第15話 王宮

 呼び出しがかかったのは、二人がシルファの街にやってきて半年が過ぎた頃だった。

 宮殿とは、王族の関係者が領を統治するために配置したもので、一般的な領主の一つ上の位置にいる。

 ただ、呼び方は難しい。

 王ではないし、王族ではあるものの、貴族ではなく、また、領主でもない。


 国主代行こくしゅだいこう、そう呼ばれている。


 筋肉質なその男は、玉座にだらしなく座り、頬杖をついていた。


「――本当に子供じゃないか」

 第一声がこれ。ただ、見た目の態度よりも、言葉に含まれる感情は、特に見下すような感じはない。

「こう言うと悪いかもしれないが、信じられん。暗部を動かし、冒険者を退け、貴族連合を相手に回し、あまつさえ竜を一匹持ってきたとはな。事実なら勲章ものだ」

 彼女たちは動じない。

 緊張して動けない――馬鹿な、そういう態度ではない。

 だったらなんだ?

 黙ったまま、余裕を持って、こちらを見ているのは、どんな理由だ。


 ――よくわからん。


 ならば見定めてやろうと、ゆっくり立ち上がった彼は、そばにあった剣を手に持ち、けれど切っ先は床に向けて。


 威圧スキルを使った。


 王族が王族たる理由は、この威圧にある。威圧、重圧、とかく足枷も多くある身分であるがゆえに、親和性も高く、また、シルファ宮殿は戦神いくさかみの祝福を強く受けていることもあって、戦闘スキルを多く持つ者が国主代行になる。

 隣国との境界に近いのも、理由の一つだ。


 玉間に控える騎士は二人、その威圧をさすがだと思う。

 何度か経験しているが、一気に汗が噴き出して鼓動が早くなる。空気がびりびりと震えるのは、決して錯覚ではない。


 なのに。


「くっ」

 喉が鳴る。

「ああ、すまん、……ははは」

「笑わないの」


 あろうことか、この張り詰めた空気の中、彼女たちは笑った。


「これに何の意味がある? 俺はここにいるぞと、叫ぶほど孤独ではないだろうに。――どれ、ちょっと私も威圧してやろう」


 直後、騎士の二人が崩れ落ちた。


 なんだこれは。

 足に力が入らず、躰が勝手にがたがたと震える。それどころか、足元の床が崩れ落ちるイメージから、一気に目の前が暗くなった。


「ん」

「おっと、いかんな。やめておくか」


 国主代行もまた、後ろに倒れるよう玉座にもたれかかり、ずるずると躰を引きずるよう床へ。

 しばらく二人は無言のまま。

 男は大きく息を吐くと、どうにか座りなおした。


「誉められた判断じゃないわね。威圧なんて、戦闘の合図よ」

「それに加えて、ただ圧を与えるだけでは、手で押しているのと変わらん。芸がないな」

 それはともかくと、シルレアは手を一度叩いた。

「言いたいことは三つよ。いいわね?」

「ああ……、なんだ」

「一つ目、シロハの街は私たちの故郷なんだけれど、その近くに集落を作る予定がある。今すぐじゃないわ、たぶん気づいたらできてるから、覚えておきなさい」

「何をするつもりだ?」

「いずれわかるわよ、大したことじゃない。それに関連して、ドクロクを引き抜く」

「ドクロク? 最近は熱心に研究しているが……そうか、お前たちが接触したのか」

「どうなの?」

「本人の意思を曲げなければ、それでいい。悪いことをしたとは思っている」

「それでも、違う視点を持つ人間は積極的に取り入れてるのね?」

「世の中に、絶対的な正しさなど、ただの危険物だ」

「あらそう。じゃあ最後、――ここにある神殿に案内して」

「目的は?」

「観光よ」

「……いいだろう」

 吐息を落とし、ゆっくりと立ち上がった彼は。

「案内しよう」

「ほう……大剣は良いのか?」

「ああ、必要ない」

 手には馴染まない代物だと、彼は笑った。


 国主代行みずから、先導する。


「お前たち、王宮に潜り込んでいただろう。ドクロクは研究室から出ないタイプだ、接触はここの方が確実だ」

「ふむ、警備されているはずだが?」

「その上で入り込まれいたとしたら? 俺が断わったとしても、別の手段がある。なら断る理由はないも同然だ」

「では、私たちの目的も察しているのか?」

「――いや、それはわからん。わからんが、話を聞く限り、祝福は受けていないそうだな? かといって、そこに関連付けするのも短絡的すぎる」

「ふむ、素直でよろしい。さすがに間抜けが務まる役職ではないか」

「目的を言うつもりはないのか?」

「ここの神殿は、戦神いくさかみに近いでしょ。理由はそれ」

「……何をする気だ」

「こっちには影響ないから、大丈夫よ」

「あちこち壊して暴れ回ることはない。今までやってきた件にしても、私たちの足場を固める意味合いで、筋は通しているはずだがな」

「筋、か」

「そうとも。私たちが暴れ回ったら、この国が回らなくなるぞ」

「面倒だからやらないわよ」

「うむ」

「常識外れなのは、よくわかった……」

 長い階段を下りて。


 神殿は、地下にあった。


 扉は三ヶ所あり、どれも違う鍵で開く。特に術式――いや、スキルは使われていないらしく、物理的な鍵だ。


 おごそかか、という表現で良いのだろう。

 きらびやか、なんてものとは縁遠い、ともすれば人の手がちゃんと入っているのかと疑いたくなるくらいには、物が少ないけれど、どこか神聖さ、静謐せいひつさ、みたいなものがそこにはあった。

「ここだ。俺たち王族関係者が祈る場所でもある」

「そうね」

「どうだ、シルレア」

「問題ない。じゃあ国主代行、よく聞きなさい。――今から、戦神を二人ばかり

 何を言っているんだと、理解が追いつかない。

 いや、理解なんて、できるはずがない。

「できるかどうかが問題じゃないのよ? これから、戦神に関連するスキルが一切使えなくなるから、対処は大変だろうけれど、しなきゃいけないのが、あんたの立場ってものよね?」

「そ――それは」

「ああ、疑問はいらんぞ。どうせ、一日とかからん」

「というわけで、大変だろうけれど、がんばりなさい」


 たった、それだけ。

 追加の疑問も放つ時間がなく、二人の姿が目の前から消えた。


 ――スキルが、なくなる?

 もしそうなったら?


 ことは、一国の問題では、なくなるじゃないか。


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