第14話 身分
江戸時代の身分制度は士農工商と呼ばれるように、武士を頂点としている。しかし、平安時代は太政官制だ。一番上はもちろん太政大臣で、そこから位階どおりの身分となる。正一位から少初位下まで三十の官位が存在する。
これだけでも十分に違うのだが、貴族の中でも五位以上かどうかが問題となる。五位より上が殿上を許される身分であり、それ以下は帝の姿を垣間見ることさえ叶わない。
さらに位階を得られていない人と得られている人には大きな差があるし、そもそも大内裏に出入り出来るか出来ないかでも差がある。
陰陽寮で考えると、殿上が許される地位にいるのは頭の忠行のみだ。暦博士の保憲は従七位上で、貴族ではあるが下っ端。さらに晴明は天文生なので、ただの学生だ。大内裏の出入りは許されているが修行中で位階は持っていないことになる。
「貴族と使用人の差みたいなのもありますしね。あと、俺の時代で言う賤民の割合がこの時代は高いですよねえ」
泰久がしみじみと言うと、意外とちゃんと観察しているじゃないかと晴明は感心する。ぼんやりしているし情けないところも多いが、一応は陰陽博士を務めるだけのことはある。
「賤民と呼ばれる人たちの割合が高いのには理由がある。それはこうやって平安京に都が定まるまでの間に、朝廷に従ったか否か、だ」
晴明は説明するぞと、まずこの点を指摘する。
「従ったか否か、ですか。それって、謀反を起こしたとかですか」
「違う」
しかし、やはり感覚の違いが露呈した。どうしようかなと晴明は悩み
「例えば賀茂家だが、その祖は大和の葛城にあり、帝に従うと決めた一族だ」
これは知っているかと確認する。
「はあ。確か寝返って云々と益材様が言ってました」
「そう。寝返ったということは、それまでは従っていなかったが、他を裏切って帝を取ったということだ。つまり、その他大勢は従わなかった人ということだな」
「ははあ」
つまり氏族単位で考えろということか。賀茂家や安倍家は従った人たちということになるわけだ。そう泰久が理解したところで、晴明は本題に入る。
「それで、だ。従わなかった人々は当然ながら虐げられる。朝廷を乗っ取るような動きをされては困るからな。そして鬼という烙印を押される」
「えっ」
「鬼とは人ではないもの。つまり、人とは認められない人のことだ」
「・・・・・・」
つまり、差別用語ということか。泰久は黙り込んでしまう。では、今、内裏に鬼が出たというのは――
「鬼と呼ばれる人」
「ああ。許されない者が出入りしたということだろう。そこまで解れば、陰陽師が調伏するというのがどういうことか、解るだろ。前回見たのと同じってわけだ」
晴明はそう言ってやれやれと溜め息を吐く。
「晴明、説明は終わったかな」
と、そこに束帯に着替えた保憲がやって来た。殿上は許されないが内裏に入ることは出来る。その場合は正装をしなければならないので、着替えていたというわけだ。
「保憲様も向われるんですね」
それに晴明は手筈はと確認する。
「ああ。晴明は始末のための準備を頼む」
「了解しました」
「それで、泰久君は」
名前を呼ばれて、泰久はびくりとしてしまう。しかし、じっと保憲を見返した。
総てを知りたい。そう思うのならば、こういうことからも逃げてはいけないはずだ。呪術ではない本質を見るためには、こういう部分は避けて通れない。
「お手伝いします」
きっぱり言う泰久に、晴明はやれやれとこっそり溜め息を吐く。保憲は少し意外だなと思ったが
「解った。晴明に従って動きなさい。決して無理はしないように」
と忠告する。まだどういう奴が入り込んだのかは不明だが、内裏の中まで入ったとなれば、それなりの覚悟をしていることだろう。
私怨なのか一族の長年の恨みなのかは不明だが、全力で抵抗してくるだろう。危険が伴う仕事だ。
「暦博士様。お早く」
保憲を呼ぶ部下の声がする。保憲は泰久の肩を叩くと、刀と弓矢を受け取って走って行った。その姿は武官さながらだ。
「大丈夫だ。保憲様が手を下すわけじゃない。俺もそうだ。抱えている部下がいるからな」
「はあ」
緊迫した状況に飲まれている泰久だが、二人が手を下すわけではないと解ると少し緊張が解ける。そして、部下とはあの日も見た、こそこそと動いていた人だなと気づく。
「賀茂にしても俺の母方の実家にしても元締めみたいなものだからな。駒には困らないさ。その駒も、同じく鬼とされる人々だけどね」
晴明はそう言うと、自嘲的に笑ったのだった。
内裏の中はすでに大騒ぎだった。戦うのには武官も参加するのだが、五位以上の武官はお飾りに過ぎない。実質的に戦うのはこの時代の武士と陰陽師だ。
「一先ず外に追い出すんだ。このまま右衛門の陣まで追いやれ」
中に入り込んだのは一人だが、すばしっこい。相当身体を鍛えているようだ。忠行は指示を飛ばしつつ、難しい相手だと舌打ちしてしまう。しかも麻で出来た黒色の服を纏っているものだから、すぐに夜闇に紛れ込まれそうになる。
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