第41話

 ルーフェスや、リナン王国の王妃と同じ黒髪に、色素の薄い水色の瞳。

 玉座に腰を下ろしているので推測でしかないが、かなり背が高いようだ。

 その威風堂々とした風格からは、若いながらも王者としての貫禄を感じる。もし彼を即位したばかりの若い皇帝と侮った者がいたら、その姿に圧倒されることだろう。

 彼を守護する宮廷騎士は、微動だにせず立ち尽くしている。

 騎士達の緊張した表情から察するに、ソリーア帝国の新皇帝はかなり厳格な性格のようだ。

 そんなレナートが、ルーフェスの姿を見つけた瞬間、思わずといった様子で立ち上がった。

「ルーフェス」

 悲痛。再会の喜び。憤り。謝罪。

 様々な感情が込められた声が、彼の名を呼ぶ。

「皇太子殿下……。いえ、皇帝陛下」

 ルーフェスは彼の前に進み出ると、その場で跪き、帝国式に忠誠を示した。そんなルーフェスの姿に我に返ったように、レナートは玉座に座り直す。

「よくぞ戻った」

ひとことだけそう言うと、視線をサーラに向ける。

「彼女はカーティスの元婚約者の、エドリーナ公爵の令嬢だったな」

 レナートが父の名が出た途端、周囲からの視線が厳しくなる。

 父はリナン国王と共謀して、帝国の皇族であるリナン王国の王妃を陥れたのだから、それも当然かもしれない。

 サーラはその視線を受け止めるように、まっすぐに前を向いていた。

 たとえリナン王国を出て父との縁を切ったとしても、その血を引いている事実だけは変えられない。父に対する恨みがこちらに向いたとしても、それを受け止めなければと覚悟を決める。

「サーラは、共和国の定住許可証を得ています。今では正式な共和国の国民です」

 そんな悲壮な決意をしたサーラを庇うように、ルーフェスがやや語気を強めてそう言った。彼の剣幕に驚いたように目を細めたレナートは、静かに頷く。

「そうであったな。彼女はロードリアーノ公爵の大切な客人のようだ。謂れなき悪意を向けることは許さぬ」

 レナートがそう言い放つと、サーラに向けられていた視線は嘘のように霧散した。

 内心はどうかわからないが、表向きは平穏に戻っている。

 見事な統率に驚くと同時に、彼が独裁者になるかもしれない危険性を孕んでいることに気が付いた。

 レナートには、間違ったときには恐れずに彼を諫め、意見を言える人間が必要なのだ。

 きっと、ルーフェスのような。

「長旅で疲れたであろう。今日はこの宮廷でゆっくりと休むがいい」

 皇帝との対面はそれだけで終わり、サーラとルーフェスは宮廷にある客間に通された。部屋は別だが、隣のようだ。

 サーラは湯あみをしてから、侍女によって着替えさせられた。

(ドレスなんて、久しぶり……)

 もう貴族ではないが、宮廷に滞在している以上、平服でいることは許されないのだろう。

 リナン王国とは流行も違っているようで、あまり装飾のない大人びたデザインのドレスだった。

 その代わり髪型には凝るようで、サーラの金色の髪も艶やかに磨かれて綺麗に編み込まれ、美しい宝石のついた髪飾りをつけていた。

「とてもお綺麗ですよ」

 サーラの身の回りの世話をしてくれたのは、優しい笑顔の壮年の女性で、そう言って鏡の前に立たせてくれた。

 淡いブルーのドレスに大きなエメラルドの髪飾りをつけた姿は、自分でも驚くほど大人っぽく見えた。

「どうぞ、こちらでゆっくりとお休みください」

 そう言って彼女が紅茶を淹れてくれたので、サーラは少し落ち着かないような気持ちになりながらも、ゆっくりと香りを楽しみながら紅茶を飲んでいた。

 そうしているうちに部屋の扉が叩かれ、女性が対応してくれた。

(ルーフェス?)

 思っていた通りに訪ねてきたのはルーフェスだったが、なぜか背後には先ほど別れたはずの皇帝の姿があった。

 サーラが慌てて立ち上がると、レナートは手を上げてそれを制する。

「ゆっくり休めと言っておきながら、すまない。だが、あなたにはどうしても礼を言っておきたかった」

 彼はそう言うと、先ほどとは比べものにならないほど穏やかな瞳で、サーラを見つめた。

「お礼、でしょうか」

「ああ。ルーフェスが、あなたがいなかったら帰国する決意がつかなかったと言っていた。彼を連れてきてくれたことに、心から感謝する」

 誠意のこもった言葉に、サーラのほうが慌ててしまう。

「いえ、私はただ、ルーフェスの傍にいただけです」

「あなたにとってはそうかもしれないが、ルーフェスにとっては、とても大きなことだった。お陰でようやく、彼に謝罪することができる」

 レナートはそう言うと、ルーフェスに向き直り、声を震わせてこう言った。

「すまなかった。大切な妹を預けてくれたのに、必ず守ると誓ったのに、私は、それを果たすことができなかった……」



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