さっちゃんはマホジョ

卯野ましろ

第1話 さっちゃんの苦手なもの

「う~……」

 さっちゃんは唸っている。

「うう~……あーっ、ダメだ!」

「……どうしたっていうのよ?」

「あ、おばあちゃん」

「もー、あんたがうっさいから目ぇ覚めちゃったじゃないのよ」

「ごめんなさい」

「で、何?」

「あのね、今これを食べようとして……」

「またぁ~?」

 ペースト状のかぼちゃが載った皿を見て、おばあちゃんは呆れた。

「あんた、こんなことしている暇があるなら、もっと自分の役に立つことをしな。別にかぼちゃなんて食べられなくても生きていけるよ。いつも同じじゃない。結局は食べられなくて終わり。かぼちゃの煮付けで喉を詰まらせたのがトラウマで、ペーストから慣れようとしたって……」

「んん~……」

「ほら、魔法の勉強でもしたら?」

 さっちゃんは、俗に言うマホジョだ。マホジョとは、魔法を使う女子の略称である。

「おばあちゃん、わたし、早くかぼちゃが食べられるようになりたい」

「かぼちゃが食べられるようになったところで、シンデレラに出てくる魔法使いになれるの?」

 シンデレラに登場する魔法使いは、さっちゃんが憧れるマホジョ。さっちゃんがかぼちゃを食べられるようになりたい理由は……。

「だって、かぼちゃはシンデレラのイメージが強いし……」

「あんた、何を気にしてんの。そこじゃないでしょ拘るのは」

「でもな~……」

「いつまでもかぼちゃと格闘していないの」

「あの、おばあちゃん」

「何よ、まだかぼちゃ?」

「そうじゃなくて……買い物に行かなきゃ」




 場所は変わり、ご近所のスーパー。今日は何を食べようか。さっちゃんはルンルン気分で店内を回る。

 お野菜、見に行こう。

 さっちゃんは野菜売り場へ向かった。そこに着くと、待っていたのはカラフルな世界。おいしそうな野菜がみな、我こそはと肩を並べている。

 どれもいいなあ。何を作ろうか悩むなあ。野菜炒め? 煮物? サラダ? スープもおいしいし……。

 そんなワクワクして野菜を眺めるさっちゃんを、一瞬にして凍り付かせるものがあった。

「げ」

 かぼちゃだ。

 未だに消えない恐怖心と、女子として恥ずかしい発声(しかもなかなかの声のボリューム)をしてしまった羞恥心から、さっちゃんは一刻も早く野菜売り場から離れたくなった。というか離れ始めた。

 わたしがかぼちゃを好きになるのは、まだまだ先……いや永遠に無理かも……。

 直りそうにない好き嫌いに虚しさを感じながら、さっちゃんは違う場所へと向かっていく。


 なぜだ。


 え?

 

 なぜ緑でもオレンジでもないんだ。


 何か聞こえる。さっちゃんは謎の囁きの元へ足を進める。

「ぎょっ」

 また妙な声を出してしまったさっちゃんは例の音源を、まじまじと見ている。

「うーん……」

 さっちゃんは、悩んでいる。

「……よし!」




「ただいまー」

「おかえり」

 おばあちゃんに挨拶し、さっちゃんは買ったものの整理を始めた。

「って、ちょっとちょっと」

「ん?」

「あんた何買ってんのよ」

 さっちゃんが買ったものを見て、おばあちゃんは呆れた。

「かぼちゃだよ。それから」

「何で食べられないのに買うのよ。お金の無駄でしょ! それにこんな特殊なものを買ってきちゃって……」

 さっちゃんは悩みに悩んだ末、かぼちゃを買ってきたのだ。しかもこのかぼちゃ、ただのかぼちゃではない。

「だってこのかぼちゃさん、悲しそうに言っているんだもん。どうして白いんだー、みんな気味悪がっているー、とか」

 さっちゃんが買ってきたのは、白いかぼちゃであった。

 さっちゃんはマホジョとして、良く言えば特殊能力、悪く言えば変な癖を持つ。その一つが「静物のネガティブシンキングが聞こえてしまうこと」。

「あんたのマホジョとしての力、変なことに生かされるのね……」

「変なことって言わないで!」

 さっちゃんは、おばあちゃんを睨んだ。

「この白いかぼちゃさん、すごく悲しそうだったんだよ! 自分のこと、ひどく言って……。誰にも食べてもらえない。料理もされなければ、ハロウィンの象徴にもならない。こんな菜生、嫌だって」

 ああ、かぼちゃは野菜だから、「人生」ではなく「菜生」なのか。

 おばあちゃんは妙に納得した。

「とにかく食べるよ、煮物にして」

「はあ? よりによって、あんたのトラウマの?」

「煮物にして食べてもらうのが夢なんだって」

「……あんた大丈夫? できるの?」

「わたしができるかどうかじゃなくて、今はこのかぼちゃさんに元気を出してもらうことが大事」

「まったく……ああ言えばこう言う」

「別にそれで良いよ。シンデレラを幸せに導いた魔法使いのおばあさんみたいなマホジョになるのが、わたしの夢だもん」

「あんたが今手にしてんのは、かぼちゃ」

「おばあちゃんも、ああ言えばこう言う」

「ああもう勝手にしなさいよ。あんたって子は、いっつもそうなんだから……」

「え?」

「……何でもない。もう残したって、私は代わりに食べられないからね」

 論争が終わったところで、さっちゃんは料理の準備を始めた。




「よーし完成!」

 さっちゃんの嬉しそうな声が聞こえてきた。

「……おいしそうね、無駄に」

「無駄にって」

 すかさず反応してきたおばあちゃんに、さっちゃんはムッとする。ちなみにさっちゃんは、前にかぼちゃの煮物の作り方を調べていたのだ。いつか食べられるように、と。実際に作ったのは今回が初。しかしさっちゃん、なかなかのお料理上手。

「それじゃ、いただきまーす!」

「え?」

 さっちゃんは、一瞬の躊躇いもなく、煮物を口の中へと運んだ。おばあちゃんは驚いた。ペーストすら受け付けなかった孫が今、すぐ口を開いてかぼちゃを食べたからだ。

「あ……」

 さっちゃんがピタリと止まった様子を見て、おばあちゃんはハラハラした。やっぱりダメだったのか……と残念に思った矢先、

「……おいしいっ!」

 おばあちゃんの予想を裏切る声が、さっちゃんの口から出た。

「かぼちゃって、こんなにおいしかったんだ! 甘くてホクホク!」

 さっちゃんはモリモリ煮物を食べた。

「良かったね」

 すっかりかぼちゃに夢中になっているさっちゃんを横目に、おばあちゃんは呟いた。

「ごちそうさまでした!」

 さっちゃんが食べ終わると、


 ありがとう。


「あ、あれ?」


 食べてくれて、ありがとう。


 さっちゃんのお腹の中から、何かが聞こえてきた。その何かの正体を、さっちゃんとおばあちゃんはすぐ分かった。


 これからは栄養となって、食べてくれた君に恩返しをするからね。


「……苦手な食べ物をなくしてくれて、ありがとう」

 さっちゃんは幸せそうな顔で、白いかぼちゃに言った。




 それから数日後。

「あんた、またそれなの」

「うん、だっておいしいんだもん!」

 さっちゃんは見事かぼちゃにハマり、最近かぼちゃ料理ばかり作っている。

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