第四話 盗賊退治
翌朝。
なかなか起きてこないリンを叩き起こし、二人で町に向かう。
「こんな朝早くから行かなくても、依頼は逃げたりしないって」
タクトはため息を吐いた。一体何を言っているのか。時間は既に昼前。町に付く頃には昼食の時間である。
「何言ってるんだ。逃げるだろ。他の冒険者が依頼を受けてたら終わりなんだから」
わざわざ向こうから声をかけてくるくらいだ。きっと早急に対処して欲しい事柄なのだろう。大型のワイルドボアを討伐出来る腕の持ち主を対象としている辺り、それなりに難しい依頼のはずである。
「その時は何か適当な依頼でもこなして、次の町でも目指せばいい」
「相変わらず行き当たりばったりだな~」
そんなこんなで冒険者ギルドまでやって来た二人。すると中から男の怒鳴り声が聞こえてきた。
「何で俺に依頼を寄こさないんだよ!」
何事かと扉を開けて中に入ると、一人の男が受付嬢に詰め寄っている。見ると、その男は先日の追いはぎのリーダーの男だった。
「ですから何度も申し上げていますが、一定の討伐実績のない方にこの新しい依頼はご紹介できないのです」
「俺が弱いって言いてぇ~のか?」
「そうは申しておりません。まずは既存の依頼で討伐実績を積んでいただければ」
「俺は今すぐに金が欲しいんだよ!」
昨日も思ったことだが、この男は碌な大人ではない。見た所、冒険者ランクも低いようだ。まともに働きもしないで金が欲しいだなんて、虫がいいにもほどがある。
「おい、おっさん。そのくらいにしておけよ」
ついイラッと来て、声をかけてしまった。こちらの存在に気付いたのか、男がこちらを向く。
「げっ、昨日のガキ!?」
男の顔が見る見る青くなった。どうやら昨日の体験が尾を引いているようだ。
「……もういい。帰る!」
男は舌打ちをしてから、足早にドアの向こうに消えていった。
「タクトさん、ありがとうございます」
受付嬢がタクトに礼を言う。
「別にお礼を言われるような事はしてないですよ」
男との因縁はごく個人的なものであって、受付嬢を助けようとした行動ではない。タクトは両手を横に振った。
「そちらの方がおっしゃっていたお師匠様ですか?」
「はい、そうです」
「どうも」
リンはぶっきら棒に余所見をしながら頭を下げる。他人の顔を真っ直ぐ見ようとしないのはリンの悪い癖だ。出来れば直して欲しい所だが。
「昨日の依頼、まだ残っていますか?」
「はい。タクトさん達以外に任せられそうな方がいなかったので」
これは嫌な予感がする。明らかに面倒な案件だ。
「詳しい話がしたいので、奥へどうぞ」
リンに目配せする。リンは面倒くさそうにため息を吐いてから首を縦に振った。
奥の部屋に通されたタクトとリンは、ソファーに座るよう促される。そうして差し出された依頼書には、こう書かれていた。
「……盗賊の討伐か」
リンは苦汁を舐めたかのように顔を歪める。リンがこんな顔をするのは大抵人が絡んできた時だ。理由は不明だが、人を相手にすることをリンは極端に嫌うのだ。
「最近ここアルサと隣町であるルメルを繋ぐ街道に、頻繁に盗賊が出没して交易に被害が出ているのです」
アルサとルメルは交易での稼ぎが町の収入そのものなので、それを邪魔されるのは損害が大きいとの事。事態は切迫していると受付嬢は熱く語った。
「それでお二人にはこの盗賊を何とかして欲しいのです」
「何とかとは、殺せということか?」
リンの目つきが鋭くなる。受付嬢は一度視線を逸らしてから、意を決したように口にした。
「盗賊の生死は問いません。これまでに何人もの冒険者が討伐に向かいましたが返り討ちに遭っています。最早生きたまま捕らえろ等と言っている場合ではないのです」
受付嬢は前のめりになって、リンに懇願する。よほど追い詰められているのだろう。その必死さが嫌と言うほど伝わってくる。
「どうか、アルサとルメルを救ってください! 私達にはもうこれしか道がないんです!」
テーブルに頭が着くんじゃないかというほど、受付嬢は深く頭を下げた。それを見てタクトはリンに申し出る。
「師匠。この依頼、受けてもいいんじゃないか? 二つの町が盗賊のせいで困ってるんだ。放って置くのは……」
リンは腕を組み、目を瞑った。
「タクト。お前わかってるのか? この依頼を受けるって事は、人の命を奪う可能性があるって事だぞ?」
言われて考える。確かに受付嬢は生死は問わないと言っていた。それだけ強力な相手と言うことだ。
タクトはこれまでに人の命を奪ったことはない。魔物ならば何体も狩って来たが、人間が相手となると勝手が違う。そもそも人と争うなど、前回追いはぎに遭った時が初めてだ。
改めて人の命を奪うということを考えると、思わず手が震えた。人は守るものであって殺す相手じゃない。リンのその教えが、タクトにしっかりと伝わっている証だ。
「最悪、私だけでも」
「いや、師匠。俺も一緒に行くよ」
タクトははっきりと言い切った。
「ちゃんと師匠の教えを守った上で盗賊をどうにか出来れば、俺も自信を持てると思うんだ」
「生かしたまま倒すってのは、お前が思っているよりも大変なことだぞ?」
「それでも師匠はやってのけるんだろ? だったら弟子の俺もできるようにならなきゃいけないだろうが」
タクトの覚悟が伝わったのか、リンは目を開き、受付嬢に視線を向ける。
「わかった。その依頼。私達で受けよう。盗賊は全員生け捕りにする。その後の処分はそっちに任せる形になるが、それでいいか?」
「は、はい! 街道から盗賊がいなくなるなら、こちらとしても文句はありません!」
受付嬢が立ち上がり、リンの右手を取った。
「よろしくお願いします!」
リンは空いた左手で頭をかいてから、右手を縦に振った。
昼食を終えたタクトとリンは、早速
「タクト。お前本当に出来るのか?」
リンが言っているのは相手を殺さずに制することが出来るのかという事だろう。タクトは大きく首を縦に振ってみせる。
「ああ。俺だって伊達に毎回師匠にボコボコにされてる訳じゃないんだ。どこを狙えば死なないかはわかってるつもりだぜ?」
実際、昨日追いはぎ相手にやって見せているのだ。やって出来ないことはない。
「お前な~。相手は冒険者を退けるだけの戦力を持ってるんだぞ? そこいらのごろつきとは訳が違う」
「それでも、だよ。師匠の教え通りにやれば上手く行く。そうだろ?」
「……わかってると思うが」
「殺すな、だろ? 大丈夫、わかってる」
人間を殺すな。殺せば必ず怨恨が残り、それはいつか自分を殺すことになる。これはもう耳にたこが出来るほど言われたことだ。正直生かしておいても怨恨が残る時は残ると思うのだが、リンはこの考えを曲げようとはしない。恐らく彼女の過去に起因する所があるのだろう。そう思えばこそ、タクトは深く踏み込んだりはしなかった。
散策することしばし。リンが立ち止まる。
辺りには何もない。しかし、タクトにも感じ取ることが出来た。濃密な敵意が自分達に向けられている事を。
タクトは腰の短剣に手を伸ばす。感じ取れる気配は全部で五つ。でもそれだけではないと直感が告げている。彼等は恐らく
リンは腰から下げた剣に手をかけてすらいない。殺す気がないのだからそれも当然だろう。リンが剣を抜くのは、相手を殺すと決めた時だけなのである。
「おい、お前等。投降するなら今の内だぞ~」
リンの気の抜けた声が周囲に響いた。それを合図にしたように、五つの気配が目の前に現れる。
「今度は女か」
「見た感じちょっと歳は行ってるが、顔はいい。上玉じゃないか」
「ぐへへ、こいつぁ~楽しめそうだ」
下卑た笑いを上げながら現われたのは、いかにも盗賊然とした五人組だった。
「投降する気は……なさそうだな」
リンがやれやれとポーズをとる。それを皮切りに、盗賊の五人組が同時にリンに踊りかかった。
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