第81話 聖は変装する



 嶋田聖が、久村司と飛世茉莉乃と別れた後のこと。

 自分の家までの道のりを歩きながら、考えるのはやはりさっき出会った飛世のことだ。


「……綺麗な、人だったな」


 聖の周りには東條院歌織や藤瀬詩帆といった、容姿が整っている女の子が多い。


 もちろんそれには聖も含まれているのだが、聖自身は東條院や詩帆の方が可愛いと思っていた。


 そしてその二人に並び立つほどの容姿を持つ人はなかなかいないのだが、今さっき出会った飛世茉莉乃は、そこに余裕で並び立つ人だった。


 おそらく黙っていれば綺麗な人で、東條院歌織と並んで立っても美しさは負けない。

 だがその性格からかニコニコとしていることが多く、詩帆と同じような天真爛漫な可愛さがあった。


 そしてその二人にはない、歳上ならではの色気みたいなものがあった。


 言葉では少し説明しづらいが、端的にいうと……エロかった。


「……」


 信用していない、わけじゃない。

 司は自分のことを好きだとあれほど言ってくれているし、聖にはそれが恥ずかしいほど伝わっている。


 ただそれは、心配しない、という理由にはならない。


 信用しているし、司が自分のことを好きで他の女性に靡くことなんてないと思っているが、心配なものは心配なのだ。


「それにあの人、なんか司に近かった気がするし……司くんって、呼んでたし」


 聖としては、その名前の呼び方が一番気になった。


 聖は飛世が来てから、二人きりじゃなくなったので咄嗟に「久村」と呼び方を変えた。

 それがわかった司も、「嶋田」と呼んでくれていた。


 しかしそれを全く知らない、気にもしない飛世は、「司くん」「聖ちゃん」と呼んでいた。


 自分が「聖ちゃん」と呼ばれるのはいい、司にも詩帆にも呼ばれてるから慣れている。


 だが「司」と呼んでいたのは、とても気になった。


(私ですら、人前では呼んでないのに……!)


 そう思うと無性に苛立ってきてしまう。


(司も、なんで初めて会った女性に司なんて呼ばれて……いや、それは違うな。おそらく飛世さんは、誰にでもあのような対応をするような人だろう)


 なんとなく詩帆に近い雰囲気を感じたので、それはわかる。

 詩帆も誰にでも分け隔てなく接するので、よくいろんな男子に勘違いされることが多かった。


 今は詩帆が重本勇一を好きだと公言してるので、勘違いされることはなくなったが。


 おそらく飛世さんも、司への接し方を見るといろんな人に勘違いされているのだろう。


 だが司が勘違いすることはない、はず。


 もし勘違いして「飛世さんって俺のこと好きなのか?」とか思ったとしても、彼女の聖がいるのだから問題はない、はず。


(……やはり心配だ)


 そんなことを考えていたら、すでに家に到着していた。

 家の自室に入って荷物を置いてベッドに寝転がって考える。


 考える時はいつもベッドのぬいぐるみを抱きしめる癖があるのだが、聖はあまり自覚がない。


「……どうしようか」


 不安な気持ちのままいるのは、少し嫌だ。

 だからなんとかして払拭したいのだが、特に自分が何か行動してやることはない。


「はぁ、とりあえず宿題でもするか」


 やることもないし、学校の宿題をして今の気持ちを誤魔化そう。

 そう思って椅子に座り、勉強道具を机に広げた。


 それから集中して宿題を……取り組もうとしていたのだが、いまいち集中出来なかった。


 やはり司とあの女性、飛世について気になってしまった。


(今、あの二人は同じバイト先でバイトをしているのか……)


 チラッと時計を見てみると、まだ家に帰ってきてから三十分ほどしか経っていない。


 司が何時までバイトに入るのかはわからないけど、まだ一時間も経ってないからバイトを真面目にやっているだろう。


(はぁ、私は何をしているのだろうな……宿題も集中出来ないし、一度外にでも出るか?)


 いつものようにムーンバックスに行って、飲み物でも買ってきて……。


 そこまで考えると、聖はハッとした。


(私が司のバイト先に行くのは、ありじゃないか……?)


 司のバイト先は普通の喫茶店だ。

 別に聖が行っても何もおかしくはないし、追い出されたりすることもないだろう。


 司も「いつか聖ちゃんも来てよ」と言っていたし、それが今だとしても別に構わないはずだ。


 ここまで司と飛世の様子が気になるのであれば、バイト先に行って確認した方がいいだろう。


(だが飛世さんと会ってから私がすぐに司のところに行ったら、飛世さんに司と付き合っていることがバレるんじゃないか……?)


 飛世には自分と司の関係は、普通の友達だと話した。

 普通の友達のバイト先に、学校から別れた後にすぐに行くのは変だろう。


 偶然を装っていってもバレてしまいそうだ。


 それに司にも「そんな急に来てどうしたの?」と聞かれたら、なんて答えるか迷う。


(飛世さんとのことが気になって来たなんて……は、恥ずかしくて言えないし)


 少し頬を赤くしてから、その考えを振り払うように首を振った。


 そしてどうするか考えた結果……。


「……変装するか」


 聖は何回か変装したことがある。

 少女漫画は自分には合わない、と思いながらも気になるから、少女漫画コーナーに向かった時に、変装していた。


 知り合いに遭遇しても自分だとバレないように。


 あの時は滅多に履かないスカートで女の子っぽい格好をしていた。

 少女漫画コーナーに行くので、そういう格好の方が合っていると思ったのだ。


 だけど今はただ喫茶店に行くだけなので、スカートは履かなくていいだろう。


「ようは、私だとバレないようにすればいいから……顔は隠して、帽子も被るか。服も司には見せたことない格好をすれば、バレないだろう」


 そうして出来上がった格好は全身がほぼ真っ黒で、キャスケットとサングラスをかけた聖だった。

 やりすぎかもしれないが、これくらいしないと司にバレてしまうかもしれない。


「ふむ、我ながらいい変装だな」


 鏡を見て、絶対にバレないだろうという確信を持って頷く。


 ――実際は、見られた瞬間にバレたのだが。


「よし、行こうか」


 そして聖は、司のバイト先へと向かったのだ。


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