第16話〜入団テスト〜


「あのバカ勇者が?」

「まさかそんな事を……」

「いつかはやると思ったわ」

「ハヤ兄、お腹すいた〜」

「ユミナ、飯まで少し待て」

「ぶー」


 エンシさんを家に迎え、どうしてここまで来たのかの話を聞き終わり俺達は頭を抱えていた。


「にしてもまさか、勇者の双子の弟だったとは」

「あれ? 言ってませんでしたっけ?」

「言われていないか、私が忘れているかもしれん。この際は私が忘れていたという事にしておこう」

「そ、そうですか……それはそれとして、兄貴が大変失礼な事してしまい、申し訳ありません!!」

「あ、いえ。ハヤテ殿が謝る事ではありません。それに、未遂で終わりましたし」

「未遂とはいえ許せないわ!!」

「そうよそうよ!!」

「ミナモ、ユミナ。落ち着け」


 エンシさんから聞いた話では兄貴はエンシさんの風呂に勝手に乱入し、寝る前のエンシさんを襲おうとしたのだ。

 それを聞いたミナモとユミナは怒り心頭。

 もしこの場に兄貴がいたらミナモの鞭で吊るされ、ユミナの矢で色々と射抜かれていただろう。

 あいつ、命拾いしたな。


「全く……いくら勇者とはいえやって良い事と悪い事ぐらい分かりなさいっての」

「そーだそーだー……ご飯は大盛りが良いぞ〜」

「ユミナ。これやるから少し黙ってろ」

「わーい。ロウエンありがと〜」


 ブツブツ言いながら怒るミナモとロウエンから干し肉を与えられて黙るユミナ。


「にしてもよく黙っていたな。王都に手紙なり出せたのではないか?」

「はい、それも考えたのですが……物的証拠が無いと、相手が相手ですので」

「成程。勇者相手には尻込みするか……」

「はい。それに彼は王国ではなく隣国の、帝国の勇者ですので」

「ふむ……」

「あの……」


 席を立ったロウエンを見上げるエンシ。


「ジンバに文を出す。あくまで、俺が聞いた話としてな」

「えっ、でも証拠が……」

「あぁ。だから疑いがあるから監視した方がいいと書く。そうすれば王国の騎士が見張りにつくはずだ」

「ですが拒否されたら」

「だろうな。あくまで奴の所属は帝国。無視するなり拒否するなりする可能性もある。だったら、命令を聞かざるを得ないようにする」

「……?」


 分からないと言った様子で首を傾げるエンシ。


「見張りをつけさせないのなら、王国が管理する施設を今後一切使わせず、王国からは何の支援もしないと言えば良い」

「そ、そんな事したら」

「あぁ。魔王討伐の勇者の支援をしないなんて何を考えていると他国から言われるだろうな。そこでお前を使う」

「わ、私を?」

「あぁ。自国の騎士を襲うような者を信じられないとな。もし貴国の騎士が同じ目に遭った場合はどうするとな」

「……成程。もしそれでも勇者に協力しろと言えばそれは自国の騎士が同じ目に遭わされた場合、見て見ぬ振りをすると同じ意味になる」

「正解だミナモ。ま、賢明な国主ならそんな事を言わずとも騎士が襲われたという話が出た時点で察すると思うがな」

「成程……」

「そうなればあのド阿呆も監視をつける事を受け入れるしかなくなる。勇者とはいえ、サポートが無ければ何も出来ないからな」

「ロウエン……」

「何だ主」

「なんか、怖いぞ。つかよくそんな事が思いつくな」

「まぁな。俺の方が人生の経験値が上でよ。これも一つの戦い方だ。覚えておけ」

「お、おう……」


 ニヤリと笑うロウエン。

 その顔は獲物を狙い、牙を剥いて笑う狼のようだった。


「にしても主に恩返しねぇ……」

「はい。この身を救っていただきましたのでその恩返しを」

「だ、そうだ。主」

「えぇ……」

「モテてるね〜」

「ブー」


 何ていうか、肩身が狭い気がする。


「ま、良いんじゃねぇの?」

「そうだな……戦力が上がるのはありがたい事だ。が」

「どうした?」

「確かにエンシのレベルは高い。が、高いからといって強いとは限らん」

「……どういう事でしょうか?」

「簡単な話さ。単体で強いが群では弱い。指揮官としては優秀だが兵士としては使えない。そういう騎士や兵を俺は何人も見てきた」

「でもエンシさんは騎士として部下を」

「それは分かっている。だがそれは、部下の騎士だから成立していたのであって、俺達でも成立するとは限らない」

「それは……」

「だから、テストをする」

「て、テストですか?」

「あぁ。三日後、レイブウルフの討伐に行く。それに来い」

「……それで、私が使えるかどうかを見ると?」

「その通りだ」

「使えなかったら?」

「城に帰ってもらう」

「使えたら?」

「……言わなくても分かるだろ?」


 ロウエンの言葉にエンシさんは頷く。


「分かりました。期待に応えてみせますよ」

「そりゃ楽しみだ。んじゃ、俺は文を書くからこれで」

「お、おう」

「悪いが主。夕飯はミナモと共に作ってくれるとありがたい」

「お、おう。良いよな? ミナモ」

「まぁ、私は構わないけど」

「あれー? 私は〜?」

「お前に作らせたら味見で無くなるだろ」

「えへへ〜。私ったら料理上手〜」

「ユミナ……」

「全く……」

「……ポジティブよね。彼女」


 苦笑いしつつ俺とミナモで夕飯作りに取りかかるのだった。




「ふぃ〜食った食った」

「ごちそうさまです」


 夕飯を食べ終えそれぞれ寛ぎ出す。

 食器の片付けはエンシさんがやってくれるそうなので、俺ものんびりと過ごす事にした。


 といってもするのは槍の手入れだ。

 討伐目標であるレイブウルフは食った相手の力を取り込む力を持っている。


 それは骨格にさえ作用すると言われており、過去に確認された個体は飛竜を食ったのか背中に竜の翼を持っていた。

 他にも海の近くに住む個体には潜水能力、密林に住む個体には迷彩能力や吸音能力、崖に住む個体は落下した時の為か皮膜による滑空能力や翼による飛空能力、そして冒険者を食った個体はその冒険者が持っていたスキルを使える。

 おそろしい魔獣なのだ。


「あぁそうだ主。これ」

「ん? ……なんだよ」

「ほら、フーに噛まれて籠手にヒビが入ったと言っていただろ? 新しいのを王都で作ってもらっていたのを忘れていた」

「そう言えば壊れかけていたな。サンキュー」

「ボスビートルの素材を使った物だから軽くて丈夫だぞ」


 フーと初めて出会った日に腕を噛まれ、籠手にヒビが入ってしまったのだ。


「助かるよ。ありがたく使わせてもらうよ」

「気に入ってもらえたら良いんだがな」

「にしてもよくヒビで済んだな」

「……まぁ、あれは親父が残していった物なんだよ」

「……行方不明だったな」

「あぁ……」


 その親父が残した籠手。

 左右それぞれに魔法以外の攻撃ならどんな攻撃でも一度だけ耐えられる、ふんばりというスキルが付けられている。


 それのおかげで、籠手にヒビは入ったが腕は無事だったのだ。

 ただ籠手自体は木製の普通のやつなので、レイブウルフ戦に着けていくのは心許無い。


 そんな時に新しい籠手。

 試しに着けてみたが着け心地は良く、ロウエンが言っていた通り軽い。


 しかも両腕分作ってくれたのでこっちに切り替え。

 まじないが切れていない籠手は何かの時に必要になるかもしれないので保管しておくとしよう。


 ヒビが入った方も親父が残した物だ。

 大切にとっておくとしよう。

 そのまま俺は槍の手入れを終え、眠りに就くことにした。


「んじゃ、女子はそっちだ」

「えー」

「えーじゃない。俺達だって男と女だ。部屋は分ける」

「ぶー、やだー」

「まぁまぁユミナちゃん。また今度ちゃんとした部屋分けするって言っているしさ、今日の所はね?」

「……ぶーぶー」

「そんなにぶーぶー言っていたら豚になっちゃうよ?」

「ぶひー……ミナモが言うなら、まぁ……」

「すまないな。また今度ちゃんの部屋割りをするから」

「むー……分かった」

「ありがとうな」


 そのまま俺とロウエン、ユミナはミナモとエンシさんと同じ部屋で寝るのだった。




「さて、行くか……」

「おう」


 三日後の朝。

 俺達はレイブウルフ討伐の為の支度を終え、渓谷へと向かっていた。


 俺はロウエンから貰ったポスビートルの素材を使った籠手を着けている。

 相手の実力が未知数なので道具は持てるだけ持って行く。

 俺も回復用のポーションに加えて状態異常回復用のポーション、他にもバフ付与のポーションも持って行く。

 ユミナは更に矢に塗る為の痺れ毒や発火毒も持って行くらしく、腰のベルトには毒が入った瓶が収められている。


「既に冒険者も数名食われている」

「となると冒険者が持っていたスキルを習得している可能性があるわね」

「あぁ。だから最悪、討伐が無理と判断されれば撤退する。良いな? 主」

「勿論だ。ウルフの討伐もだけど皆の事も大事だからな」

「ハヤ兄優し〜」

「そうなのかしら……」

「ギャルル〜?」

「さ、楽しい遠足はここまでだ」


 ロウエンの言葉に俺達は気を引き締める。着いたのだ。


「ここが渓谷か……」


 入り口を堅く閉ざす鎖を槍で壊し渓谷へ入る。

 渓谷は霧に覆われており、視界が悪い。

 しかも俺達の後方から前方に向かって風が吹いている。


「……風上か」

「嫌な地点だな」

「だね。私達の匂いで向こうにはバレバレ……ハッキリ言って状況は最悪だね」

「せめてフーが霧払いできたらな」

「まだ覚えていないんだから仕方ないよ」

「まぁ、無い物ねだりはできんよな」


 話しつつも警戒しながら先を進む。


「ね、ねぇ。なんでユミナちゃん風上が最悪な位置って知ってるの?」

「そういえばミナモにもロウエンにも言ってなかったな」

「ん? ユミナって何か訳ありなのか?」

「そ、そんなんじゃ無いしー!!」

「ユミナはな、親父さんとよく狩りに出かけていたからそっち方面の知識があるんだよ」

「へ〜」

「成程な」

「成程……だから弓?」

「そゆこと〜。それと、ちゃんと話してほしいんだけど」

「ん? 何かあったっけ?」

「……ハヤ兄。肝臓と腎臓……どっちを射抜かれたい?」

「ちょっと待て!? 何でそうなるんだよ!!」

「当たり前でしょ!! 小さい頃私と結婚するって約束したのに何でセーラと付き合ってんのよ!!」

「お、俺が悪いのか!?」

「そうね。ハヤテが悪いわ」

「そうだな。約束を破った主が悪い」

「ギャウ」

「俺が悪いのか……」


 だが思い返せばそんな約束していたかもしれな……


「してたなぁ……そんな約束してたなぁ……俺が悪いな〜」

「あ、ヘコんだ」

「主……」

「俺が悪いよなぁ……」


 思い出した。

 思い出しはしたが今の俺に恋愛をする気は無い。


「ごめんなぁユミナ。思い出しはしたんだけどさ……今はちょっと」

「聞いてるよ。セーラの事とかお兄さんの事。ハヤ兄がしばらく恋愛はしたくないって事。聞いてたし、見てたら少しは分かるよ」

「……すまん」

「だから、落ち着いたらまた、話そ」

「……おう。ありがとな」

「えへへ〜。ハヤ兄にお礼言われちゃった〜」

「……さてと、そろそろ良いか?」


 ユミナの機嫌が直ったところでロウエンが俺達の前に立ちながら刀を抜く。

 それが何を意味するのか察したエンシさんが槍を構え、続けてミナモが鞭を構える。

 俺も槍を構え、ユミナは下がって弓を構える。


「来たか」

「かもしれない」

「しれない?」

「霧で見えん……それにこちらは風下だ。匂いでも判別ができん」


 ロウエンの言葉を聞き、俺はフーの様子を見る。

 確かに反応はしていない。

 フーにはミナモから敵の匂いを感知したら教える様に指示を出してあるのだ。

 それが無いという事はフーは敵の匂いを感知していないという事だ。


「ただそれでも、殺気は感じる」


 ロウエンがそう言った直後だった。


「グガッ……」

「ウオォォォォォン!!」


 殺気を感じ取ったのだろう。

 吠えるフー。

 だがそのフーの声をかき消す様に渓谷に木霊する咆哮。


「……来た!!」


 すかさずユミナが弓に矢をつがえて放つ。

 それと同時に地を蹴る音が霧の向こうから聞こえる。


「……主!!」

「私が!!」


 ロウエンの言葉にエンシさんが反応し、ユミナの前に飛び出す。

 直後、霧を突き破り奴が現れる。

 全身を灰色の毛に包また狼。

 青い瞳に鋭い牙が並んだ口。

 両肩と太ももには毛ではなく硬い甲殻の様な物。

 灰色の毛はその身に沿うようにピタッと並んでいる。


 奴はそのままユミナへと襲いかかるがエンシさんが構えた槍の柄を代わりに噛まされ、動きを止められる。


「ユミナさん!!」

「はい!!」


 すかさずユミナが矢を放つ。

 だが奴はエンシさんを蹴って後ろに跳んで矢を躱す。


「速い!?」


 スタッと俺達の目の前に着地し、俺達を観察するように睨む奴。


「これが……レイブウルフ」

「主!!」

「分かっている!!」


 初めて見るレイブウルフ。

 だが今目の前に立つウルフは敵だ。

 俺とロウエンが地を蹴って一気に距離を詰める。


「グルッ!!」


 ウルフは後ろに跳ぶと同時に背中の毛を逆立て、俺達へ向けて放つ。

 針の様に先端を鋭く尖らせた毛が次々と放たれる。

 それを俺とロウエンは別れるように左右に跳んで躱す。


「霧のせいで上手く見えねぇ」

「何とか霧を晴らせれば……」


 この霧のせいで俺達はウルフの姿を見る事が叶わない。

 見れても奴が行動を起こし、俺達の眼前に現れてから。

 そのせいで俺達は対応が後手後手になってしまう。

 ロウエンが言ったように、霧さえ晴らす事ができれば状況を変えられるかもしれない。


「おいエンシ!! 騎士なら霧払いぐらいできねぇのか!?」

「急に言うな!! 私だって何とかしたいが……その」

「……ちっ。アンタが戦う前にお付きが露払いってか。悪かったな……っぐ!!」

「ガルルッ!!」

「ロウエン!!」

「ガアァァァァッ!!」

「っ!?」

「これは!!」


 ロウエンのサポートに動こうとした俺に気付き奴が吠える。

 直後俺の足はすくみ、動けなくなってしまった。


「プレッシャーバークか!!」


 プレッシャーバーク。

 相手を威圧する咆哮により、こちらのステータスを下げる技だ。


「っ、この!!」


 すかさず俺は状態異常解除ポーションを飲み、下げられたステータスを元に戻す。

 と同時に視界が開ける。


「これは……まさか……」

「グルァ!!」

「見えた!!」


 俺に飛びかかるウルフの前足を槍で受け、蹴り飛ばす。


「主?」

「皆もこれを!!」


 そう言って俺は皆に状態異常解除のポーションを投げ渡す。

 皆、受け取るや即飲んでくれた。

 するとどうだろう。

 皆周囲をキョロキョロと見回す。

 あのロウエンもだ。


「なんで霧が消えたの……」

「まさかスキルか?」

「……そうか。霧隠れか」

「霧隠れ?」

「ユミナは知らないのか。そうだな。覚えている奴も少ないし無理もないか」


 霧隠れ。

 主に隠密や斥候、殿担当が覚えている事があるスキルだ。

 魔力による霧を作り出し、その霧の中に入った相手に視覚阻害の状態異常を付与するスキルだ。

 あくまで魔力によって作られる霧なので、魔法に対する抵抗力次第では視覚阻害の効果に差が生まれたりする。


「成程。元から渓谷に漂う霧に霧隠れの霧を紛れさせたのか……これはチェックを怠った俺の落ち度だな」

「にしても魔獣なのによく回る頭だな」

「だが、種さえ分かれば対処はできる!!」


 そう言うや槍の石突き部分で地面をコンッと叩くエンシさん。

 すると彼女の足元から魔法陣が展開される。


「アオォォォォォン!!」


 すかさず吠えるウルフ。


「よし、これでもう奴は霧が使えない!!」

「……成程。差し押さえですね!!」

「ユミナちゃんその通り!!」


 差し押さえとは直前に使ったスキルを一つ、使用不能にするスキルだ。


「グルッ? ……」


 霧を出せない事を不思議に思ったのか、首を傾げるウルフ。

 だが出せないのなら良いと言わんばかりに俺達目掛けて駆け出すウルフ。


「来るぞ!!」

「グルッ、グルガル、ガルガガァ!!」

「なっ!?」


 直後、奴の姿が消えた。


「ゴガァッ!!」

「っぶねぇ!?」


 次に奴を目視で確認したのは俺の目の前に現れた時だった。

 槍の柄によるガードは間に合わないので新調した籠手で受け止める。

 が、受けきれずに背後へと吹っ飛ばされる。


「消えた……訳では無いな」

「とてつもない程の加速だね……私でも何とか見えたぐらいかな」

「ちっ……ミナモ、全員に」

「分かってるわよ!! 防御上昇……ブースト!!」


 俺達に防御力上昇スキルを発動させ、さらに効果を倍加させるミナモ。


「とにかく私は私で出来る事をするしかないか……」


 更にミナモはスピード上昇と感知能力上昇、それと敵のスキル発動阻害を発動させる。


「グガァァァァッ!!」


 また姿を消すウルフ。

 だがミナモのおかげで今度は反応できる。


「ウルァッ!!」

「セヤッ!!」


 爪による切り裂きを受け止める。


「グルッ?」

「ユミナ!!」

「任せて!!」


 俺とロウエンでウルフを受け止め、その隙にユミナが矢を放つ。

 その矢をウルフは後方に跳びつつ尾を薙ぎ払うように振って落とす。


「随分とまた器用な狼ね」


 その様子を見てミナモが呟く。

 ウルフの尾はなんと、剣の様にピシッとしていた。


「毛を寝かせたか……おおかた、状態変化のスキル持ちでも食ったか」

「それを使って尾を剣のように鋭くしたとは……本当に狼ですか?」

「おいエンシ、手伝え。ミナモはユミナのサポートだ」

「わ、分かりました」

「分かった……ってなんでアンタが指示出してんのよ!?」

「良いだろ別に。主はまだ策とか苦手なんだしよ。なぁ? 主」

「お、おう……」

「グッ、グクグガァァァッ!!」

「そぉらお客さんのお出ましだ!!」


 ウルフの爪とロウエンの刀がぶつかる。

 ウルフの尾剣が俺の槍とぶつかる。

 ウルフが放つ毛針をエンシさんが槍で払う。


 僅かな隙を狙ってユミナが矢を放つ。

 ユミナ目掛けて放たれた毛針はミナモが撃ち落とし、フーが尾で払う。


「グルガ、グルガガ、ガガルァァ!!」


 対するウルフは吠えるとなんとその身に炎を纏って俺達へと突っ込んで来る。


「こいつ!?」

「俺が受ける!!」


 スッと俺の前に滑り込むように立ち、刀をクロスさせてウルフを受け止めるロウエン。


「良い熱だ……それが、俺を滾らせる!!」

「グルッ!?」


 ニィッと牙を剥くような笑みを浮かべるロウエン。

 直後ウルフの体が後方に飛ぶ。

 それも、血の線を宙に描きながらだ。


「奴に傷を負わせた!?」


 ロウエンが振るった刀が奴の皮膚を切り裂いたのだ。


「私も続くぞ!!」


 ウルフが体勢を立て直すより先にエンシさんは奴を閉じ込めるための氷の玉を作り出す。


「ちょっと待ってー!!」


 慌てた様子で矢を放つユミナ。

 その矢はなんとか玉ができる前に中に滑り込み、直後に中で爆発を起こす。


「よし、上手くいった!!」


 なんとその矢にはミナモによって爆発属性が付与されていたのだ。


「グルゥ……」


 爆発によって氷の玉が割れ、外に出されるウルフ。

 受けた攻撃のせいで毛は血とすすで汚れている。

 だがその足を踏ん張って立ち、俺達の事をキッとその双眸で睨み付けている。

 まだ負けをみとめていないのだ。


「ガルルルル……」


 その目はまるで、決して自分は負けてはならない。

 自分が負けたら命よりも大切なモノを失ってしまうとでも言っているようだった。

 でも……


「……ごめんな」


 冒険者達を食った以上、どの道退治しなくてはならない。

 人を食い、人の味を知った魔獣は危険なのだ。

 しかもこのウルフは食った冒険者達のスキルを使える、謂わば危険個体。


 俺達がしなくても誰かがするだろう。

 それこそ王国が本格的に討伐に乗り出した場合、ウルフが守ろうとしたモノも容赦無く奪われるだろう。

 なら……


「……主?」

「俺が仕留める……」


 槍を構え、俺もウルフをキッと睨み付ける。

 それを見たウルフは一瞬、キョトンとした後に俺を睨み付ける。

 俺達をでは無く、今度は俺だけを睨み付ける。


「行くぞ……」

「グガッ……ガルガ、ガルルッ!! ウグル、ググルァ!!」


 俺と奴が地を蹴ったのは同時だった。

 風の刃を槍に纏わせた俺。

 前足に風の爪を纏わせたウルフ。

 同じ風の刃同士が交差する。

 決着は一瞬で着いた。

 何度も打ち合う事はしない。

 はたから見ればただすれ違っただけに見えたかもしれない。

 だが俺と奴はその一瞬で生死をかけていた。

 互いに背を向けて着地する。


「……ハヤ兄ぃ」

「ハヤテ……」

「ハヤテさん」

「ギャゥゥ……」

「主……」


 皆が心配そうに俺の名を呟く。


「……っ!?」


 直後、俺の右脇腹から血が吹き出した。


「ハヤ兄!!」

「主!!」

「っ……ぐっ」


 槍を支えにしつつ片膝をつく。

 負けた。そう思った。


「……ちょっと待って。様子が」

「あぁ……ウルフの様子が」

「グゥル……」


 俺の名を呼んだユミナとロウエンと違い、ミナモとエンシさんとフーはウルフへと意識を向ける。


「…………」


 背を向け、膝をついて隙だらけの俺に奴は一向に攻撃を仕掛けようとしない。

 流石に俺も不思議に思い、傷口を押さえながら立ち上がりウルフの様子を伺う。


「……バカな」

「……嘘」


 ロウエンとユミナもウルフの様子を見て驚き、ユミナに至っては両手で口を覆っていた。


 なんとウルフは、立ったまま死んでいたのだ。


「……奴なりの、最後の意地か」


 そう言いながら刀を納めるロウエン。

 だが彼はただ納めるのでは無く、珍しくまず太刀を背中に納めてから片膝をつきつつ左腰の鞘を手に取り、目線程の高さで刀を納めた。


「……奴もまた、戦士だったんだな」


 納刀し立ち上がるロウエン。

 その目は何故か、どこか寂し気に見えた。


「……っといけないいけない。ハヤテさんの傷の手当てをしないと」

「あ、すみません……いっ……て」

「……なら俺はユミナと共に先を見てくる」

「え、私!?」

「嫌なのか?」

「嫌じゃないけどさ〜……分かりましたよ〜ブー」

「ミナモとフーは俺達が戻るまで二人の警護。何かあったらユミナの矢で知らせる」

「分かったわ」

「ンギャウ!!」

「行くぞ」

「ういうい〜」


 頬を膨らませつついつでも矢を放てるように周囲を警戒しながらロウエンと共に探索に向かうユミナ。

 俺は俺でエンシさんに傷の手当てをしてもらうのだが、女性に肌を見せるのは少し恥ずかしい。

 エンシさんは治癒スキルを持っていた事もあり、俺の脇腹の傷はみるみる塞がっていく。

 気付けばもうピッタリくっ付いており、傷口があったとはとても思えない程綺麗に治っている。


 傷も塞がり、ロウエン達を待つ俺達。

 何かあればユミナが知らせると言っていたが、報せはなにも無い。


「大丈夫だ。きっと……」

「……あぁ」


 俺が心配しているのが分かったのだろう。

 エンシさんが隣に座ってくれた。


「そうそう。ロウエンがそう簡単にやられる訳無いんだからさ」


 反対側にミナモも座る。

 あぁそうだ。

 ロウエンの事だきっと大丈夫。

 ユミナだって弱くは無いしロウエンが連れて行く相方に選ぶぐらいだ。

 きっと大丈夫だ。

 そう思いつつ待つ事数分。


「すまない主。遅くなったな」

「ただいま〜」

「いや、そんな事ない……よって。ロウエン、ユミナ。それって」


 無事に二人は戻って来た。戻って来たのだが


「あぁ。あの狼があれ程必死に戦っていた理由だ」

「可愛いでしょー!!」


 二人が連れて来たのはなんと、二頭のレイブウルフの子どもだった。

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