第36話 平和への第一歩
迅がキクリを抱きかかえ泣きじゃくる間に『ドンっ』『ドンっ』という音が鳴り響くと、今の今まで耳障りだった音が止む。その直後には聞きなれた声とともに悲痛な叫びとも呻きともとれる音が続く。
「誰がナマズよおっ! デブ野郎っ! 誰がチンチクリンだってぇーコラっ! ……」
『ガっ』『ドガっ』『ぐえっ! 』『うがっ! 』……
迅が落ち着きを取り戻し見ると、帝王デブロスを蹴りまくるレンカと、その奥で円柱で出来た桎梏の装置を壊し終わっているマーナを見る。
「ははっ。レンカさんよかった……元気……過ぎるようで……」
迅はキクリを今一度抱きしめ……
「キクリ。ホントにお前は……」
と迅はキクリの頭を撫で言葉を続ける。
「お前のおかげでみんな助かった……ありがとう……でもな……あとで説教だ……ははっ」
「うん……わかった」
とあどけない笑みをうかべる。
迅はさてと、と、レンカの側に歩みより
「レンカさん良かった。……でも体ボロボロに焦げてますね。うわあ。ひどい……だいじょ……」
と声かけてる途中から、迅に気付いたレンカは気持ちが昂っていたのか、勢いよく抱き着きキスをしてきて、抱きかかえる状態になる。そしてキスをし終わった後こういう。
「だからヘビは脱皮するっていったでしょ」
迅がレンカの背中に回していた手が、ズルっという感覚がしたかと思うと、それが全身に広がり、全身を包む黒く焦げた鱗が一気に服が脱げるかのようにずり落ちる。
そのあとにはいつもの透き通る様な白い肌と、綺麗でたわわなおっぱいが迅の目の前にあらわになる。
「うわーっ! 」
おもわず、抱きしめる手に力が入り
「レンカさんっ全裸っすから、今完璧な全裸っすから! 」
「んもうっサービスよ! 」
「キクリ、そのマント取って」
と帝王が羽織っていたマントを指し、キクリから受け取ったマントをレンカに羽織る。
「レンカ……キレイ」
「きゃーキクリ。キクリもキスしてあげる」
「やめとけ、血生臭っ! これもしかして帝国兵の血じゃないすか。ん。ぺっ」
「やー、なにあたしのファーストキスなのに! 」
「ホントっすかぁ」
「ちょっとレンカーっ。なに迅さんもですよ! あとで私も……ですからね! 」
「マーナさんも無事で良かった。ハヤト君とミサキさんは? 」
「はい。なんとか。でも私、この体では治癒できないので、すぐ体に還って戻ってきます」
するとなにやら騒々しい音が近づいてくる。
「「マーナ姉ちゃーん。レンカ姉ちゃーん。ジーン」」
「あれっ。もしかして」
「はいよはいよはいよおっと旦那様ぁっと。ジンちゃんお待たせ。マナ連れてきたぜよ」
「ははっ」
「もうダグ」
それはダグリールがマーナの本体を背負い、ミクルとラオを引き連れてきていた。そのあと雪崩のように多くのエルフ軍団が押し寄せ、ハヤトとミサキも到着したニンフらから治癒を受ける。そしてあちらこちらから吉報が届く。
桎梏が停止した途端に味方同盟軍は猛威を奮い帝国軍を圧倒し、瞬く間に制圧し、完全勝利にてこの戦いに終わりを告げる。喜びに沸く迅達と同盟軍。
迅達は場所を移し、それぞれの仲間達と喜びをわかちあう。
「センパーイ……」
「おうっ! ジン……」
◇
「よかった……本当に」
元気有り余りのようなレンカは、布一枚下は全裸だということを忘れてるかのようにソラリスとはしゃぐ。
見かねた迅が茶々を入れる。
「ソラリスさん、素っ裸に紫のマント。ただの変質者っすよ。言ってやってください。……俺もレンカさんの裸、あんまし他の人に見られたくないっつーか。……いやー変質者と変態に絡まれて俺もつらいっすよ」
「やー迅さんやきもち? もう好きっ」
そばにいたマーナが割ってはいる。
「なんですか、迅さん? 」
迅がごまかすように話を繋げる。
「いや、思い出したんですよ。マーナさんの状態。蛹から蝶。あれ変身じゃなくて変態っていうらしいですよ。正式には。ははっ」
「やーーっ」
「「ハハハっ! 」」
そんなこんなと盛り上がりをみせるなか、迅は目に入ったダグリールに思い出したかのように、
「あっダグさんこれ返します。ありがとうございました。」
「ああ。役に立ったろ! 」
「んんん。結果的には立ったんですかね。でもこれなんです? 」
「これは陰陽の陰だな。闇魔術が付与されてる。この剣は魔法そのものって感じだ。あらゆる結界とか境界を断つってな」
へぇーそうだったんだ。とダグリールに借りていた剣を返す。
「……これもキクリには視えてたんだな……いやホント助かりました」
「そうそうジンちゃん。マナのこと頼むぜよ」
「ははっ。……でもダグさんのほうがお似合いにみえなくも……」
「は? 俺無理ぜよ。嫁ちゃん五人いっから、打ち止めよっ! 」
「はいーーっ!? 」
なんですとっ!
◇
その後帝国に完全勝利した同盟軍は後処理にせわしく動く。
砲撃を受けていた各国だが、魔王の、時間と距離の大幅な短縮のおかげで大惨事にまで至ることはなかった。
帝国城の、あるナマリで造られた一室に、隔離されていたエボルート人たちが見つかる。それに各国を攻撃させられていた者と城で的にされていたもの、合わせて百五十七人が保護される。
いずれも心身共に疲弊しきっており、しばらくの間、神聖国でまとめて療養することになる。
もともと軍事力一強での帝国は解体されることとなり、もともとの人族を現状は各国で援助をしつつ、今後どうするかという話が、国家間で話し合い真っ最中とのこと。
迅たち一行は神聖国へ戻り、かわらず平穏な日々が戻りつつある。マーナは本体に戻った当初、しばらくの間眠りについた。あの状態は長い時間行うと完全に剥離してしまい、もとの状態に戻れなくなるのだそうだ。
確かに時間的制約も聞いていたような迅だったが、マーナが心配かけまいと無理をしたのだろう。そして深い眠りから覚めたマーナを合図に、迅は河原で一人土手の上に腰掛ける。
ゆったり流れる川面を眺めながら、ポケットから預かったものを取り出し火をつける。
その日の夜『カランっ』と乾いた音とともに扉を開けると、そこで待つ、柔和な目で微笑む顔をみる。
「やージン君」
「ハーイ。ジンさん」
「社長ーっ! べスさんっ! 」
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