第23話 トッシュはお寿司を食べる

 トッシュ達はパーティーホールで寿司を食べた。


 調味料も出汁も何もないのに、いったいどうやったのか、藤堂ネイが吸い物を作ってくれていた。

 漂ってくる香りの時点で、もう、美味しいことは確定だ。


「ネイさん、マジで結婚して」


 トッシュが冗談で言えば、ネイは無言でスルーし、

 代わりにレインが「はわわ」と口を震わせる。


 ゴリラのような巨漢ドルゴが、トッシュに肩をぶつけて上半身を僅かに乗りだす。


「ネイ先輩、無職のトッシュなんかより俺と結婚して」


 無口な後輩ロンも、マグロを食べながら求婚。


「……あ。じゃあ、俺も立候補」


 朝食と昼食で、あり合わせの材料で一品を用意したネイに、男3人はすっかり胃袋を掴まれていた。


 ネイは三人とも冗談で言っているのが分かっているから、


「年収で私を超えてから求婚したまえ」


 と回避。

 あたりまえだが、課長補佐のネイがダントツで給料が多い。


 レインが小さく手さく挙手。


「わたしは新人だから、お給料少ないです」


 つまり、レインは年収を理由にして断りはしないと、

 遠回しにトッシュへアピールしているのだが、声があまりにも小さくて届かない。


 隣に居たネイは薄く唇を微笑ませる。


 ネイは荒事の多い職業についているで、可愛い後輩達の日常の一コマを得がたい者だと思っており、様子を見るのが好きだった。


 和やかな雰囲気で昼食が進んでいく。


 レインは気を利かせてワサビ抜きを2つ用意してくれていたので、シルもお寿司を堪能できた。

 なお、トッシュもワサビは駄目なので、ワサビ抜き。


 ふたりとも一番好きなネタは、たまごであった。


「これは、悪魔の所業……」


 シルが顔をムッツリさせる原因はかっぱ巻き。


「俺も、そう思う」


 シルとトッシュはキュウリを単体で食べたかったから、かっぱ巻きが許せないらしい。


 和気藹々とした昼食中だが、

 暫くしてネイがシルに声をかけると、ちょっとした騒動になる。


「シル。ホームセンターは楽しかったかい?」


「楽しかったけど、怖かった……」


「怖かった? どうして?」


「えっとね、トッシュがシルを無理やり、狭いところに押し込んで」


 軽トラのことだ。

 なお、シルは乗るときはノリノリだった。走りだす前までは楽しんでいたのだが……。


「後ろから私を抱きしめて」


 助手席に無理やりふたり乗ったからだ。


「縛られて……」


 もちろん、シートベルトだ。


「トッシュが無理やり中に入れて」


 繰り返すが、軽トラのことだ。


「シルが、外に出して、中は嫌って言っているのに、無理やり……」


 車の中が怖いから降りたかっただけだ。

 シルはまだ幼いから上手く説明する能力がない。


「おぎゃああああああああっ」


 レインが赤ちゃんの泣き声みたいな悲鳴を上げた。

 精神的ストレスが限界に達して一瞬だけ幼児退行しているのかもしれない。


「せ、せせ、先輩、シルちゃんにいったい何をしたんですか!」


「なにが?! お前も一緒に居ただろ!」


「……あ。あはは。そうでした」


 レインはあっさりと納得した。

 しかし、次のことは、レインも知らない。


「トッシュが舐めろっていうから、怖かったけど舐めたら、

 白くてベタベタするものが顔について……。

 あ。これはみんなには内緒だった……」


 トッシュとシルはフードコートでレインと別れた後、こっそりソフトクリームを食べていたのだ。

 シルが怖かったと言っているのは、ソフトクリームを初めて食べるからだ。


「江藤先輩、確保」


「おう」


 ドルゴがゴリラじみた腕力でトッシュの両肩を掴む。


「おい、まて。放せ、ドルゴ。内緒でアイス食ったからって怒るな」


「もちろん、そんなことだろうとは分かってる。だが、面白いから離さない」


「薄情な」


「先輩、サーモン好きですよね」


 レインは、自分のお寿司からサーモンを箸でとる。


「先輩、あーん」


「や、やめて」


 トッシュはワサビが苦手だ。

 多くのファンタジー出身者と同様に、ワサビはどうしても口に合わないのだ。


 レインは生粋の日本人なのでワサビは平気だし、もちろん、お寿司はワサビ入りだ。


 トッシュは口を閉ざし、必死に顔を背ける。

 

「先輩、あーんです。あーん」


 トッシュは口を閉ざす。


 傍から見れば、いちゃついているようであった。


「……死ねばいいのに」


 ふたりの様子を見て、レインの同期ロンは小さく溜め息を吐く。


 サーモンの先っちょがトッシュの口に入る、その瞬間。


 バアンッ。


 パーティーホールのドアを開けて、後輩のリオンが現れた。


「私、推参! 昨日に引き続き、今日もリオン・ド・ヴァーミ様が来てやったぞトッシュ・アレイ。レインさんが泊まっていったという聞き捨てなら――なッ! トッシュ、貴様なにをしている!」


 彼の頭の中では、トッシュがあーんをレインに強要しているように映るのか、一瞬で顔を怒りに染めた。


 どう見ても、ドルゴに拘束されたトッシュがレインからイジメを受けている現場だが、リオンもまた恋による盲目だ。


「レイン、君のあーんをうけるのは、この僕にこそ相応しい!」


 リオンが大きく口を開き、気取った貴族の次男坊っぽい足取りでレイン達の元へとくるくるっと進んでいく。


 騒がしいやつが増えた。


 その後も、なんだかんだとトッシュの新居が居心地いいのか、みんな暇しているのか、同輩達がまばらに尋ねてきては、騒がしくしていった。


 そして、夜が近づき、仲間達は順に帰っていく。


 夜が、迫っていた。


 ゾンビが現れる、夜が――。

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