第十五話 三人の旅路

 そのまま宿で一晩を過ごし、翌朝。アルシェリードの処遇についてタクトとリンは話し合っていた。


「だからさ、こいつも旅に同行させてやりたいんだよ」

「そう気軽に言うけどな~。食い扶持が一人増えるってのは楽なことじゃないんだぞ? 食費も宿代も一人分増えるってことなんだから」

「その分稼げばいいんだろ? 大丈夫だって。こいつ結構強いし、魔物の討伐にも役に立つって」

「それは魔物討伐の依頼があって初めて成立するものだろ? それがないから、お前は仕事探しに苦労してるんじゃないか」


 リンはアルシェリードを旅に同行させることを渋っている。リンにしてみれば、育ち盛りの子どもがもう一人増える形だ。そう簡単に首を縦に振れないのもわかる。


「でもさ、こいつだって他に行く当てがないからスラムなんかで暮らしてるんだぜ?」

「スラムで生活してる子どもは、この子だけじゃないだろ? この子だけを優遇する理由にはならない」

「それは……」


 確かにその通りだ。スラムには他に身寄りのない子ども達が多くいる。彼等はゴミを漁ったり盗みを働いたりして、何とかその日を食い繋いでいる状態だ。


「この間の盗賊の子もそうだったけど、お前、本当に女に甘いよな?」

「女に優しくしろって教えたのは師匠だろ?」

「それはそうだが……」


 痛い所を突かれたとばかりに、リンは苦い顔をする。


「なぁ頼むよ。同じ魔族だって知っちまった以上、放って置けないんだ」

「……つってもな~」


 リンはガシガシと頭をかいた。


 タクトも頭を働かせて考える。問題はアルシェリードだけではない。スラムにいる孤児達。その全てを救うことが出来るのが最善だ。


「そうだ。クランハイト公爵なら、何とかできないかな」


 リンがいい事を思いついたとばかりに声を上げた。


「公爵に?」

「ああ。公爵領に孤児院を作ってもらうんだよ。こういうのは慈善事業だからな。周りの貴族に示しもつくし、何より国の問題を解決するんだ。国王からの信頼も得られる。一挙両得だ」


 クランハイト公爵は悪い人間ではないが、彼に借りを作るのは何となく気が引ける。彼はリンのことを大層気に入っているのだ。リンから話をすればたぶん通るだろうが、それはリンを彼に近づけるということである。


「何だよ、タクト。不満そうな顔して」

「別に。クランハイト公爵が何とかしてくれるんなら、それに越したことないしな」


 本当はクランハイト公爵をリンに近づけたくない。しかし、今考えられる最善の手は、彼の力を借りることだ。こんな時、何の力も持たない自分が嫌になる。


「それじゃあ次の目的地は決まったな」

「ここから公爵領までどのくらいだっけ?」

「私達の足なら、徒歩で三日くらいじゃないか?」

「また三日か」


 ここに来るまでは馬車だったが、今度は徒歩での移動だ。それに人数が増えるとなれば、それなりの準備が必要になる。そのためにはやはり金を稼がないといけない。


「貧乏生活からは、なかなか抜け出せないな」

「大丈夫です、タクト様。貧しいのには慣れてます」

「ちょ、おま。師匠の前でその呼び方は……」


 見るとリンの額に筋が浮かんでいる。何故かはわからないが相当ご立腹のようだ。


「タ~ク~ト~。女に様付けで呼ばせるとは、いいご身分だな~」

「し、師匠。これには理由が」

「どんな理由だ? ああ? 言ってみろ」


 タクトはリンに、アルシェリードから聞いた魔族の序列の話をする。それを聞くとリンは妙に納得したような顔になった。


「なるほど? お前にはそれがわかると」


 リンがアルシェリードの方を向き、値踏みするように足の先から頭の天辺までを見回す。


「はい。タクト様の正確な序列まではわかりませんが、ボクよりも上な事は確かです」


 そう言って、アルシェリードはフードを取って見せた。


「……鬼人種か。どうやら血は混じっていないみたいだな」

「はい。父は戦争で死に、母は三年前に病気で……。それ以降は孤児に混じってスラムで生活していました」

「魔大陸以外で魔族が生き残っているとはな」


 魔大陸というのはかつて魔王城があった大陸のことである。今では船の行き来もないため、現状の詳細は定かではない。


「我々も生き残るために必死だったのです。魔族である事を隠し、力も抑えて」


 アルシェリードの顔が沈む。きっと辛い過去を思い出しているのだろう。


「自分達以外に魔族が生き残っているなんて思ってもいませんでした。だからタクト様に出会った時は本当に驚いた」


 アルシェリードはリンに対して深く頭を下げる。


「タクト様をここまで育てていただき、ありがとうございます」


 リンは動揺したように両手を振った。


「礼を言われるような事は何もしていない。私は私のわがままでこいつを育てたんだ」

「そうだとしても、です。タクト様の生き方は、これからを生きる魔族達の希望になるでしょう。争うのではなく、冷遇されるのでもなく、対等な立場として共存するという可能性を見出したのですから」


 人間と魔族の共存。タクトとリンにはそれが出来ているが、果たして他の人間はどうだろう。タクトが魔族であると知られれば、処刑の対象になるかも知れない。それくらいはタクトにも察しがつく。だからこそ、リンはタクト本人にも真実を隠していたのだ。


「可能性……か」


 みながタクトとリンのように分かり合えるのなら、そもそも戦争など起こらなかったはずである。それも、リンが生まれるずっと以前から続く戦争だ。故に禍根は大きく、そう容易く拭えるものではない。それでも。


「師匠。大丈夫だって。俺と師匠が上手くやれてるんだ。時間はかかるかも知れないけど、他の魔族とだってきっと上手く行くさ」

「……だ~。わかったよ。アルシェリードつったっけ? お前の同行は認める」


 リンは頭をかきながら、アルシェリードのことを認めてくれた。


「ただし、必要以上にこいつに近づくのはなしだ。いいな」


 タクトを指差しながら、念を押すリン。アルシェリードはそれに対し、コクリと頷いた。


「……で、何だっけ? 次の仕事か」

「それなんだけど、師匠。昨日のサハギンの件は覚えてるか?」

「地下水路にサハギンが出たってやつか?」

「ああ。たぶん水源の山から餌を探して下りてきたんだと思う」


 あくまでタクトの個人的な見解でしかないが、そう大きく外れているということはないだろう。


「放っておいたら、今度は人に被害が出るかも知れない。だから」

「その前に叩いちまおうって?」


 タクトは力強く頷く。しかしリンの表情は硬い。


「サハギンな~。あいつらあんまり素材の換金率が高くないんだよな~」

「そんな事言ってる場合かよ! 人に被害が出るかも知れないんだぞ!?」

「ダイアモンドトータスは見逃すのに、サハギンは見逃さないのな?」

「ダイアモンドトータスは人を襲ったりしないだろ? サハギンはそうじゃない」

「まったく、換金率の低い仕事ばっかり見つけてきやがって……」


 リンは大きくため息を吐いたが、イスから立ち上がる。


「まぁいい。仕事には違いない。どうせギルドから討伐の依頼も出るだろうし、それに乗るとするか」


 こうしてタクト達はギルドに話を通し、マハルタの北西にあるブルムンガ山へと向かうこととなった。ブルムンガ山までは徒歩で丸一日ほど。残り少ない旅費で食料と物資を調達し、三人は山を目指す。流石は魔族と言った所か、アルシェリードの足は速く、リンとタクトにも後れを取らなかった。


 この時、彼等は気付いていなかったのである。この先に待つ巨大な敵の存在に。

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