第11話 観測は大事
とはいえ、それをちゃんと数字として見たことがなかったので、泰久はどうやってこの表を見ればいいんですかと、根本的なところから聞く羽目になる。
「日時計は知っているか?」
あまりに何も知らない様子に、晴明も教えてやるかという気持ちが萎えてくる。本当に、八百年後はどうなっているのやら。何も知らず、何も出来なくても陰陽博士が出来るなんて、よほど平和な時代なのだろうか。
「日時計は改暦騒ぎの時にうちにも設置されました。とはいえ、真剣にやったのは、渋川さんから手解きを受けた先々代だけで、尻すぼみになってしまったんですけど」
お恥ずかしいと、泰久はしゅんとしてしまう。家にあるのにやってないって、一体何をやっているんだという話になる。
「はあ。ともかく、実物を見に行くか。丁度良く晴れているしな」
晴明はそう言って先に歩き出しつつ、これは天文関係も実際に見てやらせて覚えさせるしかないなと心に決めていた。
陰陽寮の中庭には、太陽の動きと星の動きを観測するための観測所があった。観測所には大きな観測用の
ちなみに、日本にはこの渾天儀が遣唐使を通じて入ってきており、この時代にはすでに地球が丸いことも知られており、空の動きに関してもある程度の知識があったのだ。
「凄いですねえ」
「まあな」
一体何だという観測所に詰めていた人たちの視線を受けつつ、二人はさらに中庭の南側にある日時計へと向う。日時計は一定の目盛りが地面に描かれ、その中心に棒があるもので、影の長さや向きによって時刻を知ることが出来るものだ。
「それだけでなく、夏至と冬至を知るのに必要だな。特にその時の日の長さを正確に捉えることで、暦の正しさを担保することが出来る。さらに冬至は必ず十一月とすると決まっているから、ここで妙なことが起こっていないか確認することも出来るな」
「な、なるほど」
日時計だけでも出来ることはあるのか。泰久はふむふむと頷く。しかし、まさか冬至がそれほど重要だったなんて。
「他の日も毎日、正午にあたる日の影の長さと角度を測っておく必要がある。それと日の出日没の時間、方角の確認だな」
感心している泰久に、まだやることがあるぞと晴明が付け加えた。それに泰久は太陽だけでも複数に確認しないと駄目なんですねと、すでに心が折れそうだ。
「まったく。本当に学問の要素が消えてしまっているんだな」
「申し訳ないです。改暦の時にしっかり学んだとはいえ、どうしてもそういう方面は地味というのと難しいというのがあって、幕府がやってくれるならば任せるかとなってしまっています」
はあっと、泰久は大きな溜め息を吐いた。
算術が出来ないといけないことを知る機会があったというのに、それをすぐに忘れてしまうというのはどういうことだろう。ここはしっかりと観測の仕方を学ばないといけない。が、ここであの三角形の斜辺が絡んでくるんだろうなと思うと、ちょっと憂鬱だ。
「さて、気を取り直して部屋に戻るか」
どんよりと凹んでいる泰久がいると仕事の邪魔になりそうなので、一先ず部屋に戻ることにする晴明だった。
「いやあ、大変そうだねえ」
「他人事じゃないでしょ」
部屋に戻ると、保憲が何も進んでいないねえと呑気なことを言ってきたので、晴明が無茶苦茶言うなと言い返している。それを泰久は申し訳ない気持ちで聞くことしか出来ない。
「まあいいや。観測所の見学に行ってきたというわけか」
「はい。そして、案の定、何も知りませんでした。惑星の動きに関しても曖昧みたいですね。今夜が丁度当番なので、そのまま泰久にも見学してもらいます」
晴明はやれやれと言うが、ちゃんと教える気が続いているようなので保憲としては安心だ。泰久も解らないことの連続で凹むものの、夜の観測と聞いて目を輝かせている。
「地味だよ」
保憲は思わずそう言ってしまうが
「いえ。何も知らないからこそ、しっかり覚えたいんです。さっきの観測所で三角形のあの斜辺がどれだけ重要かも気づきましたし」
と泰久は握り拳を作った。
先ほど見た観測所は予想以上にしっかりしたもので、泰久の認識を大きく変えることになった。ぼんやりしていては駄目だという気分になるには十分だったのである。
「それは一歩前進だね。とはいえ、それは数値を出すための手段。そこから暦を計算することや惑星の動きを計算するのは、また大変だけどね」
「ぐっ」
「保憲様、やる気を潰してどうするんですか」
せっかく出来るかもと思ったみたいだったのにと、晴明は溜め息を吐く。この人は純粋すぎる泰久で遊んでいるのだ。
「ははっ、ごめん。じゃあ、夜までの間、ここの欄の数字、これをこっちに書き出してくれるかな」
保憲はそれではと、泰久にも解りやすいように、表の一つ、太陽の四季による動きを記した場所を示した。
「わ、解りました。写すだけでいいんですか」
「そう」
これも一つの訓練になるよと、保憲はそう言って軽やかに去って行くのだった。
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