第22話 百鬼夜行

 さて、姫君が終わったら次はあちこちで浮名を流している中将だ。

 あの脅かした姫と呪いの姫以外にも通っているところがあるそうで、そこへ行く途中を襲って脅かすという。

 脅かす場所はあははの辻として有名な、大内裏の南東、二条大路と東大宮大路が交わる辻だ。ここは説話で百鬼夜行が出たと伝わる場所なのだが、晴明がここにいるということは、その百鬼夜行も裏があるということだ。

「晴明様、まさか百鬼夜行を起こすのですか」

「そうだ。そんなことまで伝わっているのか」

 晴明はどうなっているんだという顔をする。泰久はそれに慌てて、晴明が退治した話はないと弁明する羽目になった。

尊勝陀羅尼そんしょうだらにを唱えると追い払えると伝わっています」

「ほう。殿上人の方がよく持ち歩いている経文だな。矛盾はしていない」

「そ、そうですか」

 それってお経を唱え始めたら脅かしの効果があったと判断しているということか。泰久は先日のお祓いの真相に続いて、再び倒れそうになる。

 こんなにも総てに裏があっていいのか。そんな裏切られた感が勝ってしまうのだ。要するに現実を直視したくないがために倒れてしまう。が、倒れたところで保憲に大笑いされて終わるだけだ。

「あれだな」

 そして、倒れている暇もなく、ゴトゴトと牛車が近づく音がした。随身ずいじんが持つ松明が、闇夜を照らしている。

 この時代は八百年後よりも闇が濃い。大内裏の周りは特にそうだ。それはもちろん、貴族の大きな邸宅が建ち並び、商人や町人の家が少ないからだろう。当然、町歩きをしている人も少なく、しんとしている。

 そんな場所に、突如としてけたたましい笑い声が響き渡った。男女入り乱れた笑い声が響く。

「うわっ」

 晴明の手下がやっていると解っていても、これは怖い。泰久は思わず晴明の狩衣の袖を掴んでしまった。

「向こうもびっくりしているな」

 晴明はそれを面倒臭そうに払おうとしたが、前方を確認するのを優先した。突然の笑い声に牛が怖じ気づいて止まり、さらに随身や牛飼い童たちも身を震わせている。

「さて、もう一つ」

 晴明が指笛を吹く。その高い音もびっくりさせられるが、続いてがちゃがちゃと色々な物が動く音が響いて、より怖さを増す。

 まさに百鬼夜行だ。泰久も本気でビビっていた。晴明にくっつき、思い切り迷惑な顔をされてしまう。

「お前は何をやっているか知っているだろう」

「し、知ってますけど」

 そんな押し問答をしていると、牛車が方向転換して去って行くのが見えた。どうやら別の姫君の元に通うのは障りがあると判断したようだ。こうなると、中将は三日ほどは物忌みをすることになるだろうか。

「これで終わりですか」

 いつの間にか騒がしい物音も笑い声も聞こえなくなり、泰久はほっとした。しかし、恐怖で晴明の狩衣を掴んだままである。

「いや」

 しかし、晴明はこれで終わりにしてやるかと、悪い笑みを浮かべている。

「ま、まだやるんですか」

「あの中将のせいで仕事が増えるからな。もう一押しだ」

「はあ」

 晴明も意外といい性格をしているよな。泰久は晴明にくっついたまま、そう呆れてしまう。

「中将の屋敷に先回りするぞ」

 その晴明は子孫が呆れていようと気にすることなく、それどころか泰久を抱えて移動を開始するのだった。



 牛車の中で、中将は震えながら過ごしていたんだろうな。

 泰久は牛を急かせて邸宅に戻ってきた、年若き中将の横顔の真っ青具合にそう思った。だが、恐怖はまだ終わらないのだ。

「ひっ」

 屋敷の中に入ってほっとしたのも束の間、またがちゃがちゃという音がしたのだ。屋敷の廊下の下に晴明の部下たちが潜んでいて、それぞれ手に色んな物を持ってそれを打ち鳴らしているのだ。

「物の怪だ」

「殿」

「如何いたしましょう」

 屋敷の中は大騒ぎである。ここでまた乗り込むのだろうかと晴明を見たが、晴明は出て行こうとはしない。壁に張り付いたまま、状況を確認するだけだ。

「ど、どうするんですか」

「夜が明けるまで待機だ」

「ま、マジですか」

 まさかの夜中このままやり続けるという。ちょっと中将が可哀想になるほど粘着質な嫌がらせだ。

「ふん。日頃の所業が悪いせいだ。ここ二年、あの中将絡みの依頼が五件もあったんだぞ。いい加減に色好みは止めてもらいたいところだ。お前は帰るか」

「い、いえ」

 ここで一人で帰れと言われても怖いです。泰久は晴明に付き合うことにした。

 こうして一晩中脅かされた中将は、翌日から物忌み。そして三日後、陰陽頭に正式な依頼を出してきた。

「念入りなお祓いを頼むということだ」

 忠行はやり過ぎだろうと晴明と保憲を見たが

「念入りにやっても、本人の浮ついた心が治らなければ、また出るのにねえ」

 保憲は取り合わずにそう言って笑うのみ。晴明に至ってはせいせいしたという顔をするだけだ。

「泰久君。君、儀礼的なことは出来るんだったな。お祓いを手伝ってくれ」

 そんな二人の反応に忠行も諭すことを諦め、代わりに陰陽寮の手伝いとして泰久にお祓いの手伝いに入るように命じるのだった。

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