげな顔立ちによく似合っていた。
すっかり耳に馴染んだチャイムが校内に響く。
その号令を合図にがたがたと数多の椅子が音を立てる中、彼女は教室に残ったまま一人昼食を取り出す。周りからはほんの少しの解放感に愉悦した賑やかな笑い声が徐々に沸き上がってきた。クラスメイト達それぞれが友人たちとご飯を食べるために席を立ちあがり、あちこち動き回り出したからだ。
しかし類香だけは、そんな彼らの世界から切り離されてしまったかのようにそこを動かなかった。
お弁当の蓋を開け、類香は眼下に映る二色そぼろだけに意識を向ける。
(楓花さんのお弁当は、いつもお洒落だな)
卵と鶏肉で花を描いた今日の昼食に類香は箸を伸ばす。至福の時を掴むまであと数ミリ。
「類香ちゃん」
しかし箸が何かを掴む前に、彼女の空間にノイズが入る。音を拾った耳が微かに震え、類香は表情一つ変えずに右を見た。
「髪の毛、切ったんだね」
類香の隣の席には朗らかな笑顔のクラスメイトがいた。ノイズの元凶は彼女だ。肩につくかつかないかくらいの長さの髪の毛をボブカットにしているその生徒の名前は
「それが、何?」
無意識、あるいは癖なのか、呆れたような声が出る。
だがそんな類香の冷たい声にも和乃はひるまなかった。ゆっくりと首を横に振るが、口角は緩やかに上げたままだ。
「ううん。素敵だなって思っただけ。もちろん、どんな髪型でも似合ってるんだけど」
「……そう」
彼女は何を言いたいのだろうか。
その真意に興味を示すこともなく類香は和乃の天真爛漫な笑顔から目を逸らした。
「わのちゃん!」
「うん?」
二人の間に流れた沈黙を待ち構えていたのか、また別の声が二人の間に入り込む。
今度は類香に向けられた言葉ではなかった。和乃は声をかけてきた友人の方を見る。
“わのちゃん”は和乃のあだ名だ。学年始まりの自己紹介の時にそう言っていたのを類香も覚えていた。
「早く食べようよ。今日は屋上行かない?」
「いいね!」
和乃は自分のことだけを視界に入れている友人の誘いに嬉しそうに立ち上がった。
「今日は天気がいいから、きっと最高だね!」
「うん。そうだね……はやく行こう?」
和乃の笑顔を見た彼女はちらりと類香を一瞥し、怯えたようにそう続ける。
類香は彼女のその視線に気づいたが、すぐに記憶から消し去り、何も見なかったふりをして正面を向き直した。
「じゃあ類香ちゃん、またね」
和乃は無邪気に手を振って立ち去っていく。類香がどこを見ているのかなんて関係ないようだ。
ようやく静かになった空気に小さく息を吐き、類香は昼食に戻る。待ってましたとばかりにこちらを見ていたそぼろを一口食べると、その美味しさに思わず胸を撫で下ろした。
(私に近づかなくてもいいのに)
広がる安堵の味覚に日常を取り戻した類香はふと窓の外を見る。
確かに、今日は雲一つない快晴だった。
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