ポーション屋の事情

Rapu

第1章「テオの薬屋」

第1話 小さな薬屋

 ある世界に大陸があった。大陸の中心には魔物や魔人が住む<大森林>と呼ばれる瘴気しょうきに満ちた森があり、その森からあふれ出る瘴気は魔素とも呼ばれ、大陸中に広がっていた。


 その魔素の影響を受けて、魔法を使える人や獣人、魔人や精霊など様々なモノが生まれた。あるモノはしゅを増やし、あるモノは命を奪う。そして、あるモノは隠された……奪われないように。


 何時の頃からか、大陸のあちこちに魔物が住む洞窟が出来た。その洞窟で魔物を倒すと、その姿が消え魔物特有のアイテムが手に入る。人々は、この魔物が住む洞窟をダンジョンと呼び、希少価値のあるアイテムを狙ってダンジョンへ狩りに行くようになった。



 <大森林>の西側に、<リッヒ王国>と呼ばれる国がある。北にはワイバーンが住む険しい山々があり、西と南には肥沃な大地が広がっていた。


 肥沃な大地の向こう――西には海までの領土を持つ国があり、南には森の国と呼ばれる国があった。<リッヒ王国>とそれらの隣国は、お互いの関係よりもダンジョンから溢れ出る魔物の対応に苦慮していた。


 <リッヒ王国>の王都は、その国名から<王都リッヒ>と言い、その王都の裏路地に小さな薬屋があった。



 ※     ※     ※


「テオ~! 早く起きないとシチューが冷めちゃうよ~!」


 テオはいつも起きて来るのが遅いけど、昨日は遅くまで飲みに行っていたから、昼頃まで起きて来ないかもね。今日の午前中は私が店番かな~。


 テオは、私の養い親。茶色のツンツンした髪で、金色の目をしている。目鼻立ちがクッキリしているから男前だと思うよ。テオは錬金術師なんだけど、背が高くてガッチリしているから見えなくて、どちらかと言うと大工さんや鍛冶職人に見える元冒険者。


 私はアリス、9才です。私の母さんは、赤ちゃんだった私を元パーティーメンバーのテオに預けたまま行方がわからないの。生きているのか死んでいるのかさえもね……テオが何も言わないから、たぶん……ね。


 テオは、私を育てるために冒険者をやめて小さな薬屋『テオの薬屋』を始めた。普通なら、私を孤児院に連れて行くんだけどね~。あ、テオが起きて来た。


「おはよう。アリス、話がある……」


 2階からテオが降りて来て、かしこまった様子で台所のテーブルに座った……髪がボサボサだ。テオ~、せっかくの男前が台無しだよ?


「おはよう~。話って何?」

「アリス、アリスはもう直ぐ10歳になるだろ? 誕生日が来たらこの店を任せるから好きにしていいぞ」

「ええ――! テオ、どうしたの?」


 テオは、ビックリすることを言い出した。秋になったら、10歳の誕生日が来るけど……。


「アリスは、店に置いている薬を作れるようになったから問題ないだろ? 俺はやりたいことがあるんだ」


 うん。私はテオから、お店に置いてある薬の作り方を教えてもらった。傷薬・ポーション・毒消しとか麻痺を治す薬も。ポーションが作れるだけでも食べていけるのにね。ふふ、テオは育ての親であり錬金術の先生でもあるの。


 錬金術の本は難しいから文字をたくさん覚えたし、店番していてもお客さんに薬の説明をするとほめてくれる。


「薬は作れるけど……やりたいことって何? はっ! もしかして、恋人が出来たのね。テオ、変な人じゃなければ応援するから結婚したらいいよ!」


 にっこりテオに笑いかけると、


「アリス、勘違いするな! お前、ませたことを言うようになったなぁ。最近、サユリにも似て来たし……」


 テオは優しい目で私を見る。サユリ……私、母さんに似て来た?


 だってね、テオは私を育てるのに大変だったでしょ? そろそろ結婚してもいいと思うのよ。テオは、もうすぐ30才だよ! 20代は育児に追われて……男前だから彼女はいただろうけどね~。


「テオ、違うの? じゃあ、彼女が出来たら会わせてね。ふふふ」

「ハイハイ、分かったよ。アリス、俺は又、冒険者をする」

「えっ、テオは冒険者に戻るんだ……」


 テオには、好きなことをしてもらいたいと思っているから反対はしない。って、言うか……今も、ほとんど私が店番をしているんだけどな~。


「店番は私がするけど、テオ、ケガをしないでね?」

「ああ、先ずは肩慣らしだ。心配しなくても俺は強いからな!」


 そうなの? テオが強い冒険者だったなんて初めて聞いたよ。


「じゃぁ、アリス出かけて来るからな。夜には戻るが、夕方には店を閉めろよ!」

「は~い。テオ、行ってらっしゃい!」


 お店は、朝の9時頃に開けて、お昼休みを取って午後の3時頃には閉めるの。テオがいる時は夕方まで開けているけどね。裏通りにある小さな薬屋なので、お客さんは近所の常連さんばかりです。


 ガチャ、チリンチリン~


「いらっしゃいませ~」


「おはよう。アリス、今日も店番かい? 偉いね~」


「おはようございます、ナタリーさん。テオは冒険者に戻るので、これからも私が店番をしますよ。ふふ」


 ナタリーさんに笑顔で言うと、


「なんだって! テオはこんな小さい子にお店を任せるなんて、何を考えているんだい!」


「ふふ、いいんですよ。ナタリーさん、今日も旦那さんの痛み止めのポーションですか?」


「あぁ、そうだよ。ダンジョン産のポーションを飲んでも2週間しか効かないのに、ここのポーションは1ヶ月効くからねぇ~。近頃は、もう少し効いているって旦那が喜んでいるよ。アリス、いつものポーションを1つ頼むよ」


 ナタリーさんから空ビンを受け取り、カウンターの後ろにある棚から自家製ポーションを取って袋に入れる。


「はい、ナタリーさん。銀貨3枚になります」


 錬金術で作るポーションは、作り手と材料によって効果が違うので、値段は作り手が決めるの。最低の売値が銀貨3枚と決まっていて、相場は銀貨3~7枚。ただし、商業ギルドに登録しないと売れなくて、もちろん、錬金術師のテオが登録している。


 この店、『テオの薬屋』で売っている自家製ポーションは、銀貨3枚と銅貨3枚。空ビンを持って来てくれたら、ビン代を値引きして銀貨3枚にしているの。


 ダンジョン産のポーションは、効果が安定していて商業ギルドからの仕入れ値は銀貨4枚。そして、店売りは銀貨5枚と決まっているから、薬屋のもうけは銀貨1枚なの。


 効果を考えるとダンジョン産と同じ値段でもいいんだけど、9才の子どもが作っているからね~。しばらくは、このままの値段かな。もちろん、ダンジョン産のポーションも置いている。


 銀貨1枚で、銅貨1枚の丸パンが10個買えるの。銀貨10枚で金貨1枚になって、金貨100枚が白金貨って言う貨幣と同じ価値なんだけど、白金貨なんて見たことがない。


「アリス、頑張るんだよ。テオを見かけたら怒ってやるからね!」


「あはは! ナタリーさん、ありがとうございます」


 ナタリーさんの旦那さんは若い頃に大きなケガをして、その時、お金がなくてポーションで治せなかったんだって。今でも痛みが残っていて、ポーションで痛みを消して仕事をしているそうです。


 ポーションは、を治す事は出来なくて、ただ痛みを抑えるだけなの。だからポーションの効果が切れると、また痛みが出てくる。


 ケガをして直ぐにポーションを飲めば、ある程度のケガは元通りになるけど、ポーションで治りきらなかったケガや、時間が経った傷や痛みは完全には消えないの。教会で聖女様に治してもらえるけど、とんでもない金額の寄付をしないといけないらしい。


 夕方、早めにお店を閉めて、夕食を作って先に食べる。もちろん、テオの分も作って木箱に入れておくの。


 この木箱はお皿が2つ入る大きさの魔道具で、テオと二人で考えて作った自信作。木箱のフタに、魔法陣と魔石を使って冷たい風が出るように作ったの。フタに魔力を流せばスイッチが入る仕組みで、この木箱を使うと、夏でも2~3日食べ物が痛まないのよ。ふふ、凄いでしょう~。


 自分の部屋へ行こうと階段を上がりかけたら、台所の裏にある勝手口が開く音がした。テオが帰って来た!


「お帰り~!」

「ただいま。アリス、まだ起きていたのか?」

「うん。そろそろ寝ようかと思ってたところ~。テオ、ご飯食べる?」

「ああ、食べる! アリス、土産だ」


 そう言って、テオは薬の材料になる薬草をいっぱい並べた。


 これは嬉しい! 身分証を持っていない子供は、門にいる警備兵さんに止められて街から出してもらえないの。12歳になって冒険者ギルドに登録したら、冒険者カードをもらえるから、私1人でも薬草を採りに行けるんだけどね~。


「わあ~! テオ、ありがとう!」

「おう!」





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 ・あとがき・

 9歳の子どもが話す言葉なので、なるべく難しい言葉や漢字を使わないように、ひらがなで書いたりしています。ご了承ください。












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