第19話 着せ替え

「あっつー」


詰田が、下敷きで自分の顔を扇ぎながら言った。

他にもパタパタと手で扇いだり、部活で汗を流して来ている人も少なくない。

空にも大きな入道雲が見えるようになって来たし、もうすっかり夏だ。

そんな中ロメリアが、俺と文恵と詰田に見て欲しいものがあると言って来た。

まぁもちろん、それが何なのか俺はもう知っているのだが。


「今から、手品をします」

「おー」

「手品?」


ロメリアは、ポケットからハンカチを取り出し、そっと机の上に置いた。

そして「あっ」と気付き、そのハンカチを両手でつまみ上げ、俺達に見せた。


「種も仕掛けもございません」


ハンカチを表裏両方見せ、再び机の上に置く。

次に、自分の両手をハンカチの上へ構えた。

ロメリアは「むむむ......」と唸り声を上げ、力むように見せた。

そして目を見開いて、「風よ!」と叫ぶ。

するとハンカチはフワリと空中に浮かび上がり、フワフワとその場で漂い始めた。


「「おぉ......!」」


ロメリアの手品は、これくらいではまだ終わらない。

手を右へ左へ動かす度、ハンカチもそれに操られるように右へ左へと動き回る。

最後にはロメリアの体の周りをグルグルと回る事さえやってのけた。


「おおー!!!」


二人は拍手をする。

俺も、何とか成功させたロメリアを称え拍手をした。

嬉しそうにするロメリア。満足気な表情でも、やはり可愛かった。


「もしかして、私の手品見て憧れちゃったかな?まぁ私と良い勝負って所かなぁ」


文恵は何故か得意気な表情でニヤつき、詰田も「すごっ!?」と思わず前のめりになっていた。

良い反応だ。

ずっと練習していたからな。

ようやく見せられて、ロメリアも嬉しかっただろう。練習したかいがあったというものだ。

まぁ言ってしまうと、これには種も仕掛けも無い。正真正銘の魔法であって、本物のマジックだ。

だから、これは手品でも何でも無い訳だが。練習していたのは手品に見せる魔法。

誰にも真似出来ないが、出来そうな雰囲気でやるという演技の方を練習していたのだ。

中々良かったぞ。流石はロメリアだ。


「おーい席につけー。ホームルームを始めるぞー」


今日は、中々良い気分で朝が始まった。


─────────


「えー、来週からプール開きだ。水着の指定は黒か紺。派手なやつもNGだ。各々用意しておくように」


そうだった......来週からプールでの授業が始まる。

水泳か。もう長いことやっていないが、俺はまだ泳げるのだろうか。

この学校のプール授業は、男女共同でやるそうだ。

水着も、指定のものなら自由だ。まぁ流石にビキニの者は居ないらしいが。


「水着を買いに行きましょ!」


ホームルームが終わると、すぐに詰田が駆け付けてきてそう言った。

狙いはいつも通りロメリア。ロメリアも、あまりの威圧に少し圧倒されていた。


「あんた達もね」


おいおい、その「達」には俺も含まれてるのか?

文恵ならまだ女子だから分かるが、俺は男だぞ。

確かに、俺も水着は持っていないし買わなくちゃ行けないけど。


「私も?」

「当たり前でしょ?私だけじゃ、アルメリアさんの水着を選び切れないわよ」

「......なら仕方ない」


仕方ないのか。

俺にはよく分からないが、文恵は納得したようだった。


「スミトさん」


詰田と文恵が話している間に、ロメリアがコソコソと俺に話しかけて来た。


「ミズギとは、何でしょうか」


そうか。ロメリアのいた世界には水着は存在しなかったか。

またこれも教えないといけないが、恐らくプールも分からない事だろう。


「人が水を溜めて作った海のようなデカいやつをプールって言うんだが、それに入る時に身につける衣装......みたいなものかな。まぁ見た方が早いだろう」


やはりロメリアに説明する時は、結構困る事が多いな。

普段は当たり前のように使っている言葉も、意味や理由を聞かれると答えるのが難しいものばかりだ。


「じゃ、土曜は空けておいてよね!」


詰田がウキウキで言う。

そんなにテンションが上がる事なのだろうか。

まぁ嬉しそうにしている人を見るのは、悪い気分では無い。

ロメリアも、未知の単語に少し興味があるようだしな。

文恵は......少し嫌そうだが。

昔からプール苦手だったもんな。泳げないと言って、俺がずっと教えていた記憶がある。

俺はそんなに泳ぎが得意という訳でも無いが、25メートルプールを端まで泳ぎ切るぐらいなら出来る。

ロメリアは泳げるのだろうか。

プールは無くても、海はあるだろう。しかし、異世界の人の泳ぎとは一体どんなものなのだろうか。魔法で泳ぐのか。何を着て海に入るのか。


「ロメリア」

「はい。何でしょうか」

「ロメリアの居た世界では、海に入ったりするのか?」


俺は別に歴史に詳しいわけでもない。だが、この世界の事をよく知らないのにロメリアの世界だけやたらと興味が出てくる。

不思議なものだ。やはり、ファンタジーというのに魅力を感じるからだろうか。

ネットで検索しても絶対に出てこない、別の世界の歴史だからだろうか。


「この世界の人と同じように、私達も海に潜って狩りをしていました。私自身は、やった事ないですけど。海の魔物は陸の魔物よりも大きなものもいるので、潜れるのはそれなりの強者だと聞いております」


魔物というのは、ロメリアの世界にいるモンスターのようなものらしい。

凶暴化した動物......?とか何とか。

まぁゲームとかでよく見るものと大体同じだろう。


「プールには魔物なんか居ないからな。存分に泳げるぞ」

「それは楽しみです」


ロメリアがプールで驚き過ぎないように、事前に教えておかなければいけないことが多いな。

しかし俺も、高校のプールは初めてだ。

プール自体久しぶりたし、泳ぎ方を忘れていなければ良いのだがな。



──────────



デパート。

前もロメリアと来たことがある、クソでかいデパートだ。

俺達四人は、土曜日の朝からここでお買い物だ。


「琴代海、これとこれどっちが良いと思う?」


詰田は手に持っている二つの水着を交互にあてがって、俺に質問する。


黒い水着と白い水着だ。

色だけじゃなく形も違うのだが、どちらも詰田には合っているように思える。


「俺より、文恵に聞いた方がいいんじゃないのか?それに、どっちも指定のものじゃないぞ」

「そんなの分かってるわよ。学校以外で使うの。で、男子の意見も聞いておいた方が良いかと思って」


そう言われてもなぁ......こういうのは得意では無い。

まぁ、罪田なら明るくて元気な方が良さそうだし、白かな。


「じゃあ白い方で」

「んー、でも濃い色だと体が引き締まって見えるのよね。うん、こっちにしようかしら」


詰田は黒い方を選んだ。

じゃあなんで俺に聞いたんだよ。何だか納得がいかない。


「黒も良いが、俺は白の方が好きだな。似合うと思うぞ」

「そ、そう?もうちょっと考えようかしら」


これでよし。


「文恵は決まったのか?」

「んー、これでいいかな」

「普通の水着とかは買わないのか?学校以外で着るやつ」

「え?何で?別にプール行く予定無いし。例え行くとしても、これでいいしね」


スク水でプール行くのは流石に恥ずかしいとは思うがな......まぁ本人がそれで良いなら......良いのか?


「なんなら中学で使ってたやつでもいい」

「それはやめておきなさい」


いくら背格好があまり変わっていないからって、中学の時のスク水は無しだろう。

興味が無いにも程がある。


「じょ、冗談だし。ちゃんと新しいの選ぶわ」

「......」

「わ!見てよこれ!アルメリアさんにピッタリじゃない?」


詰田が嬉しそうに、フリルの付いた水着を持って来た。

確かフリルの付いた水着はNGだったはずだ。

確かに似合うかもしれないが、これは学校では着れない。


「絶対似合うわ。ちょっと着てみてくれる?」


詰田はロメリアを試着室へ入れ、水着に着替えさせた。


「どう?」

「は、はい。大丈夫です」


カーテンを開け、ロメリアが姿を現した。


「どうでしょうか......」

「ッ!?」


こ、これは......!

俺だけでは無い。詰田も、見に来た文恵も、口を開けて驚いている。

かつて、こんなに美しい人を見たことがあるだろうか。

普段からロメリアは見ているが、こうして露出の多い姿をちゃんと見るのは初めてだ。

美しい曲線美。誰もが目を奪われるような、そんなら魅力がそこにはあった。

モデルの雑誌やグラビアでも、比べ物にならない程だ。

美しいとは、こういう時の為に用意された言葉なのだろう。ロメリアの為の言葉だ。


「あの......」

「驚いたわ......自分で着て欲しいなんて言ったものの、こんな事になるなんて......もう悔しさとかそういうものを全て通り越して、圧倒的な美しさって感じね」

「似合ってるとかそういう次元じゃない。超越してる」


二人は、目を点にしながら普段言わないような言葉を使っている。

この素晴らしい景色を、何とか言語化しようとした結果だろう。


「あ、ありがとうございます......?」

「ちょ、ちょっとまってて!」


詰田は、なにか急いで店の中を早歩きで回った。

様々な水着を手に取り、首を傾げ、ロメリアの方をチラチラと見つつまた水着を手に取る。

そして何着か持って帰って来ると、それらをロメリアに渡した。


「お願いします」

「えっ」


ご丁寧に頭を下げて頼む詰田に、ロメリアは動揺している。

だが、着てくれと頼まれたからには着てしまうのがロメリアなのだ。

訳が分からないと言いたげだったが、とりあえず持って来られた水着を色々と着る。


「おぉ......」


素晴らしい。

どの水着もロメリアに似合っていて、まるでロメリアの為に作られた服なのでは無いかと思ってしまう程に、素晴らしい着こなしだった。

水着を選ぶのは詰田だけでなく、文恵も参加していた。

普段は服に興味が無い文恵が、今はいきいきとして服を選んでいる......ロメリアには、そうさせてしまう魅力があった。

そして気付けば、いつの間にかロメリアの水着試着大会になっていた。


「はぁ、いやぁ良いものが見れたわ」

「それは同感。ロメリアちゃん、何着ても可愛いから......つい夢中になっちゃった」


結構時間をかけて選んだのに結局買ったのはスクール水着だというのは、初めから分かっていた事だった。

だが、一応気に入ったやつも買ったので今度プライベートでプールとか、それこそ海などに行く際に着られるな。

海か......ロメリアはこの世界をまだまだ知らない。

色々な所へ連れて行って、色々なものを見せた方が、ロメリアも楽しいだろう。

もしかしたら、何か異世界へ繋がるヒントがあるかもしれないしな。

今の所、全くと言っていいほど異世界への手がかりを掴めていない。


「次は服を買いに行きましょ」

「まだ買うのか?」

「当たり前でしょ?折角ここまで来たんだから、買いたいものは全部買って行くのよ」


目的は水着だけでは無かったらしい。

まぁ、ここも頻繁に来れるようなものじゃないし、買いたいものがあるなら今買っておくのが賢明だ。


「こっちよ」


俺達は、言われるがまま詰田に着いていく。

わざわざこんな大きなデパートに来てまで、買いたかったものとは何だろうか。

連れ回されて辿り着いたのは、服屋だった。

水着の次は服か。

何だか嫌な予感がしたが、案の定予想通りのことが起こった。

今度は、ロメリアの私服大会が始まったのだ。

水着よりもバリエーションも自由度も高い私服なら、ロメリアの魅力をもっと引き出せると思ったのだろう。

もうロメリアも楽しんでしまっている。

初めは戸惑っていたが、この世界のファッションを勉強出来るとの事で、詰田と文恵の持ってくる服を受け入れていた。

中には、とてもじゃないが街中を歩けないような奇抜なものもあったりしたが......素材が良いのだろう。全然ありだった。

だが、流石に見飽きて来た......とまでは言わないが、そろそろお腹いっぱいだ。

二人は、ここにある服を全て試着させるまで続けていそうな勢いだ。

ロメリアも楽しんではいるようだが、流石に疲れてしまうだろう。


「なぁ、たまにはお前らが着たらどうだ?」

「「え?」」


少し、提案して見る事にした。

ロメリアにばかり着させていては、ロメリアが可哀想だ。

たまには自分達も着てみるといい。そう思ったのだ。

二人とも、顔は悪くないんだからな。


「いやいやいや、私なんかが着たって......」

「ロメリアちゃんだから色々な服が着れるけど、私はそんな似合わないから......」

「そうか?二人もロメリアに負けないくらい良い素材だと思うぞ。試しに少し着てみるといい」

「「......」」


二人は顔を見合わせる。

少し戸惑いながらも、試着室に入って行った。

しばらく経って、試着室から出てくる。

まずは詰田からだ。


「ど、どう......?」


恥ずかしそうに顔を赤らめつつ出て来た。

似合っている。

ロメリアに負けないくらい良い素材と言ったが、あれは本音だ。嘘では無い。

しかし、ここまで良い勝負をするとは思っていなかった。

好みによっては、ロメリアよりも好きだと言う人もいるだろう。


「私は、結構似合ってるんじゃない?」


文恵も、自分で選んだ服を着る。

強気だが、やっぱり文恵も恥ずかしそうだった。

普段こういう服は着ないが、服選びのセンスはあるみたいだな。

雑誌に載っていてもおかしくないようなビジュアルだ。まぁ、オシャレに疎い俺が言っても仕方ないが。

正直少し驚いたぞ。


「二人とも、マジで似合ってる。ロメリアと良い勝負だ」


お世辞では無い。

本気で思っている。だが詰田は鼻を鳴らして顔を逸らし、文恵も恥ずかしがってすぐに着替えようとしてしまう。


「わぁ〜、お二人ともとても似合っております。素敵です!」


ロメリアだった。

ロメリアがキラキラとした目で、二人を見ていた。

ロメリアは嘘をつかない。それは、俺でなくても誰でも気付く事だ。この純粋な眼差しは、本当に思っていることを言っていると分かるものだった。

だからこそ、詰田は少し嬉しそうな顔をしつつも顔を赤らめ、文恵もニマニマと少し不気味な笑みを浮かべた。


「まぁ服はこのくらいにして、そろそろ行こうぜ」


二人は納得し、やっと着せ替え大会は幕を閉じた。

ロメリアの服を何枚か買えて良かった。俺なんかのセンスより、詰田と文恵に任せた方が女の子らしい可愛い服を買うことが出来た。やはり、女子の服は女子に任せた方が良いのかもしれないな。少なくとも、俺が選んだものよりはオシャレだった。

もう帰っても良かったが、ついでに買い物もしていこうと思い、今日の晩御飯を買った。

ついでについでにとキリが無く、詰田達も服の他に色々と買っていた。

大量に買って、どうやって持って帰るんだと思っていたらまさかの俺が持つことになってしまった。

なるほど、俺が呼ばれたのはこの為のようだ。

途中、三人が居なくなったり等色々あって大変だったが......まぁ何だかんだで楽しい一日だった。


「今日は本当にありがとう。楽しかったわ」

「こちらこそ。楽しかったぜ」

「詰田さん。本日はありがとうございました」


良いものも見れたし、買えたし、満足だ。


「たまには遠出するのも良いでしょ?引きこもりのお姫様」

「何?それ私の事?ま、たまになら付き合ってやっても良いかもな」


文恵も、今日は珍しく楽しそうだった。

いつもはあまり仲がよろしくないようだが、今日だけは仲良くやって行けたようだ。


「じゃ、また明日!」

「おう。じゃあな、気を付けて帰れよ」


詰田とは先にお別れし、俺達は三人になった。

しばらく歩くと、次は文恵との分かれ道だ。


「じゃあな文恵。気を付けて帰れよ」

「ん。隅人、ロメリアちゃん、また明日。今日は楽しかった。ありがとう」

「こちらこそ、ありがとうございました。とても楽しかったです!」


これでまた、詰田と文恵とロメリアの仲も良くなった事だろう。

ロメリアが楽しそうにしてくれて何よりだ。

俺も今日は楽しかった。

だが、また学校が始まると思うと憂鬱な事がある。

高校生にもなって、こんな事が嫌だと言うのは気が引けるが......。

俺が嫌なのは、プール開きだ。

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