2話 仙人の誘い②
爺さんの後に付いて廊下を歩いて行くと、すぐに今日が特別な日であること感じざるを得なかった。いつもは目を光らせている看守の姿が廊下になく、そこかしこの部屋から笑い声が漏れ聞こえてくるのである。
こんなことは俺がここに入ってからの三ヶ月間、一度もなかった。
湿った重苦しい雰囲気と過剰な静寂、それがこの場所を常に支配していたはずだ。そもそも看守が同行せずに廊下を歩くこと自体が初めてのことだった。
「……看守さんたちはカメラを通して見ておるでなあ。調子に乗ってはあまり羽目を外しすぎてはいかんよ」
俺のそうした驚きを察したのか、爺さんが軽く釘を刺してきた。わざわざそう言ってきたということは、過去に調子に乗って問題を起こしたバカがいたのかもしれない。それでも年に一度のこの自由だけは守られているというのが、不思議な感じがした。この豚箱のトップが誰かは知らないし、別に興味もないが、年の区切りというものをそれだけ大事にする人間なのだろう。
角を三回曲がり、長い廊下を進んだ突き当りの部屋の前で爺さんはこちらを振り返り、例の微笑みを俺に向けた。ここが目的の部屋だということか。
……別に俺に確認を取らずともここが目的地ならば部屋に入って行けばいいのに……という気はしたが、律儀な爺さんに対しては俺も丁寧な態度にならざるを得ない。
俺が爺さんの目を見てうなずき返すと、爺さんは
「……皆そろっておるようじゃの」
部屋に足を踏み入れた爺さんが満足気にうなずいた。
部屋には俺と爺さんの他に5人の男が居た。どいつも一癖ありそうな面構えをしており一様に目に光がない。彼らが俺よりも長いことここで暮らしている人間であることが推察された。
意志は目に宿るという。ここでの生活が長くなれば長くなるほど行動から意志が抜け落ちてゆく。この三ヶ月で俺も、相手の面を見てここでのキャリアが測れるくらいにはなっていた。
5人の光のない視線が、爺さんの後ろにいた俺に集まる。
明確な敵意を向けられているわけではないが、歓迎されていないことはその視線ですぐに分かった。
「……仙人、その後ろのヤツは誰やねん?」
一人の男が関西弁で爺さんにそう尋ねた。
目の細い筋肉質な男だった。長袖の作業着を着ていても肩回りや首元の太さがはっきりと分かる程の筋肉だ。
「なに、ワシの部屋の新入りさんじゃよ」
爺さんの応答は柔らかいものだったが、それに答えた筋肉質の男の皮肉な口調は、歓迎していないことを露骨に示すものだった。
「……その新入りさんが、俺たちを満足させるだけのネタを持ってるって言うんかい?」
口の端を歪めたその笑い方は、ひどく
「ふぉふぉ、それは分からん……じゃがいつも同じ
なんだかあまりに抽象的な爺さんの物言いだった。
だが爺さんのその言葉で、5人の俺に対する視線が少し和らいだのは確かだった。
しかし肝心の俺に対して何の説明もなしでは、歓迎されようが弾き出されようが俺にとってはどちらでも同じことだ。
「なあ、爺さん……これから何をしようってんだい?俺にはちっとも分からんぜ?」
しびれを切らして口を開いた俺に対して、じいさんはまたしても例の微笑みを向けた。
「……なに、新入りさんは黙って聴いておけばええ。聴いているうちに話したいことが出てくれば話せばええんよ。……こいつらは自分が話すことで自分の理解を深めたいだけのじゃ。聴いておるだけでもこいつらのためになるのよ」
何ら意味は理解できなかったが、すでに訳も分からずこの部屋に連れ込まれている以上、今さら自分だけ帰るとは言い出せなかった。
爺さんが腰を下ろし、
他の5人もそれに合わせて腰を下ろし、計7人の車座が出来た。
「さて、それでは始めようかの」
一同を見渡して、爺さんがさもご機嫌……といった様子で呟いた。
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