第13話
「そんな……」
手紙を持つ手が震えていた。
王太子の交代は、むしろ喜ばしいと思える。
さすがにサーラにも、彼がこれから立派な王になれるとは思えなくなっている。ユーミナスにとっても、カーティスの正妃になるよりはずっと良いことだろう。
恐ろしいのは、ここまでのカーティスの行動はすべて、父と国王陛下の狙い通りだったことだ。
父からの手紙には、サーラが王都を出てからのことが書かれていた。父と国王陛下にとって、サーラを修道院に送ったのも、カーティスを廃嫡するための布石でしかなかった。
世間ではサーラは勘当されて修道院に送られたのではなく、聖女を騙るエリーに陥れられ、傷心のまま修道院に入ったことにされていた。
エリーはあれから、聖女を騙った罪人として裁かれたようだ。
彼女が聖女だということは、本当にカーティスたちしか信じていなかったのだ。エリーは聖女を騙った罪、そして公爵令嬢であるサーラを陥れた罪で、厳しい処罰が下ったようだ。
(そんな……)
サーラは手紙から視線を反らして、固く目を閉じる。
たしかに彼女には、つらい目に合された。許せないという気持ちもある。でもエリーもまた、義父であった男爵に利用され、さらに父と国王陛下に利用されて、今まで泳がされていたのだ。
彼女だってサーラと同じように、父たちの駒であったことには変わらない。
エリーは身分をはく奪され、流刑地である辺境に送られた。おそらく、生涯をそこで過ごすことになるのだろう。
そしてエリーが断罪されてから、父はサーラがカーティスのためにどれだけ努力をしたのか、どれだけカーティスのことが好きだったのかを語り、彼の罪悪感を煽り続けた。
実際、父の言葉はほとんど嘘だ。
サーラはカーティスを好きだったことなど一度もないし、努力をしていたのもそうするように命じられていたからだ。
それなのに父は、サーラがカーティスを思って身を引いたように伝えていた。だからこそ彼は、あんなにしつこいほど修道院を訪れ、謝罪を繰り返していたのだ。
(ああ……。何てことを……)
手紙には最後に、修道院を出てカーティスと結婚し、彼の動向を見張って随時報告するようにと書かれていた。
どうやら国王陛下は、世間的にはエリーのことは伏せるように命じたようだ。たしかに聖女の話題は慎重になるべきことだ。もし本当に聖女たる女性が現れても、疑われることを恐れて名乗り出ない可能性だってあるのだから。
問題は、カーティスは家を出たサーラを追って王城を飛び出したという、物語にあるような美談にしたことだ。
父に勘当され、自由を得たと思っていた。
でもそれは、父の作戦でしかなかったのだ。サーラはあくまでも公爵家の娘であり、今も父の政略の駒でしかない。
気が付けば手紙を持ったまま、サーラは声を押し殺して泣いていた。
ただ黙って父の言う通りに動いていた頃なら、その言葉に従っていたかもしれない。
どのみち、カーティスは婚約者だったのだ。彼と結婚することは、サーラの義務だった。でも、一度自由を経験してしまった今となっては、それは苦痛でしかない。
描いていた未来への希望も、ささやかな願いもすべて奪われて、サーラはその場に崩れ落ちた。
「もう嫌……。どうしてわたしだけ、こんな目に……」
公爵家の娘として生まれた以上、父の命令には従わなければならない。
でもこれからずっと父の駒として、カーティスが担ぎ上げられないように、変な野望を抱かないように見張り、夫婦として生きていかなければならないのか。
ろくに話も聞かず、エリーの言葉だけを信じて、あんなに自分を罵り、蔑んだカーティスと。
「サーラ? どうしたんだい?」
泣いている声が、聞こえたのかもしれない。
キリネが慌てて部屋の中に駆け込んできた。
その言葉に答えることもできずに嘆くサーラの肩を、おろおろと抱き寄せる。
「ああ、泣かないでおくれ。いったい、何があったんだい?」
心配そうなキリネの言葉にも、サーラはただ首を振って泣くことしかできなかった。
「生きていてもこんなことしかないなら……。もう、死んでしまいたい……」
呟いた言葉は、衝動的に口にしてしまったものだった。
だが、キリネに言われてサーラを迎えにきていたルースが、ちょうどそれを聞いてしまう。
「サーラ?」
名前を呼ばれて、顔を上げた。
涙が、溢れているのがわかる。きっとひどい顔をしているのだろう。
「何があった?」
優しい声にますます涙が止まらなくなっていく。
つらかった。
苦しくて仕方がなくて、この胸の内を誰かに聞いてほしかった。
だからサーラは、心配そうに背を摩ってくれたキリネと、気遣うような視線を向けてくれたルースに、相手が王太子であることだけは伏せて、すべてを打ち明けていた。
父から手紙が来たこと。
その父の命令によって、一度サーラとの婚約を破棄した男と結婚しなければならなくなったことを、途切れ途切れの言葉で伝える。
本当はふたりに、こんなことを打ち明けるべきではない。でも、言葉にしないと耐えられなかった。
ふたりはサーラの話を静かに聞いてくれた。
「ひどい話だね。こんなにいい子が、どうしてそんな男と……」
キリネはサーラのために怒ってくれた。それだけで、少し心が軽くなる。
そしてルースは、震えるサーラの手を取った。
ふいに感じた温もりに、驚いて顔を上げる。
「死ぬくらいなら、自由を得るために戦え。俺が、ここから連れ出してやる」
「えっ……」
サーラは呆然として、自分の手を握っているルースを見つめた。
逃げるなんて、考えたこともなかった。
父に命じられた以上、どんなにつらくても命令を実行するしかないと思っていた。
でもルースは、そんなサーラに戦えと言う。
「戦う? お父様と? そんなこと……」
できるはずがない。
とっさにそう思った。
修道院での生活で、ようやく自由になれたと思っていたのに、自分は今でも父親に支配されたままなのだと気が付いた。
(でも、このままでいいの? わたしはこれからも、ただお父様に言われるままに生きていくの?)
死ぬくらいなら、自由を得るために戦え。
そう言ったルースの言葉が、サーラの心を強く揺さぶった。
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