第64話 料理上達?



 最強の布陣で料理を作り始めて三十分、またハンバーグが完成した。


「……ギリギリ、ハンバーグね」

「そうですね。下手なハンバーグ、くらいにはなりました」

「なんという進歩だ……!」

「ねえ、それ褒めてるの? 褒められてるの、私」


 藤瀬が作ったハンバーグは、普通のよりは若干形が崩れていたり黒ずんでいたりしているが、誰が見てもハンバーグと言えるくらいのものにはなっていた。


 最初と比べたら明らかな進歩と言えるだろう。

 東條院さんや凛恵は、「これだけ完璧にアシストしてもこれか」という感じに思っているようだが。


 だけど聖ちゃんだけはとても感動しているようだ。


 聖ちゃんは一人で藤瀬の料理を手伝ったことがあるから、その時の大変さを一人だけ知っている。

 しかも藤瀬のダークマターを勇気出して食べて、気絶している経験があるからな。


 料理を作ってまともな食べ物が出来上がったことに感動しているのだろう。


「うー、なんかみんなと比べるとすごい不格好だなぁ」


 藤瀬の言う通り、確かに聖ちゃん達と比べると差が激しい。


 形も色も、食べてないけど味も多分違うだろう。


「藤瀬さん、最初から比べると成長したわよ。最初なんて食べ物を違うものに変えるという錬金術をしてたんだから。そう思うと、ある意味劣化したとも言えるかもしれないけど」

「どうしたらあんな未知の物質を作れるのか謎ですよね」

「詩帆、よくやった。よく食べられる料理を作ったな」

「ねえ、だからこれは褒められてるの?」


 聖ちゃん以外、特に褒める気がないと思う。

 聖ちゃんも褒め方がなかなか酷い。


 小さい子供に「よく自分で手が洗えたねー、偉いねー」と言っているような感じだ。

 まあ……実際そのような感じなのだろう。


 だけど本当に、よくもあの暗黒物質を作った後に、こんなまともにハンバーグを作れるとは。


 聖ちゃんや凛恵が加わって最強の布陣になっても、ぶっちゃけ無理だと思っていた。


 なぜなら原作の作中でも、詩帆はずっと料理が壊滅的に出来ないというキャラだったからだ。

 何かを作れば暗黒物質を作り上げ、学校の料理実習でも一人だけ完全な見学を言い渡されるようなキャラだった。


 だから失敗するんだろうなぁ、と心のどこかでは思っていた。


「これは食べられるよね? 久村くん、味見してみて!」

「……わ、わかった」


 藤瀬に出来上がったハンバーグが盛り付けられた皿を手渡される。


 見た目は不格好なハンバーグだ、特におかしな点はない。

 匂いも少し焦げた感じだが、ハンバーグの匂い。


 ……だがめちゃくちゃ怖い。

 さっきまで暗黒物質を作っていた人の料理を、何の警戒もなしに食べられるわけがない。


 チラッと聖ちゃん達の方を見る。


 聖ちゃんも固唾を飲んで俺が食おうとしているハンバーグを見つめている。


 凛恵と東條院さんも味が気になるのか、こちらを見ていた。

 用意された箸で一口大にする、柔からさもおかしな点はない。


 覚悟を決めて……一口!


「……あっ、美味い」

「ほんとっ!?」


 俺が思わず漏らした言葉に、藤瀬が目を輝かせて反応した。


「ああ、普通に美味いと思うぞ。ちょっと焦げてる部分とかはあるけど、普通に食える」

「よかった……!」


 俺は二口目も食って感想を伝える。


 うん、ハンバーグだ。

 見た目通り、少し焦げた感は否めないが、全然食える。


 俺の味見……いや、毒味したのを見て、聖ちゃん達も藤瀬が作ったハンバーグを食べる。


「本当ね、普通に食べられるわ」

「うん、食べられます。普通に美味しいです」

「き、気絶しない……! すごいぞ、詩帆!」

「さっきよりは褒められてる気がするけど、なんか違う気がする。特に聖ちゃん、気絶しないのに驚くの?」


 逆に食べ物を食って気絶するって、どんな毒物を使ったんだって話だけど。

 毒物を一切使わずに一口食べただけで聖ちゃんを気絶させるなんて、本当に何かしらの錬金術だよなぁ。


「詩帆的に、何が一番変わった点だと思う? 私とやった時は何回やっても、こんな普通に作れなかったのに」

「なんか棘がある言い方だね、聖ちゃん。だけどそうだね、一番わかりやすかったのは、レシピが紙に書いてあったことかな」

「つまり……久村が言った案のことか」

「えっ、そうなの?」


 俺が言った案が、一番藤瀬に合っていたのか?

 こんなに料理が上手い人達が教えてくれていたのに?


「うん、紙に書いてあったことをなぞってやればこれが出来たから。聖ちゃんと東條院さんが教えてくれたのは嬉しかったけど、やっぱり口頭だったから少しわかりにくかったのかも」

「紙に書いてあることを、口頭で説明しただけなんだけれど……」

「私もそんな感じだったのだがな」


 東條院さんと聖ちゃんが思わず苦笑いをした。

 ま、まあ人によってやりやすいとか、やりにくいとかあると思うからね。


「だけどそれだったら、今後はレシピを見てやればだいたいの料理出来るんじゃないんですか?」

「あっ、そうなのかな? もしかしたら私、もう一人で料理出来る!?」

「そんな簡単な話、なのか? それだったら私がやってきたことは、なんだったんだ……」


 藤瀬のために身を粉にして頑張って料理を教えていた聖ちゃんは、少し落ち込んだようにそう言った。


 だけどそんな簡単な話なのだろうか?


 料理が壊滅的に下手な藤瀬が、ただレシピを見れば本当に出来るようになるのか?


「じゃあ藤瀬さん、私達が見ててあげるから、違うものを作ってみましょう。何か作りたいものはあるかしら?」

「うーん、お弁当に入るようなものがいいなぁ。ほら、重本くんにお弁当作ってあげたいし!」

「……この私に教わりながらよくそれが言えるものね、さすがだわ」


 完全な恋のライバル同士である、藤瀬と東條院さん。


 今回、東條院さんは完全に恋敵である藤瀬に、塩を送る形となっているのだ。

 まあそれが罰ゲームだからな、しょうがないと思うが……藤瀬もライバルを意識させることを言うのか。


 藤瀬ってほんわかな見た目をしてるけど、意外とはっきりと物申すタイプなんだよな。


 そのくらいじゃないと東條院という規格外の女性と戦えないとは思うが。


「ふふっ、大丈夫だよ。私と東條院さんがそれぞれお弁当作って持っていっても、重本くんならどっちも完食してくれるよ」

「ええ、そうね。勇一の食欲なら食べきれると思うけど、あなたがさっきの暗黒物質を持ってきたら、勇一が食べようとしても絶対に止めてあげるわ」

「うっ……そ、そうならないように頑張るから」

「ふっ、せいぜい頑張ることね。お弁当の具ってなると、そうね……唐揚げとかはどうかしら。比較的簡単に作れて、お弁当にも入れやすいわ」

「そうだね! それでお願い!」


 ということで、次は藤瀬が他の人の手を借りずに唐揚げを作ることとなった。


 レシピは藤瀬のスマホで調べたもので、わかりやすいように紙に印刷して見やすいように目の前に置いておく。


 あんなダークマターを作っていた藤瀬が、さすがにレシピを見ながらしたら料理が出来るようになるなんてことはないと思うが……。



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