第12話 図書館

他人が読む本などに、興味はない。

そう思う人がほとんどだろう。

だが、他人ではなく友達なら。あるいは、自分の好きな芸能人なら。

気になる人の好きな本なら、興味が全くないとは言いきれないだろう。


「スミト様、見てください」


俺を呼ぶ声が聞こえた。

向かってみれば、ロメリアが本棚の前で待っていた。

もうすっかり呼ばれ慣れてしまって来ているが、未だにロメリアは俺の事を様付けする。


「人前で『様』は付けるなと言っているのに」

「すみません......向こうの世界に居た時の感覚になってしまいまして」


俺達は今、大きな図書館へ来ている。

『他人の好きを読もう!』というイベントに向けてロメリアのオススメの本を探しに来ているのだ。何せロメリアは、この世界の本をまともに読んだ事が無い。

期限は二週間。その間に、オススメできるような本を探さなくてはならなかった。


「向こうの感覚?」

「はい。ここは、私が知っている図書館にとてもよく似ています」

「へぇ、こんなにオシャレなのか」


中世ヨーロッパを思わせるような円形ドーム型の建築。

二階建てとなっており、まるで本に囲まれているかのような気分だそうだ。

正直、広すぎる故か囲まれているという感覚は薄い。


「で、何か見つかったのか?」

「あ、はい!この本なのですが......」


そう言って、ロメリアは巨大な本棚から一冊の本を取り出して見せた。

暗い色の薄汚れたハードカバーに包まれたその本は、広辞苑ほどでは無いにせよそこそこの分厚さだった。ハリーポッターより少し分厚い。

どこでそんなものを見つけたんだと言いたくなるような、長いこと忘れられていそうな本だった。

それもそうだ。普通、本というものは背表紙にタイトルが書かれているものだ。横に置いていても、分かるように。

しかしロメリアが手にした本には、何も書かれていなかった。

何も書かれていないのでは、手に取る気も起きない。


「なんて題名の本なんだ?」

「分かりません」

「え?」


見ると、表紙にも何も書いていなかった。

ただ汚れた暗い色の表紙。

しかしよく見ると、何か薄らと書いてあった痕跡が見つかった。

何が書いてあるのかさっぱりだが、日本語ではないことだけは確かだ。

いや、これは言語でも無い......?子供の落書きのようにも見える。


「なぜ分からない本を手に取ったんだ?」

「......なぜでしょう」

「?」


ロメリアは変なことを言う。

自分で取っておいて、その理由が分からないってどういう事だ。

気になったからとかでは無いのか?


「この本に惹かれると言いますか......懐かしさがあると言いますか......」

「もしかしたら、ロメリアのいた世界の物かもな」


なんて、そんなことあったりして。

まぁだとしたら、なぜこんな所にあるのかという疑問が生まれる。

本の転生なんて、俺は聞いた事がない。


「そうなんですかね......」

「まぁとにかく借りて読んでみたらどうだ?案外面白い内容かも」


そう言いながら、ロメリアからその本を借りた。

適当にパラパラとページをめくって、どんな本なのか見てみる。


「......何だこれ」


真っ白だ。

一面......いや、全面真っ白のページ。

正確には、少し黄ばんでいるため真っ白とは言えないが。

何も書かれていない。

本の一文字も、何もかも書かれていない。

パラパラとページをめくるも、同じように空白のページが続くだけだ。


「これは......もしかしたら、本当に魔術書かもしれません」

「魔術書?」

「はい。私のいた世界では、魔力を使って作った特殊な本が存在します。その中でも、簡単には他人が読めないようにと、封印されている本もあります」

「封印......か」

「封印の仕方は様々で、そもそもページをめくれないようなものだったり、一定以上の魔力を込めなければ字が浮き出て来なかったりします」


なるほど。

つまり、こんなにも何も書かれていないのは、その封印によるものだと言うわけか。

俺にとっては、どう見てもただの白紙にしか見えないが。


「じゃあこれは、魔力を込めるタイプの封印なのか?」

「いえ......申し訳ございませんが、私には分かりません。封印は、見ただけではどのようなものか分かりにくいものですので」


まぁ、そうだよな。

解く方法が簡単に分かってしまったら封印の意味が無い。

しかし、もし本当に異世界の本であるのならば......封印を解いてみたいと思う。


「ん......?」


何か手がかりを探すように適当に本を見回していると、裏表紙の右下に小さく文字が書かれている事に気付いた。


「何か書いてある」

「え?」


薄くて汚れていて所々欠けている部分もあるが、確かにそれは文字に見えた。

だが、日本語ではないから読むことは出来なかった。英語ならまだしも、俺の見覚えの無い文字だ。しかし確かに文字に見える。

あとは、この図書館で借りる際に使用するバーコードが貼り付けてあるだけ。


「ロメリア、読めるか?」

「えっと......」


ロメリアは近づいたり離れたり、目を凝らしてみたりと試したが、首を横に振った。


「すみません......読むのは厳しそうです。名前だとは思うのですが......」


名前......か。

おそらく、この本を書いた人の名前だろう。

まぁ、もし本当にこれが異世界のものだとしたら、それを知ったところでどうしようも無いが。


「ま、とりあえずこの本は後回しだ。こうして考えていても何も起きない。今やるべき事をやろう」

「......そうですね。そうしましょう」


ロメリアは、悲しげな表情を見せる。すぐにこの本を調べたいと、そう訴えているように見えた。

......分かっている。

やっと見つけた、異世界との接点。

ロメリアをいち早く異世界へ返すための、手がかり。

それを今、俺は放っておけと言ったのだ。


「すまないロメリア。俺にはどうすることも出来ないんだ」

「え?あ、いや......すみません、変な心配をかけてしまったようで。この本はまた、お時間のある際に見ていただければ助かります。それよりも、どのような本がよろしいのか......」


な、なんだ......落ち込んでいる訳じゃないのか。

まぁ、帰る気が無いわけではあるまい。

今は学校の方を優先させてもらうが、必ずこの本についても調べる。

一刻も早く、ロメリアを異世界に帰してやりたいのだ。


「皆さんが楽しんでくださるような内容が、好ましいのですが......」

「さすがにこの白紙の本じゃあ、イベントには出せないな......とりあえず数冊借りて、読んでから決めてみたらどうだ?」

「はい、そうさせてもらいます。しかし、これだけある本の中から数冊を選ぶというだけでも。私は迷ってしまいます......」


単純に気になる本......って、その結果がこの魔術書か。

そうだよな。字がそもそも読めないし......普通の小説じゃあ読めないことは無いにしろ、時間がかかって仕方ない。


「絵本とか、どうだろう」

「エホン......ですか?」

「そう。字より絵の方が主体の本だ」


まぁ、本って付いてるし。本という事でいいだろう。

高校生にオススメする本とは、少し違うような気もするがな。


「これとか」


俺は、適当にその辺で見つけた絵本を手に取って、ロメリアに渡した。

ロメリアはそれを受け取ると、ページを開いて中身を見た。


「なるほど......本当に、ほとんど絵なんですね」

「そう」

「いいですね!」

「まぁ、子供用なんだけど」


それを聞いて、ロメリアは考え込んでしまった。


「確かに今の私には、お子様用のものしか読むことができません。しかし、皆さんにおすすめするには、少し失礼と言いますか......楽しんでいただけるのか心配です」

「確かにな」


そうだよな......そうなると、やはり一般的な小説と呼ばれるものを読むしかあるまい。

高校生にオススメするのにピッタリの物を。


「探すか」

「はい!」


それから、俺達は日が暮れるまで本を選んでいた。

ここにある全ての本を読んでしまったのではないかと思うほど、選びに選んだ。

そして────────


「決まったか?」

「はい!すみません、こんなに長い時間お付き合いさせてしまって......」

「気にするな。それで、どんな本にしたんだ?」

「これです」


『星の王子さま』

『オズの魔法使い』

それと、『不老不死の姫』......?これは知らないな。


「中々良いものを選んで来たな」


まぁこれだけ時間をかけて選んだにしては、結局わりと有名な本に決まってしまったという。

なんだか、少し報われない気持ちがあるみたいだ。

だがロメリアの満足そうな笑顔をひとたび見れば、そんなモヤモヤも吹っ飛んでしまうというものだ。


「じゃあ、借りて帰るか」


ロメリアが選んだ三冊と、俺も少し気になる本を何冊か借りた。

これらはここの図書館のものなので、面白かった一冊を後で購入し、おすすめの本にしようという考えだ。


「楽しみだな」

「はい!どれも面白そうな題名ですので、すぐにでも読みたいです」


重たい本を持っているとは思えないくらい足取りの軽いロメリア。これは魔法ではなく、ワクワクする気持ちの力だろう。

本とは言え、何冊も重なると意外と重たいものだ。

ロメリアも「スミト様に荷物をお持ちさせる訳には行きません」と言って聞かなかったので、二人で分けて持つことにした。


「だが読み切れるかな。まだ始まったばかりとはいえ、期間は二週間しかない。毎日読むとしても、まだ文字を完璧には読めないとなるとどうしても時間がかかってしまう。やはりどれか一冊に絞って、時間があったら他のも読むという作戦が良いと思うのだがどうだ?」


......返事がない。

気付けば、ロメリアは隣には居なかった。


「ロメリア?」


後ろを振り向くと、ロメリアは足を止めて何かをボーッと見つめていた。

ラーメン屋。

よくある個人経営の、The・ラーメン屋といった感じのラーメン屋だ。

そのラーメン屋を、ロメリアは突っ立って見つめていた。


「ロメリア?帰るぞ」

「あ、すみません。スミトさ────」

「ロメリアっ!前!」


ドンッ。

と、人にぶつかるロメリア。

よそ見をしていたせいで、正面から人が来ていたことに気付いていなかったようだ。


「あっ、す、すみません!」

「おっと、こちらこそすまない」


俺はすくに駆けつける。幸い、ロメリアに怪我は無さそうだった。お相手も大丈夫そうだ。

背が高く、金髪の男だった。見た目からして、恐らく外国人だろう。

少し怖い。そう思ったのも束の間、ぶつかった衝撃でロメリアの腕からこぼれ落ちてしまった本を、あろうことか一緒に拾い始めてくれたのだ。


「い、いいですよ!そんな拾わなくても......」

「いえいえ。ボーッとしていたのは私も同じですから。どうもすみません」


良かった、優しい人だ。

その行為一つで、そう思えた。


「すみません!俺がちゃんと見ていれば良かったんですが......」

「お連れの方かな?いえいえ、お気になさらず。私の方は大丈夫ですから」


それにしても、この人めちゃくちゃ日本語上手いな。

金髪のオールバックに、綺麗な青い目。

会社帰りだろうか、スーツ姿だ。


「ん......?失礼、この本は?」

「あっ、それは」


外国人が手に取ったのは、あの謎の本。

その表紙を見て、ロメリアに問いかけた。

そりゃそうだ。表紙に何も書いてない本なんて今時見ることは無いだろう。

疑問に思うのも、当然の反応だ。


「私にも分からないのですが、何だか気になってしまって」

「中身を見ても?」

「ええ。構いませんが......」


パラパラと中身を確認する外国人。

ページをめくる速度が速いのは、ページに何も書いていないからだ。


「何も書いていない......?」

「不思議な本ですよね」

「これをどこで?」

「向こうの図書館ですが......」

「ありがとうございます。面白いものを見せてもらいました」

「えと......は、はい。喜んでいただけたのなら......?」


ロメリアもよく分かっていないようだった。

俺にも、この外国人の気持ちがよく分からない。何か面白いことでも発見したのだろうか。

変な人だな。


「申し遅れました。私は、セルゲイ・カザコフ。初めまして」


と、外国人は言った。

ただぶつかっただけの人に自己紹介されるなんて、人生で初めての経験だ。


「見たところ、貴方も日本人では無いようですが」

「......え、ええ。私はロメリア。ロメリア=アルメリアです」

「Ms.アルメリア、良い名前ですね。今日はとても良い日だ。こんなにも美人な方と、出会うなんて」

「あ、ありがとうございます......?」


困った様子のロメリア。

突然自己紹介が始まったり、ロメリアを口説こうとしたり、よく分からない人だ。


「いやぁ本当に、日本に来て良かったです。これが運命というやつなのでしょうか」


いや、知らんけど。


「もっとお話したかったのですが、残念ながら私は今忙しい身でして」


そう言いながら、自分の服装を見て苦笑する。

今は仕事中だからと言いたいようだ。


「それでは、私はこれで。ダスヴィダーニヤ」

「え?」

「『さよなら』という意味です」

「あぁ......」

「ではまた」


外国人は、去って行った。

何だったのだろうか、ただぶつかってしまっただけで、自己紹介までされてしまうとは。

この人の国ではこれが当たり前なのだろうか......いや、きっとこの人がおかしいだけだろう。

何にせよ不思議な人だった。悪い人というわけでも、怖い人ということでも無さそうだが......。


「まぁいいか。行こうロメリア」

「はい」


俺達はまた、歩き始める。


「そうだ。さっき、ラーメン屋を見つめてどうかしたのか?」


さっきの......セルゲイだったか?あの人とぶつかる直前。ぶつかってしまった理由。

ロメリアが、よそ見をしてしまった原因だ。


「あ、いえ。あのようなお店でするお食事は、どのようなものかと思いまして......」


気になって見ていたということか。

まぁ確かに、あのラーメン屋は外から内装が見えるからな。

歩いていて目に付いたのだろう。


「行ってみるか?」

「よろしいのですか!?」

「良いよ。というか、異世界にもレストランとかあったんじゃないのか?それよりも汚い場所だし、飯も高級ってわけじゃないぞ」


ラーメン屋の人には悪い言い方だけど。

どうせ行くなら、別にラーメン屋じゃなくても良いと思うが。


「ただ単に気になっただけです。私がいた世界でも、庶民の食事というものは体験したことが無かったですし。その、『らーめん』というものは、私がスミト様に頂いたものですよね」

「まぁそうだが」

「それをお店でわざわざ食べるというのは、何故だろうと疑問に思いまして」

「ふむ。まぁ、行ってみれば分かるな」


ロメリアは、この世界に来てから外食をしたことが無い。俺の部屋でロメリアが作ってくれた物、もしくは俺か作った粗末な料理を食べるだけだった。

たまには外の世界での食事を経験させてあげないと、箱入り娘になってしまう。


「なら、今からでも寄って......行けないな。また今度にしよう」

「はい!」


手に持った荷物も忘れてしまいそうだった。

まぁ、外食ならいつでも行ける。

今である必要は無いだろう。

俺達は、真っ直ぐ家へと帰った。



──────────



帰って早速、ロメリアは本を読み始めていた。

気になる物から順番に読んでいく事にしたとはいえ、二週間後に全て読み終わるかどうかは怪しいところだ。

やはり、読んでいない本をオススメすることは出来ないからな。しっかり読んでから、皆にオススメしたい。


「分からない文字や言葉があったら、遠慮せず聞いてくれ」

「いえ、ご迷惑をおかけする訳にはいきません」「そんなこと言わずにさ。頼られるのは、迷惑だと思わないけどな。俺は」


ロメリアからの頼みなら、何でも聞いてしまいそうだ。

なんて、心の中で冗談を言ってみる。

もし異世界に、人の心を読む魔法があるのだとすれば、俺は相当気持ち悪い人間だろう。

......無いよな?


「まぁ、今はゆっくり本を読むといい。家事よりも最優先で良いから、全部読めるようにな」

「い、いえ!お仕事はこなします!」

「気にするなって。今まで俺はずっと一人で暮らしていたんだぞ?そりゃあロメリアに手伝って貰う方が楽だけど、今やるべき事はそれらの本を読みきる事だろう?」

「そう......かもしれませんが、スミト様も、本を読まれる時間が必要では」

「いや、俺はもう決まっているし。購読済みだ」

「そうなのですか!?その、もしよろしければどのような本なのかを教えていただきたいのですが......」

「あれ?そうか、言ってなかったか。『Fight Club』だ」

「ファイト、クラブ......?それは、どのような本なのですか?」

「あー......まぁ、男達が喧嘩したり、色々するんだ」


ロメリアの好みではないだろう。

なぜこの本にしたのかというと、図書室に置いていないからだ。俺のオススメする本は、ほぼ全て既に図書室に置いてある。先輩に頼んで置いてもらっていたかるな。だから、学校には置いていないようなものを敢えて選んだのだ。


「二週間後か......」


このイベントで、本に興味を持ってくれる人が増えるかどうかは分からない。

ただのダルいイベントとして、受け流されてしまうかもしれない。

そうなれば、図書室も無くなってしまう事だろう。


「心配ですか?」

「あぁ、まぁな。本当に成功するだろうか......」

「大丈夫です。この案を考えてくださったのは、文恵様ですから。きっと成功します」

「......そうだな。そう思って、この案にした訳だしな」


信じよう。

二週間後に、図書室が人気になっている事を。

いや、俺達がそうするのだ。

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