第25話  転換期

 マーナがおもむろに訊く


「クリスさん、どうしてあなたがここに? 」


「今起こりつつある世界の変動を報告に帰って来たとき、マーナ様がお戻りになられると聞きましたので……それに今パーティーはランドル不在の為活動してません」


「センパイどうしたんですか? 」


 迅はセンパイこと虎獣人ランドルの話題にすかさず口を挟む。


「例の鉱山の件で亜人国に戻りました」


 そこまで話が広がっていることに動揺する。確かに今回の事件は熱血漢そのものといっても過言ではないランドルならば、居ても立ってもいられないことだろう。クリスはそのことに直接かかわりのある、マーナと迅の付き添いと案内役を買って出たのだそうだ。他にも訊きたいことがあったのだが、


「まず、馬にお乗りください。詳しくは里についてからに」


 クリスを含めた五人のエルフに連れられ、里と呼ばれる中心地へ向かう。

 

 迅はクリスの背中に乗せてもらっている。この足場の悪さをものともしないその馬は疾走という言葉がふさわしいように走っていた。乗馬に慣れていない迅には生きた心地がしなかったのだが、延々と続くが如く走り続けていく。


 ある斜面を下りはじめるとテッペンの見えなかった木々の高さがハッキリとわかるとともに日が燦燦さんさんと差し始め、クリスが迅に告げる。


「そろそろ着きますよ」


 振り向きつつそう伝えるクリスの言葉に、前方を凝視する。

 眼下に見渡す限りのツリーハウス樹木そのまま使った家街が拡がっていた。あちらこちらで普通に生活を営むエルフの姿が見える。


 そのツリーハウス群の先に目立つ、緑が山のように盛り上がっているところがあり、近づくとそれは巨大なドーム。いくつもの大きな樹木が絡み合いながら弦のようになりそびえ立ち、それが円状に無数にあり、空でまた絡み合い天井を形成している。


「なんですかあれは? 」

「里の都城です」


 そのドーム前で迅ら一行は馬を降り、門をくぐり少しの間都城のなかを歩く。中央に目を見張るような巨木が立っており、その中をくり抜くように社がある。それはいかにも神聖さを思わせる崇高な造りに真剣な心持ちになる。


 クリス以外のエルフをその場に残し、迅はマーナとクリスに連れられその社に入る。薄暗い通路を抜け、祭壇が飾ってあるような板張りの部屋に入ると、所々に精霊が優しい光を放ち部屋全体をともしていた。


 周りを見ると木彫りの像がたくさん置いてあり、マーナが奥に鎮座するように置いてある木彫りの像の前に座る。お祈りを捧げるような様をしたので、迅は倣うようにその斜め後ろに座る。



「久しいのぉ。マーナや」

「はい。永らくご無沙汰しております。ご息災でございましたか」


『うそっ! 』声が出そうになるほど我が目を疑う迅。

 クリスによると木彫りの像だと思っていたのは長老と呼ばれる最高責任者らしく、周りに置いてある像全てが重鎮らしい。長老のことばで周りの像もわらわらと一斉に動きしゃべりだす。


『マーナじゃ』『おお戦士じゃったのお』『どうしてたんじゃ』……


 木彫りと間違えるのも無理はなく、体の半分は既に樹木と融合しているのだそうだ。どのくらいの年月によってその姿になるのかはわからないが、人には測れない悠久の時の流れを大自然と共に生き抜く長寿種エルフの歴史をそこにみる。


「ふぉっふぉっふぉっ。退屈な日々じゃ。お前の婿は見つけたのじゃな。ふぉっふぉっ。『素敵な旦那様を見つけてやる』とかなんとか勇んで、里飛び出したからに……拝ませなさい、その旦那とやらを。ふぉっふぉっふぉっ」

『ひょっひょっひょ』『ふふっふふっふふっ』……


 長老のことばに重鎮らも反応し笑い出す。

 何の話をしているんだ、この婆さんか爺さんかわからないが……


「そ、そのことで、来たのではありませぬ。それに私は真剣に旦那様を見つける為であり、笑い事ではございませぬ」


 何を言ってるんだは、マーナさんも同じだ……って、そんな理由で里出たの?!


「照れるな照れるな」


 木彫りと思えていた顔は意外にも表情が豊かで、上がった口角と細い目の奥にある黒目が見て取れた。


「ですから……今回は、別件で……」


 とマーナがしどろもどろさせていると、


「なんと。婿ではないものを里に入れたのかえ? それがどうゆうことなのかわからぬ年ではあるまいて。照れるな。照れるな。近う寄れ」


 と、長老の黒目が明らかに迅を見つめ手を招く。

 ん。俺呼ばれたんだよな……迅はマーナの横に座り直しながら、


「はい。失礼します。初めまして迅と申します」


「ふむ。ふむ。ふむ。ん。ん。ん。……なんと人族かえ? …………殺す」


「はいっ? 」

「ちょっとお待ちを」


 マーナが、すかさず長老と迅の間に体を入れ


「お話をお聞きくださいませ」

「殺す。殺す」


 冗談ではなさそうな雰囲気に圧倒されそうな迅。

 意味が分からない。人族来ること伝わってたんじゃなかったのか!? 確かに評判最悪だが、一方的すぎる……いや、そもそもマーナさんが手順を間違えてないか? 


「長老、今この国以外の世界では……」

「冗談じゃよ。退屈じゃて……許せ。ふぉっふぉ。」


『ひょっひょっ』『ふひっふひっふひっ』……



 冗談かい!! 木彫りの表情読めん……



「クリスからそれとなくは聞いておるよ。それでどうしたいのじゃ」


「エルフ国も諸国とともに同盟に賛同……」


「帝国を無きものにするのかえ? ……何故あの国を今まで何もせず放っておいたかわかるかえ? ……かわいそうな生き物じゃからじゃ。ほんの数十年の寿命。そのくらいの年月なら好きにさせてよかろう、となあ……じゃが、それがこうゆう結果を招くかえ……ほれみなさい。彼らはこれと同じじゃ。これを潰すのかえ」

 

 長老が何かをマーナと迅の前に投げ落とす。みるとそれはセミの抜け殻。


「潰す必要があります。目に余ります」


「ふぉっふぉっ。それだけじゃないのじゃよ。……彼らの欲の追及は多くのものを豊かにもしておる……他国と盛んに交流しないこの国でさえ伝わっとる。例えば、食。わしらが日常的に食す『料理』と呼べるものも発祥は彼らじゃ。ほりゃ、おぬしの好きな油を使ったもの。


 あんなものわしらの国じゃ何千年経とうが発想すらできぬ。その他にもこの国にはないが馬車と呼ばれるもの。農耕器具。衣類。すべてとはいわんが多くの物は、彼らの案から世界に広まっておるのじゃよ。


 わしは考えるのじゃ……少ない限られた寿命だからこそ必死にもがき、たどり着けるものがあるのじゃと……がしかし、その欲が権力に偏るとおかしな具合になるもんじゃて……カヤクで留めておけばよいものを今また新しいチカラを欲するとはの……転換期じゃろうかのう……」



 すると突然時間が止まったかの感覚に驚き慌てる迅。


 なんだ、誰が? この爺さん!? 不意打ちもいいとこだろ。って知らねーぞ! 勝手に発動しちまうぞ! よせっ。よせっ! 


「よせっ!!」


 声が出ていた。


「ふぉっ。ふぉっ。ふぉっ。長生きしてみるもんじゃ、て」


 ? まだ止まっている。この時の中を爺さんしゃべれるのか? って俺も……


「断罪の力かの……面白いのお。ふぉっふぉっ」





 時間が戻った感覚とともに迅が身を乗り出し声を荒げる。


「おいっ! 不意打ちが過ぎるぞっ! 」


 マーナやクリス、その周りの重鎮らにしたら、突然イキりながら話し出す迅に面食らい、その場が騒然とする。



「迅さんなにを……」

「ふぉっ。ふぉっ。ふぉっ。よいよい」


 長老がその場を制するとともに話を続ける。



「マーナや。好きにするがよい。これより戦士長マーナに、戦の全指揮を任せる……統合意識も任せるそうじゃ。やってみなさい。……迅とやら……その身を宿命に存分に委ねてみせなさい。ふぉっ。ふおっ。ふぉっ」



 なんだったんだ。結局俺はなにもしてないぞ! よくある腕試しみたいなのを想像してたが……

 三人がその部屋を退室する間際、迅に向けて長老が言葉を放つ。



「ふぉっ。ふぉっ。府に落ちん顔じゃな。腕試しならとっくにしとるわい! 何度もお主を殺しかけ、あと一歩踏み込めなんだ! その一歩で、わしと、この大樹がバラバラになる姿がみえたのじゃ。何度も何度もじゃ」



 心読めるのか。ってさっきのが腕試し? マジで殺そうとしてたのか。



「何千年かぶりじゃ。冷や汗というものを搔いたのは……もちろんホントに殺すつもりはなかったぞよ。半歩手前で止めるつもりじゃったが、それすら許されなんだ……それに大事な婿様じゃからのう。ふぉっふぉっふぉっ」




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