第3話 期待
アニメや漫画などを見ていて、『ある日突然、主人公の元に謎の美少女が舞い降りて来た』というシーンに対してこう思ったことは無いだろうか。
『警察に届けろよ』
──────と。
俺は、少なからずそう思っていた時期はあったものだ。
明らかに普通の人とは違う、何かを持っている人や超能力者などの対処は、警察へお願いするのが一番だろうと。警察というのは、こういう時の為に存在している。
だが、こうして実際に自分が体験してみて分かった。
これは、責任だ。
困った人を助けると言った責任を、他人へ押し付ける訳には行かない。
それに、まず異世界人だということは信じて貰えないだろう。
だがそれは魔法を見せればすぐに済む話だ。
しかしそうすると今度は、人体実験という言葉が頭に浮かぶ。
流石に日本の警察がそんなことをするとは思えないが、フィクションの世界に憧れている人は少ないとは言えない。もし自分も魔法を使えるようになる可能性があると知れば、どんな事だってやってしまう人は居るだろう。
そういう人達から守る為にも、俺がロメリアを雇うのだ。
決して、独り占めしたいからとかそういうことでは無い。
この非日常という刺激を手離したくないとか、そういうことでは無い。
決して。
「ッ!」
今何時だ!?
バッと飛び起き、時計を確認する。
......までもなく、部屋の暗さで分かった。
「しまった……」
どうやら俺は、思いっきり眠ってしまっていたようだ。
気付けば昼過ぎどころか、もう夕日も落ちてきたところである。
せっかくの休みの日に、こんなに眠ってしまうとは。
勿体ないことをしたな。
「あ、スミト様。お目覚めになられましたか」
「んぁ、あぁ」
当たりを見渡すと、何だかいつもと雰囲気が違う。
片付いている。
特に散らかっていた訳では無いが、いつもよりも綺麗になっていることは確かだ。それは、わざわざ元の部屋の情景を思い出すまでもなく、明らかに片付いていた。
「これ……ロメリアがやってくれたのか?」
「はい。しかし、私の知らない物ばかりでどうすれば良かったのか分からない物ばかりでしたが、出来る限りのことはさせてもらいました」
散らかっていた物の整理をしてくれたという事か……それだけでも、凄くありがたいものだ。
しかし、俺だけスヤスヤと眠ってしまっていたというのは、とても申し訳無い気持ちがある。
もうそろそろ晩御飯の時間だ。眠っているだけでも、腹は減るものだな。働いてくれていたロメリアなら、尚更だろう。
あぁでも、昼に結構食べてたからな……お腹いっぱいか?
「どうする?夕食、食べられ───」
「食べます」
即答だった......まぁ、それだけ働いてくれたってことだよな。
そういうことにしておこう。
「昼はカップ麺だったから、今度はキッチンを使うか」
「キッチンですね。それなら私の世界にもありました」
キッチンは分かるようだった。
試しに、台所という言葉は分かるのか聞いてみると、ロメリアは首を傾げた。
なるほど。結構日本語が喋れる外国人くらいの理解度か。
「料理ならお任せください!」
ロメリアは、腕をまくってフンスッと鼻息を漏らした。
やる気満々だな。どうやら、腕には自信があるらしい。
それなら、使い方をお教えしよう。
俺としても、料理を手伝ってくれるのが一番助かる。
「まずここで手を洗う」
俺は蛇口を捻って水を出した。
するとロメリアは、目を丸くして驚いた。
「この世界にも蛇口があるのですね!」
「あぁ、ロメリアの世界にも同じようなものがあるんだな」
「はい!しかし私の世界では、手を洗う程度なら水魔法で済ませるも居られます」
「水魔法?」
やはりロメリアの世界では、魔法が当たり前に存在するようだ。
ということは、ファンタジーの世界で間違いないだろう。
「空中に魔法陣が現れて、そこから水を召喚しておりました。しかしそれも少量なものですので、飲水は井戸から水を汲んで使用しています」
「へぇ、便利だな。それなら、水が無くなることは無いんじゃないのか?」
「そうでもありません。魔力が尽きてしまうと、魔法は使えませんから.....この世界では違うのですか?」
「いや、そもそもこの世界には魔法が存在しない」
すると、ロメリアはもっと目を大きく見開いて驚いた。
「魔法が存在しない!?そんなこと.....あるのですか?」
「あぁ。代わりに、この世界には科学が大きく発展している」
ある意味魔法のようなものだ。
ただし魔力を一切必要としない代わりに、資源を必要としてしまうがな。
「驚きました.....魔法が無いなんて.....考えたこともありませんでした」
そうだろうな。
今まで当たり前のように存在していたものが、この世界では無いのだから。
「こっちの世界では、魔法は空想上のものなんだ。実際には存在しないが、想像したことはあるって感じかな.....」
「申し訳ありません.....よく分かりませんが、存在は知っているけど存在していないという事.....でしょうか?」
「まぁそんなところかな。だから俺も、魔法を見るのは初めてだったんだ」
「なるほど、それであんなに驚かれていたのですね」
「そういう事だ」
だから俺が魔法を使えなくても何も不思議ではなく、むしろ使えないことが当たり前なのだ。
あぁ、思い返す度に恥ずかしさと残念な気持ちが帰って来てしまう。もう忘れよう。
「あ、ロメリア。この世界には水道代と言って、水を使うにもお金がかかるんだ」
「オカネ……」
「そっちの世界でも使うだろう?硬貨とか」
「え!?このお水はご購入されているのですか?」
「まぁそういうことだ。因みに電気も」
俺はパチッと、スイッチを押して部屋の電気をつけた。
「わっ!」
「これもお金がかかる。まぁ、そこまで気にしなくてもいいけど、使い過ぎには注意だ」
と、お金がかかる事だけは教えておいた。
でなければ、ガンガン使って、後で大変なことになってしまいそうな気がするからな。
俺の身にも危険が及ぶことは、予め伝えておかねば。
「そして、ここが冷蔵庫。食べ物が腐らないように置いておく、倉庫だと思ってくれればいい」
「腐らないように……ここに入れておけば、腐らないのですか?」
「絶対では無いけれど、腐るのを遅らせることが出来る。腐りにくくなるって事だね」
「へぇ……凄いですね。わぁ、何だか冷たいです」
「冷蔵庫だからね」
今じゃ当たり前のことも、ロメリアにとっては驚くことばかりなのだ。
この世界の人間は、気付かないうちに凄いものを扱っていたのだな……慣れというのは怖いものだ。
「この世界の人は、何を食べるのですか?やはり、先程のかっぷめんと言うもののような……」
「あぁいや、あれは簡単に作れる料理みたいなものだ。食べ物としては、多分ロメリアの世界の人とあまり変わらないと思うけど」
「でしたら、私でも作れますね!」
それは……どうだろうか。
一人暮らしの俺の冷蔵庫は、全くと言っていいほど食材が無い。
しかも、一人分の最低限の物だ。
「あー……なら、明日買ってこよう。ロメリアも、まだキッチンの使い方分からないだろ?俺がお手本を見せてやるよ」
お手本と言えるほど、上手な訳では無いが……使い方を教えるには丁度いい。
料理しながら、ロメリアに色々と教えた。
ロメリアは居候とはいえ、元メイド。何もさせないのは、むしろ可哀想だと俺は思う。
まぁ、一番の理由は手伝って欲しいからなんだけど……そんなこんなで俺は台所のことを教えた。
ロメリアは、覚えてるのがとにかく早く、一度言っただけで、もう覚えてしまう。
さすがに、初めての物は扱えなかったが、包丁さばきは大したものだった。
さすがはメイドさん、料理を作っている人の手さばきだ。
「こんな、感じでしょうか……?」
「そうそう。いいね」
教えながらの作業だったけれど、思っていたよりも時間はかからなかった。しかしそれは、俺が教えるのが上手いという訳ではなく、単にロメリアの理解力や記憶力が優秀だっただけ。
「できた」
「やりました!」
ご飯、味噌汁、焼き魚一人分を二つに割った物、お隣さんに貰った肉じゃがの余り。
……料理は得意じゃないって言ったろ?
「まぁ、あまり豪華とは言い難いが」
「凄いです!どれも見たことの無いようなものばかり……私にとっては素晴らしい料理です!」
まだ食べてもいないのに、ロメリアはそんなことを言う。
確かに、中世のファンタジーな異世界から来たロメリアにとって、和風料理は初めてだろう。
作るのも、食べるのも。
「それでは、この世界……まぁ、日本のマナーだな。それを教えてしん進ぜよう」
「は、はい……!お願いします!」
「ではまず、両手の平を合わせてください」
俺は両手を出して、手のひら同士を合わせて見せた。
ロメリアも、俺のを見て真似する。
「いただきます」
「いた、だき......ます?」
「糧となってくれた食材達に対してのお礼だよ。『お命、いただきます』ってね」
「なるほど……そんなこと、考えたこともありませんでした」
ロメリアは、もう一度「いただきます」とハッキリ言った。
しかし、ジッと俺の方を見ていて、料理には手をつけようとしない。
「……何か?」
「い、いえ……こうして、主様と共に食事をしたことなど、今まで無かったものですから」
ロメリアを席に座らせたのは、無理矢理だった。
「私は後で食べますので」とか、またメイドっぽいことを言い始めたのだ。
しかし、これは譲れない。
ご飯は、誰かと一緒に食べるのが一番美味しい。そうやって俺が言うと、何とか説得することに成功した。
ありきたりな台詞だったが、一番効果的だと思ったのだ。それに、せっかく二人でいるのに、別々に食べるだなんて寂しいじゃないか。
「遠慮せずに食べてくれ。俺も食べるからさ」
「は、はい……では」
ロメリアはやっとフォークを手に持った。
残念ながら、俺はナイフを持っていない。まさか包丁とフォークで食べろとは言わないし、かと言って今から買いに行くのでは遅すぎる。
仕方ないので、フォークだけ渡したのだった。
「うん、美味しくできてるな」
料理評論家になって気分で食べている俺。
はぁ、こうして女の子と食事をしたのって、いつぶりだろうか。
そもそも誰かと食事をしたこと自体、久しぶりかもしれないな。
「……ん?まだ何かあるのか?」
と、ロメリアはまだ手をつけていない。
まだ気に食わない事でもあるのかと思ったが、ロメリアの視線は俺の持っているものに釘付けなのに気付いた。
「ずっと気になっていたのですが、その棒は何ですか?」
「あぁ、これは箸って言って、これで料理を挟んで食べるんだ」
「ナイフとフォークは使わないのですか?」
「まぁ、使う時もあるけど……ほとんど箸を使うかな。使ってみる?」
俺は、自分の使っていた箸……ではなく、別の箸を渡した。
まぁそれも、俺が使っていたものだから。
洗っていたとは言え俺が使っていたものだから。
ほぼ新品とはいえ、俺が使ったことのあるものだから。
ロメリアは、物珍しそうに俺の使ったことのある箸を受け取って、眺めた。
「これが、ハシ……」
ロメリアは、俺の持ち方を見様見真似でやってると、「肉じゃが」の「じゃが」を掴もうとした。
「ふっ、くっ、ぁあ!」
「まぁそう無理はするなよ。落ちたら勿体ない」
「スミト様は、器用ですね……とても難しいです」
「練習すれば誰でも使えるさ。まぁ無理しなくても、明日にでもナイフとフォークを買ってくるよ」
あと、平らなお皿とか。
「いえ、私もこのハシというのを使えるようになりたいです」
「……なに?」
「ご主人様の使っている物も使えるようにしておくのが、メイドとしての務めです」
は、はぁ……そうなのか?
何度も言うが、メイドというのは身の回りのお世話をするだけのものだと思っていたけど……ロメリアの世界ではもっとやる事や、気を使うことが多いんだな。
それか、ロメリアが優秀なだけか。
こんな優秀な人を雇っていたのなら、主人はさぞかし幸せ者だったのだろう。
「よし、ならまずは俺の持ち方を真似てみてくれ」
俺は、丁寧に持ち方を教えた。
高校生にもなって、おそらく同年代かそれ以上の人に箸の使い方を教えることになるとは。
人生は何が起こるのか、本当に分からないものだな。
「あ!見てください!」
「お……おぉ!」
ロメリアは、まだ慣れていない手つきだが、何とか箸でじゃがいもを掴めている。
「やった!そのまま口まで運んで……」
ロメリアは、慎重に。ゆっくりと運んでいる。
そして、パクッと一口食べることに成功した。
「ん!?」
「ど、どうした!?」
「とても美味しいです!」
あぁ、そうか……今初めて食べたのか。
ロメリアは一度成功すると、次から次へと口へ放り込んだ。
ちゃんと刺すこと無く、掴めている。まだ慣れていないとはいえ、食べることが出来ていた。
「美味しい!美味しいです!!」
「それは良かった。それに、箸も何となく使えているようだね」
「はい!スミト様が教えてくださったおかげです」
「いやそんな、大したことじゃない」
本当に大したことでは無いのだ。
しかしそれでも、本気で嬉しそうなロメリアの笑顔を見ていると、こちらまで嬉しくなって来てしまうのだった。
俺は、ふと思った。
ロメリアは、メイドでは無く天使なのではないだろうかと。
退屈な人生をおくっていた俺に対しての、神様からの贈物なのではないだろうか。
俺はそんなことを思いながら、幸せな食事をしたのだった。
「ふぅ、ご馳走様」
「また、何かのご挨拶ですか?」
「ん?あぁ、今度は食べ終わった時に言うんだ。もう一度手を合わせて、『ご馳走様でした』ってね」
「なるほど」
ロメリアは丁寧に、ご馳走様と言った。
「洗い物は……」
「私が──────」
「じゃあ、二人でやろうか」
ご飯を食べた後、残るは洗い物だけだった。
まぁそれも、ロメリアは慣れた手つきですぐに終わらせてしまったのだが。
「さぁ、風呂に入るか」
このアパートには、個別で風呂が付いている。
一人暮らしにしては結構良い所だろう。
まず、ロメリアを呼んで風呂の詳しいことを教えた。
異世界にも温泉なら存在するらしく、小さな温泉だと思ってくれれば、なんの問題も無い。
しかし、よく分からずにお湯を出してしまったり冷水を出したりされて、全裸で呼び出されでもしたら困るので、予め全て教えておいた。
まぁ、そんなラッキースケベ的な展開にはならないと思うがな。そもそもロメリアは人間として結構優秀なのだ。
物覚えがよく、理解力や対応能力が優れており、落ち着いている……かどうかは怪しいか。
まぁ礼儀正しいし、自分の仕事を全うしてくれている。
理想のメイドさんだ。
「スミト様、お着替えはどこに?」
「え?あぁ、そう言えば女の子用のは無いな」
逆にあったら怖いが……。
「いえ。私の物ではなく、スミト様のお着替えです」
「え?」
俺の......?
どういう事だ……俺の着替えを探しているだと……?
もしかして、女の子用は無いと分かっているから、俺の着替えを予め受け取っておこうという考え─────
「私の方でご用意させてもらいますので、先にご入浴されてください」
「あ、あぁ……そうだね。いや、着替えくらい自分で持っていくよ。女性に下着を持たせるなんて、失礼だろうし」
そうだよな……何を考えているんだ、俺。
恥ずかしい……。
「あ、いや。先に入っていいよ」
「はい?」
「一番風呂が気持ちいいらしいんだ。まぁ俺はあんまりそう感じたことはないけど」
俺が入った後にロメリアが入るだなんて、なんか変な物とか浮いてたらめっちゃ恥ずかしいじゃないか。
あぁでも、女の子が入ったあとに入るというのも、少し変態的な発想に思える。しかし、そんなことを言ったら俺は風呂に入れなくなってしまうので、マシだと思う方を選んだ。
「いえ、私は別に……」
「入らないとは言わせない。さぁ、さっさと入ってくるんだ。着替えがないなら……仕方ない。俺ので良かったら貸そう」
「しかし……なら、こうしましょう。お風呂も二人で────」
「分かった。俺が先に入ろう」
時には自分が折れることも大切だ。それが、他人と上手くいく付き合い方。
結局、お風呂は俺が先に入ることになった。
「はぁ……何だか今日は疲れた」
本当に。
湯船に浸かると、自然とため息が漏れた。
ロメリアという異世界から来たメイドさんは、なぜ俺の部屋に現れたのかも分からず、居候となる。
俺がこれからやるべきことは、ロメリアを異世界へ帰す方法なのだが......その方法は全く検討もつかない。
確かに日常には飽きたとは思っていたが、こんな訳の分からない状況になって欲しいなどとは望んでいなかった。
「……何とかして、もう一度転移する方法を探さないとな」
もしこれが、俺のせいでロメリアが転移されてしまったことだとしたら......責任を持って俺が帰さねばならない。
必ずロメリアは元の世界へ戻す。
そう心に決めて、風呂を上がった。
「……」
風呂を上がったはいいが、今度はロメリアがお風呂の番だ。
ロメリアが部屋で全裸待機しているなどということはなく、至って普通に風呂へと向かって行った。
......って、何を期待しているんだ俺は。
いや、期待してなどいない。
俺は、未だ女の子を自分の部屋に連れ込んだことがない。
まぁ高校生になったばかりだし?一人暮らしもまだ始まったばかりだから、友達すらも呼んだことはないわけだし?別に何も恥ずかしいことでは無いと思っている……のだけれど、部屋に誰一人として入れたこともないのに、風呂など以ての外だ。
だから、こういう時どういう顔で、どういう気持ちで待っていればいいのか分からない。
ロメリアの着替えは用意してあるし、風呂の使い方も教えた。
もう何もやることは無いはず……だが。
「はぁ……」
まぁ、考えていても仕方がない。
とりあえず俺は、そこら辺に置いてあった本を読むことにした。
あぁ、これまだ読みきっていなかった漫画だ。忘れてた。
と、漫画の世界に入り込みそうになったその時。
嫌な予感がした。
「スミト様っ!」
突然、バタンッ!とドアが開いた。
風呂場のドアだ。まだ風呂に入って間もないロメリア。もう上がって来たとは考えにくい。そしてこのドアを開ける勢い......恐らく急いでいるのだろう。
しかし俺は、ちょうど持っていた本を顔面に叩きつけ、目というか顔全体を隠した。
「……何だね」
「見てください!!」
え.....?見てくださいだって?
風呂場から急いで飛び出して来た女の子が、見てくださいだなんて言うなら、見てもいいだろう。
仕方ない。そう、これは仕方の無いことなのだ。だって当の本人が見てくださいと言うもんだから、それはもう見るしか無いだろう。もしかしたら服を着ている暇が無く、風呂に入っていた状態でそのまんま飛び出して来たとしていても、見てくれと言うのならそうするしかあるまい。
俺は本をズラし、恐る恐るロメリアの方を見た。
「見てくださいこれ!この泡!何でこんなになるんですか!?」
「……」
ロメリアは、しっかりと体にタオルを巻いていた。
.....いや別に?残念とかそんなんじゃないし?
期待してたとか、そういうのじゃ全くありませんから。
「それさっき説明しただろう?擦ると泡立つの」
「こんなにフワフワだとは思っていませんでした……」
あぁ、そう。そりゃ良かったね。
「風邪引くから、戻った方が良い」
「ッ!すみません!私としたことが、スミト様の前で……!」
あ、いや。別にそれは良いんだ。
むしろ嬉しいというか……じゃなかった。
俺は気にしていないってことだ。
何も気にしてなどいない。
本当だ。
「まぁゆっくり入ってろよ。俺はゆっくり本でも読んでおくから」
俺はそう言ったのだが、やはりロメリアは風呂を上がって来るのが早かった。
着替えはいらないと言っていたのだが、諦めて俺の服に着替えてくれたようで、少しダボダボのスウェットを着ていた。
いやぁ、あれだけ拒否されると、俺の服自体嫌なんじゃないかと勘違いしてしまうよ。
……違うよね?
「さすがに寝る時もあのメイド服じゃ嫌だろう?」
「いえ問題ありません。それより、スミト様の服を私なんかが……」
「別に俺のメイドってわけでも無いんだから、そんなこと気にするなって。あくまで友達レベルの付き合い方ていいさ。それに、俺なんてそんな大層な者じゃない。ただの高校生で、こうして偶然君と出会ったってだけさ」
まぁ友達レベルでも寝巻きを貸すのはちょっと……やり過ぎかな?
でも、緊急事態だし仕方ないことだ。
「明日一緒に買いに行こう」
俺のお小遣いを使って。という言葉か出かけたが、喉の奥にしまっておいた。
そんなことをわざわざ言うのは野暮ってもんだ。
「もうやることも無いし、寝るか」
ベッドで少し本を読んですぐに眠ろう。
今日は疲れた。早く休みたい。
そう思い、ベッドの目の前で気付いた。
あれ……?ロメリアって、どこで寝るんだ?
「……どうかなされましたか?」
朝は気にしてもいなかったが……そう言えば、部屋にベッドは一つしかない。
もちろん、男なら女の子にベッドを譲って俺は床で寝るというカッコイイことをするつもりだろう。俺はそう思っている。
しかしロメリアが、それを良しとするだろうか。
もちろん反抗するだろう。すると、また提案してくるかもしれない。「それなら、二人で寝ましょう」って……うほぉおおお!!
「あ、そう言えば歯ブラシもないな」
何もかも無い。
あぁ、考えて見れば全然足りていないでは無いか。
元々一人用に想定されていた俺の一人暮らし。
どこかから急に女の子が湧いてきた場合など、考えてもみなかった。
「そうだな……とりあえず歯ブラシはとてもごめんなさいということで済ませて……」
よし、いい事を思いついた。
「あー!何だか無性に床で眠りたくなって来たなァ!誰か代わりにベッドで寝てくんないかなァ!」
「……?」
凄く馬鹿な作戦だが、ロメリアなら引っかかってくれるだろう。
別にそこまでするならロメリアを床で寝かせればいいのでは?と少し思ったが、やはりダメだ。
俺の中の俺が、それを許さない。
こんな可愛い女の子を床で寝かせ、俺は気持ちよさそうにベッドで寝ている風景を頭に浮かべれば、そのベッドを横に折り畳みたくなってしまう。
「わ、分かりました。それなら私がベッドで寝ましょう」
おし!引っかかったぜ。
俺はひゃっほい!と、絨毯のある所に寝転がった。
実はうちにはソファーがあるのだが、ならソファーで寝れば?と思う人もいるかもしれない。
しかし、これがまた驚く程寝心地の悪いソファーなのだ。恐らく、俺の体に合っていないのだろう。
寝るならまだしも、眠るとなると朝から体がガチゴチになってしまう。
経験者である俺が言うのだ。間違いない。
「それじゃあ、お休み。ロメリア」
「はい……おやすみなさい」
俺は、歯磨きもせずに床につく就く。これが本当の床に就くだ。
そりゃあ、ロメリアを差し置いて歯磨きするだなんて……ねぇ?
え?予備はないのかって?あったら良かったよね。
「ふぅ」
……しかし、これで本当に良いのだろうか。
ロメリア的には、これは許されざる行為なのではないだろうか。
俺は満足だが、ロメリアとしてはメイドに有るまじき行為。一生後悔してしまうのでは無いだろうか。
「……ぅ」
何だか、凄くドキドキする……。
作戦が成功してテンションが上がってしまったのもあるが、それ以上にこのドキドキは……おそらくロメリアのせいだろう。
同世代くらいの女の子が、しかも可愛い子と同じ部屋で眠ったことなんて無かったから……あぁ!これロメリアの寝息!?
やばい……何かどんどん心拍数が上がって来た。
なるほど、密室で男女が二人きりになって、何も起こらないはずが無いとはよく聞くが、これはそういう事だったのか。
その男の気持ち、よく分かるぜ。
「……」
それにしても眠れない。
心臓バクバクなのもそうだが、それよりも全く眠くならないのだ。
原因は分かっている。
昼寝だ。
ロメリアは一日中働いてくれて、クタクタだろうが、俺は眠ってしまっていた分体が疲れていないのだ。精神はそこそこ疲れているけれどな。
「スミト様」
「うぇっ!?あ、な、何?」
起きてたのか……じゃあ、さっきの寝息は幻聴……?
意識しすぎだろ......と、我ながら思った。
「すみません、起こしてしまいましたか?」
「いや、起きてたよ」
てか起きちゃってるよ。
「あの、その……今日はありがとうございます」
「……え?」
お礼なんか、別に良いのに。
「右も左も分からなかった私を、助けてくれました」
「いやそんな……大したことじゃないよ。もしロメリアが別の家に転移していれば、そこの家の人が優しく扱ってくれただろうさ」
俺よりも丁寧に、そして完璧に。
その家はきっと、俺の部屋よりずっと広いだろうし、歯ブラシも二つある事だろう。
「それでも、助けてくれたのはスミト様です。確かに、別の所に現れた可能性はあるかもしれませんが、それでも今はスミト様が助けてくれました。可能性の話なんかしても、意味はありません」
……それも、そうだな。確かにその通りだ。
それなら、素直にそのお礼を受け取っておこう。
そして俺は、異世界のメイドを助けたと心の奥底で誇っていようと思った。
これが俺と、ロメリアという異世界のメイドの暮らしの始まりだった。
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