第26話 呪いも事前調査が肝心

 二人に不思議認定されてしまった泰久は、考えろと言われても困ってしまうだけだった。

 しとねに包まりつつ、ここに来た時はどうだったっけと思い出す。

 しかし、思い出すのは巻物だけだ。これがあれば晴明に会えると確信し、ひたすらに会いたいと願っただけだ。

 そこに何らかの考えが及ぶことはない。

 不思議な巻物は不思議な巻物だ。

 しかし、この回答で晴明も保憲も納得してくれないことはすぐに解る。

 何がどうなって。ここを突き詰めなければならない。

「ええっと」

 巻物があって、会いたいと願って。

 他は何だっただろう。三日ほど書庫に籠もっていたことくらいか。

「ううん、解らん」

 解らない限り帰れないというのに、答えはどこにもない気がしてきた。泰久はどうなっちゃうんだろうと不安になりつつも、まだまだ教えて貰わなければならないことがあるからと、無理に自分を納得させて眠りにつくのだった。



「まだあの時の依頼って終わらないんですね」

「終わるわけないだろ。それどころか中将殿のおかげで評判が高まり、さらに依頼が舞い込むほどだ。おかげで俺の仕事が滞る」

 翌日、泰久は晴明とともに牛車に乗り、あちこちの貴族の邸宅を訪ね歩き、あの時の文の山にあった問題を解決していくという仕事を手伝っていた。ちなみに保憲も別の牛車で同じ仕事に繰り出している。二手に分かれてまとめてやらないと終わらないという判断からだ。

 しかし、依頼は家鳴りの解決から本当に誰かが呪った形跡まで、大小様々な依頼があってびっくりさせられる。だが、やはり一番驚くのは呪った跡だろう。

「晴明様たちは人為的に不思議を作り出していますが、これに関してどう思うんですか」

 とある貴族の邸宅の床下から回収された壺、不気味な人の顔が描かれており、さらにその中に人の髪の毛が大量に入った物を指差し、泰久は訊ねる。

 はっきり言って同じ牛車に乗せたくない代物だ。しかし晴明は平然とそれを回収し――実際に回収したのは安倍家の手下として働く人だが――乗っけてしまった。

 おかげで不気味な壺は二人の間に置かれている。

「気持ち悪いなとは思う」

「で、ですよね」

「でも、これを床下に埋め込む方が根性がいるよな、とも思う。人毛はどこでも手に入るからいいとしても、わざわざ貴族の屋敷に入り込んで埋めるのは面倒だ」

 同意が得られたかと思えば、全然違う感想を言ってくれる晴明だ。確かに誰かが埋めなければ発掘できないわけだけれども、感想ってそれだけか。

「そう言えば、どうして解ったんですか?」

 依頼は最近体調が悪いというものだったはずだ。そこからどうして呪いの壺を発見するに至ったのか、そこが解らない。

「簡単だ。宮中の噂を丁寧に拾えば解る。あの依頼人は呪われている自覚があるから、体調が悪くなっていたわけだ。ということは、どこかに呪いの何かがあるのだろうと思うのは当然だな」

「そ、そういうものですか」

 全く納得出来ない説明ですと、泰久は食い下がる。

 ただでさえ巻物の謎に頭を悩ませているのだ。何をどう考えればいいのか。その方法をしっかりと学びたい。

 晴明はやれやれという顔をしたが、学ぶ姿勢は評価しているので、仕方なく説明を始める。

「つまり、先ほどのお方には政敵がいるということだよ。そしてその政敵は、さすがに陰陽寮に依頼を出すことなく、どこぞの誰かに呪いを依頼した。だから俺たちが使う方法とは異なる方法だってわけだ。さて、どうして床下にあるかと解ったかといえば、予め犬を使って捜索させておいたからだ。頭髪からする異臭を犬が察知していたので、後は目の前で掘り出してやるだけで良かったというわけさ」

 簡単だろと晴明は言うが、そんなに簡単ではない。

「ええっと、つまり、今日来る前に予備の調査をやっていたと」

「当たり前だ。せっかくいる手下を使わない手はない。俺の母が使っていた者たちは皆優秀だ。さらに賀茂家の人員もある。あの文の山の事前調査なんてすぐに終わるさ」

「・・・・・・」

 なんかもう色々と凄い。泰久は要するに人海戦術ってことですかと目を丸くするしかなかった。

 しかし、事前調査をしていることは、前回の中将の件で解っていたことだった。保憲はあの姫から依頼内容を聞く前に、どこの誰かを特定していた。つまりは調べてから依頼人の話を聞きに行っている証拠だ。

「これ、どうするんですか」

「それは当然、持ち主に返すだけだ」

「も、持ち主というと」

「政敵殿だな。依頼された法師陰陽師の特定は後だ。どうせその政敵殿がどうなっているんだと呼びつける。貴族は呪いがまやかしなんて知らないから、壺が屋敷に戻ってきたとなれば恐れ戦く。必ず呼び出されるだろう。そこを襲えば万事解決だ」

「お、襲えばって」

 襲うんですか。泰久は何かと荒事だなと呆れてしまう。この時代の陰陽師は、呪いに関しては本当に武闘派だ。

「それはそうだ。殿上人のやらないことを引き受けるのが俺たちの仕事だからな。法師陰陽師の始末も入ってくる」

「はあ」

「まあ、陰陽寮以外の仕事ではあるけどね」

「ですよね」

「今後、ますますこっちの比重が大きくなるのは、お前の知っての通りだ」

「ですね」

 ああもう、知れば知るほど頭を抱えたくなる。泰久は本当に不思議な術ってないんだなと呆れるしかない。

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